アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第179話「彩芽祐樹⑧」

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  六月十三日(月)十八時四十八分 真希老獪人間心理専門学校・食堂

「ほんの暇潰し程度だったそうだよ。彼が真夜中の校舎に忍びこんだのは。そこの、理科準備室。そこで出会ったのは、担当教師が趣味で収蔵していた薬品、劇物。彼はそれらを目にして運命を感じたそうだ。そして、一切の躊躇いなく彼はそれらを盗んだ。出来心で、っていうのかな。にしても、一瓶だけじゃなくいきなり三瓶も盗むのは擁護しようがないよねー。」
 先生から語られる“Pepper”のルーツ、毒物との出会い。
「とにもかくにも、彼は盗んだ。盗んで、すぐさまそれらを使用した。同じく盗んできた、誘拐してきた他人のペットを虐殺するのにね。」
 他人のペット。
 虐殺されたのは、野良ではなく飼われていた動物。
 家族同然の存在。
「彼はひどく興奮したそうだ。今まで自らの手で苦しめていた存在が、手を下さずとも、薬品を一滴垂らすだけで死ぬようになったのだから。」
「………」
「ん? どうしたんだい?」
 俺の沈黙に、先生は気付く。
 気付いて、テーブルに体重を預けた。
「いえ、そこがわからないんですよね。」
 率直な疑問を述べることにした。
「小動物殺し。それって、日常的に劣等感を抱く人物がストレス発散目的で行うイメージがあるんですけれど、まず”Pepper”は、優秀で、容姿も端麗で、イケてるっていうか……とにかく、劣等感を抱く人物には見えませんでした。」
 一度の対峙。一度の殺し合い。
 それだけでもわかる。
「それに…ストレス発散目的なら、自らの手で下したいと考えるのが自然なのではないかと……」
 言い難いし言いたくないけど、要はそういうことなんだろう。
 日常的に達成感、成功体験を味わえないから、自分よりも弱い存在に虐待を働いて、代替的にそれを味わう。
「うん、そうだよー。全くのその通り。でもね……」
 先生は再び手を組む。指を絡める。
「殺人鬼”Pepper”こと彩芽祐樹は、その日常的に劣等感を抱く人物という枠内にしっかりと当てはまる人間なんだ。」
 「と、いうのもね。」と、先生は徐に立ち上がり、台所のある方へと歩き出し、説明を続けた。
「実はこういうデータがあってね、“容姿が劣っている人物よりも、容姿が優れている人物の方が自身の容姿に劣等感を抱きやすい”傾向にあるそうなんだ。」
「………それは、意外ですね。」
 容姿の好みは人それぞれ。
 俺から言わせてみれば、世の女性はタイプが違うってだけでみんな美少女だし美女だと思う。
 けれどもやっぱり、そうじゃないと考える人間もいるわけで…そういう人間の方が大多数・・を占めているわけで。
 そうなれば自然と、容姿が優れていないと言われる人物は劣等感を抱きやすくなる。なる、はずだ。
「だろう? けどね、容姿が優れている人物、顔に関して欠点が無いと思われる人物に限って、共通する欠点、弱点を抱えているものなのさ。」
 先生は、二つのカップを引っ提げて戻ってきた。
 中では黒い液体が白い湯気を立てている。コーヒーの香りだ。
「その共通する弱点っていうのがね」
 そのカップを、俺の前と自分の前に置きながら先生は続ける。
「ハードルの異様なまでの高さだよ。」
 先生はコーヒーを一口、口に含む。
「ハードルの高さ?」
 俺は出されたコーヒーに口をつけずに訊く。
「そう。顔が良い、っていうのは、容姿が整っている、ってことで、その条件とは文字通り、顔のパーツが左右対称であるとか、上下に幅が崩れていないだとか、要はバランスがとれているかどうかなんだよね。そして、そのバランスが美しい人物程、他人が気付きもしない細かな崩れに気が付く。そこに、劣等感コンプレックスを抱くんだよ。」
「………」
 言われて思い出すのは、思い起こすのは𨸶先輩。
 あの人は美し過ぎる程に美しい。顔だけじゃなく、日ごろの所作にも気品が漂っている。
 常軌を逸するほどに。
 もしも、それら全てが日ごろの努力の賜物なのだとしたら。
 あの人はまごうことなき自己性愛者ナルシストだ。
 そして、あの人は人前で食事をとる際にはそのメニューに気を遣っている。普段から体臭にも気を遣っている。
 それら全てが、自身の容姿に抱く劣等感コンプレックスから来るものなのだとしたら。あの人の口癖たる「自分が美しい」発言も、虚勢から来るものなのだとしたら。
