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第182話「彩芽祐樹⑪」
しおりを挟む六月十三日(月)十八時五十八分 真希老獪人間心理専門学校・食堂
「彩芽祐樹——殺人鬼“Pepper”もまた、【サイコパス】の特徴によく当てはまっている。表面上魅力的であり、高い知性を持ち、他者を操ることに長け、自身の欲望を満たす為に心を痛めず食い潰す。」
口から零している言葉とは裏腹に、先生は微笑を浮かべている。
浮かべている、が……
「で、その【サイコパス】なんだけど、生まれつき強い反社会性を備えていた先天的なタイプと、生まれ育った環境下で反社会的性質を培ってきた後天的なタイプが存在する。」
先生は、三杯目のコーヒーを注ぎに台所へと潜っていった。
「彩芽祐樹はどっちだと思う?」
背を向けたまま問いかけてくる先生。
「……先天的、ですか?」
「後天的だよ。」
否定が早い。
コーヒーが注がれたカップを持って戻ってきた先生は「多分ね。」と後出しする。
「彼は両親から、整った容姿と人当たりの良さを受け継いで生まれた。そこに加えて頭脳や身体能力など、全てに秀でた才色兼備っぷりを持ってる始末。確かにここまでは先天的なモノだ。けどね、彼がここまで攻撃的な人格、反社会性を持つに至ったのは、奔放な父親と、その悪影響をモロに受けた母親の下で育ったという、環境によるものだと僕は考えている。子どもとは、親を写す鏡。親から愛情を注がれなければ、愛を知らずに育つのは道理。彼がああなったのは両親のせいだと、厳しく言ってもいいくらいだ。」
幼い子どもにとって、親は世界の全てであると言ってもいいくらいだ。その親から存在を否定されたり、認識されないまま育てば、性格が歪むのも頷ける。俺には、それがわかる…………??
「そして、彩芽祐樹を“Pepper”たらしめていたもう一つの【変態性】。それは、小動物を殺していく過程で育まれたものだった。」
ガブガブと音を立ててコーヒーが先生の喉奥へと文字通り飲み込まれていく。
「さっきも言った通り、彼は小動物を殺す際に二つの相反する感情を抱いていた。それは単純に、小動物を殺したいという欲求と小動物を殺したくないという抑止。結果として彼は、小動物をじわじわといたぶり殺すようになる。命を長引かせようという意思と命を終わらせようという意思だ。そして、毒を手に入れた彼の、その一連の矛盾行動は加速していく。自らの手を下さず、自らの能力のみで小動物の命を長引かせて殺していく行為。唯一夢中になれたその行為は、彼が唯一成功体験を得られる行為にもなっていった。」
成功体験。
思春期において、どれだけこの経験を積めるかによってその後の人生が決定づけられると言っても良い、ある種のターニングポイント的要素。体験。
「殺したくないのに殺さなければならないという強迫観念にも似た感情。いつしか、殺すまでにどれだけ生命を保てるかという目標を掲げるようになり、成功すれば年相応に嬉々とし、失敗すれば反省し、次に活かす。……殺してるのに次に活かすだなんて、笑えないよねー。」
「あの“Pepper”が失敗ですか……」
失敗は成功の母。
人間に抱くような疑問ではないけれど、あいつになら抱いて当然だ。
「まぁ、命は計算で量り切れるものでもないしねー。失敗自体、彼の人生には中々訪れない刺激だったし、そこものめり込む要因の一つだったのかなー、って思うよね。」
幼少の頃からわざと失敗を犯して周囲を引っ掻き回すような奴だったんだ。十分納得の理由だ。
「そして、これも言ったけど、彼は思春期真っ只中青春一直線マンだったんだ。毒を手に入れてからか、あるいはその前からだったか、いつしか殺傷時間を長引かせるという行為は、自分の精神を保つための手段から目的へとすり替わり、そして、“パブロフの犬”理論でその行為そのものと性的興奮を結び付けてしまった。」
目を伏せ、一際長く間を置く先生。
そんなこの人の次の言葉を、俺はやっぱり、予想できてしまっていた。
「彼の二つ目の【変態性】は【加虐性愛】さ。」
………ああ、やっぱりだ。
「生命を死の淵に陥れ、死の時間さえも容易に操れる悦楽。ギリギリを責める刺激。自身が死に追いやっているにも関わらず、対象は自身に生を懇願する事しかできない優越。全てが彼に加虐的な嗜好を齎した。まさに、致死量未満の快楽だね。」
そこまでひとしきり話して、カップの中身を飲み干して、先生は真っ直ぐに見つめてくる。
「さて、以上が彩芽祐樹——殺人鬼”Pepper”についてだよ。何か質問はあるかい?」
飄々と両手を広げる先生。
「質問……」
先生の目元。
なぜ先生は”Pepper”についてそこまで詳しく知っているのか。
それらがまず、脳裏を過った。
けれど。
けれども、俺は誓ったんだ。
もう逃げないって。
いじめを見過ごしたあの時のように、俺はもう、自分の保身には走らないと、決めたんだ。
だから、俺は訊く。
当初の予定通りの疑問を、質問に。
「……先生の話を要約すると」
決意した所で、言葉はすんなりとは出てこなかった。
沈黙が続きかけたが、先生の話だって長かったんだし、文句は言わせない。
「“Pepper”は自分勝手で奔放な両親に育てられたが故に殺人行為に走るようになった……つまり、あいつも被害者である、と。」
聞きたくなかった。考えたくなかった。言いたくなかった。
けど、聞いてしまったし考えてしまったし言ってしまった。
それが事実であり、事実でしかない事実。
だったらやっぱり、訊くしかないじゃないか。
俺の問いに、先生は笑う。
「いやいやー。百パーセントそうだとは言えないよー。知性が高かったってことは、理性があったってこととイコールだし、小動物殺しまでならまだしも、人殺しにまで走ったことは擁護できないしねー。」
一瞬、ホッとしかけた胸を撫で下ろさずに引き締める。
それに呼応するように、先生は「ただ…」と続けた。
「もう何回も言ってるけど、子どもは両親からの影響を受けて育つものだ。裏を返せば、両親からなんの影響も受けなければ、子どもは育たない。……“Pepper”は、ある種の【幼児退行】性も持っていたのかもしれないねー。子どもはお菓子を貰えば食べたくなる。銃を貰えば使いたくなる。」
鼻歌でも歌ってるみたいにそう綴る先生。
あぁもう…やっぱりだ……
後悔の波が、押し寄せた。
そして口から出るのは、この一言。
「……だとしたら、“Pepper”が被害者なんだとしたら、真の加害者は俺かもしれませんね……」
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