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第186話「自慰なる少年は暴力と邂逅する——②」
しおりを挟む六月十三日(月)十九時二十分 真希老獪人間心理専門学校・男子寮前
(なんかの本で読んだ……人間は、誰に対しても仮面を被る生き物だと。親、兄弟、友人、知人、恩師に下僕。それぞれに対してそれぞれ用意した仮面をそれぞれの為に被る。人によって態度を変える人間は批難を浴びがちだが、しかし元来その姿は人間の本質であり、最も人間らしい振舞いなんだと。)
悪童とも形容すべき凶悪な笑みを浮かべる男がその禍々しいエーラとともに放ったのは、害意を超えた圧倒的悪意——殺意だった。
かような殺気に晒された神室秀青は、しかし却って冷静かつ迅速に、事態の経緯の整理を行っていた。
(今回のケースで言えば、下田先生は俺に対して教師という仮面を被っていた。けど、その仮面は、不意に剥がれ落ちる事となった。……俺の考えが正しければ、だけど、多分、それは仕方のない事だったんだと思う。その「仕方のない」の原因に俺が含まれていることはさておき。…いや、さておけないから、受け入れられないから、俺はオナニーしたんだ。)
殺人鬼”Pepper”との対峙。
それは時間にして十分程度のものだったが、彼の人生においてそれは最も短く、最も濃い経験となっていた。
短時間に凝縮された濃厚で濃紺な殺意に当てられ、彼は他人からの殺意に慣れ始めていた。
本来であれば有り得ない事。殺人鬼に殺されかけ、生き延びたというこの結果を生んだのは、彼に齎された出会いと、齎された能力。”性癖“。
『独り善がりの絶倫』。
だからこそ、彼はこの状況下においても、言ってしまえばのんびりと、自身が置かれたこの事態に対して思考を巡らせることができる。
(百合モノ漫画をオカズに、オナニーして、イって、射精して。机の下がベトベトになって。それで——こいつが現れた。扉をぶっ壊して。)
その邂逅は、彼にとってはあまりに予想外な想定外のものだったのだろう。
彼にとってでなくとも、部屋の鍵を内側から掛け、完全にプライベートを保った空間で自慰に励んでいるところに暴漢が襲ってくることなど、男性紳士であれば考えたくもない最悪だ。
(筋骨隆々でドレッドヘアーで開口一番「殺し合おうぜ」とか、オナニー直後じゃなくても関わりたくねぇ。さっさと逃げちまいたい。けど、”Pepper”程じゃないにせよ、こいつも俺より相当速ぇ。そう簡単には逃がしちゃくんなさそうだ。……つーか。)
神室秀青は拳を強く握りこむ。
彼の脳内をフラッシュバックするのは、つい数十分前に下田従士から放たれた一言。
———「君は弱い」
———「そこまで考える必要は、今の君にはない」
———「君に死なれるのは困るんだ」
(つーか、あんだけ言われて、逃げ出すとか一番無ぇだろっ!)
瞬間、男のエーラは増大。震えたのは、空気か、少年か。
少年の、闘志か。
「お前、やっぱ楽しい奴か?」
男は再び猛進。
少年は、エーラを集めて身構えた。
(こいつの”性癖“はわからねぇが、戦闘スタイルは単純な力押し系か? だとしても、こいつの膂力は遭遇時の”Pepper“以上、途中でドーピングした”Pepper“以下くらい。こんだけボコスコやられて、実際死ぬほど痛いけど、それでも立ててる。まだチャンスはある。)
少年のエーラは体周を巡っていき、より多く拳に集約されていく。
(とにかくいなして躱して、こいつのスピードに慣れる! 大丈夫! 人より多くの場数を踏めるのが俺の”性癖“の利点だ!)
男は最後の一歩を踏み込み、瞬きすら許さぬ一瞬で少年の眼前に立ちはだかった。
「さぁ、踊ろうぜ‼」
「っ‼」
そして、これまた光星の如く伸びてくる右腕。を、少年は左手でもっていなしにかかり———そのまま掴まれた。
男の右手首を弾かんと放った左手は、しかし、その左手の勢いに流されるまま、鎌の如く曲げられた男の右手にいとも容易く囚われてしまった。
直後、鳴り響く重低音が、一発ではなく三発。
男の左拳が少年の腹部を三度打ちのめした。
「——ぁ———」
声にならない声を上げ膝を崩す少年の背に、男は体重を乗せた肘鉄を叩き落とし、直後に放った右蹴りは、少年を軽々と吹き飛ばした。
十数メートルほど飛び、背を打ち付けて地に伏した少年は、肘を笑わせ、膝から悲鳴を上げさせながらもなんとか立ち上がった。
(っさっきよりもダメージがでけぇ……エーラを分割したからだ。ガードミスったんだ。)
「次はミスんねぇ!」
「——はッ」
少年が立つや否や、男は再び突進。刹那的に距離を詰め、彗星の如く右手を放った。
その伸ばされた右手をいなす為、もう一度少年は左手を繰り出し、
「いや、だから無理だって。」
今度は手首に触れるまでもなく掴まれてしまった。
「———っ⁉」
男は掴んだ左腕をいっぱいまで下に引き落とし、強靭な頭突き。
鼻から砕ける音を撒き散らせながら、少年は再度、数メートル吹き飛ばされた。
後頭部から着地した少年の鼻は赤い噴水を空高く噴き上げた。
それでも。
それでも少年は立ち上がる。
膝が砕け、覚束ない足取りで下手なダンスを披露しようとも、目の前の敵——男を睨むその眼光だけは決して外さない。
「! ———あー……」
その様子を目にした男は、苛立ち任せに頭を掻きむしった。
「お前もそっちのクチかよ。」
そう吐き捨てた男の眼には、最早光は失せ、歓喜も期待も無くなり、ただただ失望の念だけが映っていた。
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