 常軌を逸したこだわり。歪み。変態において欠かせないものであり、人心最強候補レベルの変態であるならば、確かに生活すべてを注ぎ込んでいるのも頷けるというものだ。
「優れている人間の劣等感コンプレックス。」
 先生の言葉が、俺の思考の矛先を𨸶先輩から”Pepper”へと戻す。正す。
「それ程に凡人が理解できないものはないし、それによって人間優等生ほど強い孤独感を抱きやすい。そして、彼の生い立ち。両親に相手にされず、周りの同年代や大人からも高い評価を得たことによって植え付けられたのもまた、孤独感。劣等感と孤独感。これらを人一倍に背負ってしまった彼が狂気に走るのは必然であるとも言える。特に、両親からの影響。」
 先生はそこで区切ってまたコーヒーを一飲みする。
「子ども、特に赤子の頃は、両親とのコミュニケーションによって自我を、人格を形成していく。そんな大事な時期にネグレクトだ。両親からの痛み無き暴力は彩芽祐樹の潜在意識に強い暴力性破壊衝動を芽生えさせ、更に父親からは上手な世の渡り方を、母親からは高水準の容姿を遺伝子レベルで受け継いだことによる、優れた知性と魅力的な表面上の人物像。彼の本質的な人格は一切表立たず、誰にも気付かれない。暴力性と孤独感、劣等感コンプレックスは徐々に膨れ上がっていき、ついに爆発したのが思春期、中学生の時分だ。」
 そこでまた一区切り。先生は話を止める。
 容姿が優れていようと、人物像が魅力的だろうと、それらが優越感にのみ繋がるわけではないってことなのか。
 俺の沈黙をどう捉えたか、先生は話を再開する。
「そして抱いたそれら負の感情の行き先は、表面上魅力的に写している彼としては当然、見えない所での小動物殺しに繋がっていく。しかし、この頃はまだ自分の魅力を削っていくという代替行為も行っていた時期だ。まだ、抵抗・・はしていたんだろうね。だからこそ、見える部分の自分を崩して、見えない部分の自分を保とうと矛盾する行動に出た。それが、なるべく自分の手を下さずに小動物を殺す行為に繋がった。……君の二つ目の疑問の答えだよ。」
「それは……結構はっきりわかりますね。」
 俺も、どういうわけか自分が批判的な印象を抱いている人物、事柄に対して、他人が批難を浴びせた時、それらを擁護するように立ち回ってしまうことが多々ある。
 本当に、咄嗟に。反射的な行動として。
 そんな矛盾。そういった行動に出る理由とは。
「自我を保つため。」
「その通り。」
 先生は人差し指を立てる。
「自らの自我、その均衡バランスを保とうとして、自分自身でも思いもよらぬ矛盾的行動に走ることがある。僕も結構あるよ。衝動的に、意味も分からず。彩芽祐樹の場合は特に、表面上の自分をあえて壊していた。その反動。自己を保つための均衡バランスとして、小動物殺しと、更にそこに作られた自身の手を汚したくないという願望。それによって作り上げられた矛盾たる、毒物の適用によっての殺傷が行われるようになった。」
 ……誰にでも、起こり得たかもしれない出来事。
 そんなことで、そんな簡単なことで、人は人を殺すのか。
 それとも、“Pepper”が歩んできた道筋は、そんなことでも、簡単なことでもなかったのか。
「人間に手を出し始めたのは比較的遅かったとは言え、毒物を発見してから、小動物に行使するまでの間隔の短さを考えると、彼は当時からもう、後戻りできないところにまで来ていたのかもしれない。」
 殺人鬼として、運命づけられた瞬間。
「でも、”Pepper”は何故人を殺すようになったんですか?」
 小動物を殺していた人物が殺人に走るという事件は多く聞く。けど、それはやはり、日常で他者に勝つことを諦めた人物が行う行為で、“Pepper”はどちらかというと勝つことに飽きた人物のはずだ。その結果新たに求めた刺激が自身を壊すという矛盾なのだから。
 「矛盾ばっかの話の後だし、一概には言えないんだけれど」と、先生は前置く。
「彼の場合、幼少の頃から生い立ちも人格も破綻し切っていた。一度目の人格形成期にはネグレクトと孤独感、そして、二度目の人格形成期、思春期に自己破壊と他者破壊。逃げに逃げた末に逃げ場も無くなった彼の人格を決定づけたものは、矛盾だった。自己を生かす為に自己を殺す行為、他者を殺しつつも自己の潔白を保とうとする行為。特に、思春期に小動物殺しを覚えたのは致命的だった。」
 再び、先生はコーヒーを口にする。
「人格形成がほぼ完了した時にはもう遅かった。その頃には、彼は他者を殺す行為に性的快楽を結び付けるようになってしまったんだ。」
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