上 下
145 / 348
最終魔戦

闘技場にて

しおりを挟む
 宴に参加していた者達全員が屋根のない闘技場に集められていた。本来は城に仕える騎士達が技を磨く場。
 これからそこで剣聖候補と罪人の一対一サシの勝負が執り行われる。ゆえに貴族達は剣聖候補の戦いが見れると心踊らせていた。
 そして、決闘の結果はすでに予想されていた。

「ミース様は剣聖候補だ。負けるわけがない」
「まったく、結果など分かりきったことだ」
「重罪を犯した実の兄を自らの手で打ち倒す。ミース様こそ、真の剣士だ」

 そんな貴族達の言葉を聞いて、一人ナルミだけは口を尖らせた。

「何よ、副長の事情も分からずに犯罪者あつかいしてさぁ。ほんと、みんな権力せいぎの味方なんだから。あたし、あんな風には絶対になりたくない」
「まあ、仕方ないですよナルミさん。……はうっ……本当のことは……ひゃいっ……皆さん知らないんですから」

 ナルミの傍らで、アサムは軟らかそうな頬を赤くさせながら言葉のあいだあいだに喘ぐような声をあげていた。

「ちょっと、アサム。どうしたの? そんな色っぽい声だして」
「はうぅ……それは、ですね」

 何かに気づいたのかナルミはアサムの背後に目を向ける。そこにあったのは悪魔どもの手であった。

「うふふ、むちむち、すべすべよぉ。こんなの女以上よ」
「いけない、鼻血出てきたわ……前も触ってみたいわね」
「けけけけけけ!」

 それはアサムの腰巻きをめくり、彼の尻や太股をなで回す変態悪魔と化した貴族の雌どもであった。
 宴の時から、アサムを痴漢おさわりするチャンスを狙っていたのであろう。

「こらあぁぁぁ!!」

 「それを触って良いのはあたしだけ」と心の中で呟きながらナルミは悪魔達を追っ払うのであった。




 しばらくすると最初に闘技場に姿を見せたのは、ニオンであった。
 彼は両手に布で包まれた物を持っている。
 内の一つは入場口付近に置き、もう一つの包みはその場で広げた。
 包まれていたのは黒い木刀。ニオンが拵えた、不動樫ふどうがしを材料とする特別な一品である。
 その丁寧に作り込まれた木刀を手にして、ニオンは闘技場中央に脚を進めた。

「まてっ!」

 突如、闘技場内に声が響いた。すると見物客の中から十人程の少年少女が躍り出てきた。
 彼らはニオンの進行を妨げるように立ち並んだ。それは黒い軍服を纏った若き正位剣士しょういけんし達であった。
 その中の一人の少年剣士が、ニオンに木剣を突き付ける。

「お前が剣士長けんしちょうの兄弟なのか何なのか分からんが、無名の剣士ごときが剣士長と決闘など恐れ多い」
「では私にどうしろと?」

 少年の言葉に、ニオンは穏やかに返答した。

「むろん、我々を倒して実力を証明せよ。それができなければ、お前にミース様と決闘する資格はない」
「分かった、受けてたとう」

 ニオンは彼らの挑戦を承諾し、片手持ちで木刀を構えた。
 それに合わせ木剣を突き付けていた少年も、両手で木剣を握り直して構える。

「たあぁ!!」

 少年は雄叫びを上げるとニオンに向かって駆け出し、木剣を振り下ろした。
 しかし、その振りに合わせて少年の手に高速の一撃が襲う。ヒュッと鋭く風を切る音がなった。
 不動樫で作られた、高強度、高密度の木刀による神速の一閃。ニオンが放ったその一撃はあまりにも速く、誰も肉眼で捉えることができなかった。
 その一撃は速いだけでなく、精密に少年の手を捉えていた。
 少年の木剣は吹っ飛び、カランと音をならして遠くの地面に落下した。
 そしてバラバラと何かが少年の足下に散らばった。

「うああぁぁぁぁ!!」

 少年の絶叫が闘技場に反響した。
 彼の両手の指が、いくつか欠損していたのだ。先程地面に散らばったのは、ちぎれた少年の指であった。
 指がちぎれた少年は膝をつき、激痛に耐えかねうずくまる。
 ここまでの流れは、あまりにも一瞬の出来事であった。

「……こ、こんな……こと」
「……こんな、はずじゃ」

 少年少女達は散らばった指を見て青ざめた。そして恐怖して震え上がる。
 自分達は女王に認められし剣士、そんな自尊心などなくなった。

「きゃあぁ!」
「な、なんてことを……」
「正位剣士がっ!」

 その惨劇に貴族達も悲鳴を上げた。
 彼らが待ち望んだのは、華麗で美しい戦い。こんな、子供の指がちぎれ飛ぶ光景など想像していなかったのだ。

「アサム殿、処置を頼む」
「は、はい!」

 多くの人々が恐怖で動けないなか、ニオンとアサムだけは冷静に行動を始めた。
 見物客の中から駆け出したアサムは、うずくまる少年を魔術で眠らせ治療に当たった。
 そしてニオンは、厳しい表情で少年少女達を見据える。

「分かったかね? これが戦いだよ。今の君達の技量で戦場に立てば、間違いなく死んでしまう。女王様に正式に認められて正位剣士になったのだろうけど、それは不足を補うために未熟と分かっていながら与えられたものなんだ。今の地位を返上して、一から鍛え直すんだ。分かったね?」

 穏やかにニオンは言うが、それは幼い彼らの抱く純粋な夢と理想を粉々に粉砕する現実の言葉であった。
 それを聞いて、少年少女の剣士達は力なく項垂れた。

「何をしている! お前達! 下がれ……死にたいのか」

 遅れて闘技場にやって来たメリルは到着するなり、悲鳴のような声をあげた。
 その声に従い幼き剣士達は下がるが、全員が女王を悲しみに満ちた表情で見つめた。

「……くっ」

 子供達から発せられるそんな視線に、心を抉られるメリル。

「女王様あぁぁぁぁ!!」

 そして悲痛な叫びを上げたのは、指をちぎられた少年であった。彼の指はつながり完治している。「大丈夫ですか?」とアサムに支えられていた。

「その男が言ったことは、本当なんですかぁ?」

 涙と土で顔を汚しながら少年は再び声をあげた。
 彼の指は綺麗に治ったが、精神の傷までは癒すことはできない。

「我々を未熟と知りながら正位剣士に任命したのですか? 我々は血と汗滲む精進のすえ今の座につけたと思っていました! ……実力を評価されたのではなく、ただの補充のために我々は正位剣士になったのですか!?」

 少年の嘆きを聞いて、メリルは押し黙る。 
 そしてメリルは彼の悲しげな目を見つめることができず、苦しげな表情で目をそらすのであった。
 彼女のその行動が全てを物語っていた。

「うぅ……ぐうぅ……」

 少年は嗚咽を発しながら、アサムに支えられ闘技場を後にしたのであった。

「メリル様ここまでの腐敗ぶりは、さすがに驚きです。何を考えて、彼らに正位剣士の座を与えたのですか? 彼らを戦場で無駄死にさせるつもりですか? それを恐れて魔族との戦いに向かわせなかったのでしょうがね、そのために多くの人々に被害がでました。あなたがたは、亜人などと言ってぞんざいにしてるようですが」

 ニオンの厳しい言葉に気圧され、メリルは口を開くことができなかった。
 その時、ニオンが入ってきた入場口の反対側の入口から声が響いた。

「そこまでです! それ以上、女王様への無礼は許さない!」 
しおりを挟む

処理中です...