悪役令嬢のやり直しニューゲーム! ~断罪ルートは無理ゲーなので、“推し”との共闘ハッピーエンド攻略、開始します~

虹湖🌈

文字の大きさ
7 / 42

第7話 鉄壁の監視と、想定外の解

しおりを挟む
 歴史学の講義は、もはや拷問と呼ぶべき時間だった。
 老教授が語る建国史の一節も、窓の外を流れる雲の形も、何一つ私の頭には入ってこない。意識の全てが、背後の一点――壁際に立つ、レオンハルト様の存在に吸い寄せられてしまうからだ。

(……息をしているのかしら)

 あまりに気配がなさすぎて、時折そんな馬鹿なことを考えてしまう。だが、彼はいる。間違いなく、そこに。
 教室という閉鎖された空間で、彼の存在感は異常なまでに際立っていた。それはまるで、美しい絵画の中に一体だけ、写実的すぎる彫刻が置かれているような、圧倒的な違和感。
 生徒たちの好奇の視線が、私と彼の間を何度も往復する。その視線が肌をちりちりと焼き、私の集中力を削いでいく。

(だめだ……思考がまとまらない。これでは、次の計画どころじゃないわ)

 RTA走者にとって、冷静な分析と状況判断は何より重要だ。
 しかし、今の私はどうだ。監視者の存在という想定外のデバフ(弱体効果)を受け、完全に思考停止に陥っている。

 講義の終了を告げる鐘の音が、救いの福音のように鳴り響いた。

 †

 次なる戦場は、図書室。
 私の反撃の狼煙を上げた、あの禁断の魔導書が眠る場所だ。
 もう一度、あの書庫へ向かい、システムの脆弱性を突く別の術式を探す。今の私に残された道は、それしかない。

 私は足早に、書庫の奥へと向かった。
 背後から、規則正しい足音がついてくる。床に敷かれた絨毯が、彼の足音を鈍く吸い込んでいた。

「……」
「……」

 静寂が支配する書庫で、私と彼の二人分の気配だけが、やけに濃密に漂う。
 私は、禁断の魔術が記された棚の前で足を止めた。そして、わざとらしく彼に振り返ってみせる。

「わたくし、ここで本を探しますが。サー・ナイトは、そこでお待ちになっててくださらない?」

 牽制の言葉。これ以上、私の領域に入ってくるなという、無言の圧力。
 しかし、彼はアクアマリンの瞳を揺らすことなく、静かに首を横に振った。

「勅命です、アイナ嬢。あなた様の半径三メートル以内が、私の持ち場ですので」

「……そう」

 短い返事だけを返し、私は本棚に向き直った。
(半径、三メートル……!)
 絶望的な数字だ。これでは、怪しい本を手に取ることすらできない。彼の視線は、私の背中から指先の一本一本まで、完璧に捉えているだろう。

 私は目的の本を諦め、無関係な歴史書に手を伸ばした。だが、それは一番上の棚。少し、背伸びをしないと届かない。
 私が爪先立ちになった、その瞬間。

 すっ、と。
 私の視界のすぐ横から、白い手袋に包まれた、大きな手が伸びてきた。
 その手は、私が取ろうとしていた分厚い歴史書を、いとも容易く掴み取る。

「……!」

 振り向くと、すぐそこに、レオンハルト様の胸板があった。
 嗅いだことのない、陽光と、それから微かな鉄の匂い。
 彼は無言のまま、その本を私に差し出した。

 私は、反射的にそれを受け取っていた。
 指先が、ほんのわずかに、彼の手袋に触れる。

「あ……」

 その瞬間、私の思考が、またしても真っ白に染まった。
 なんだ、今の。
 今の動きは、監視役のチャートにはない。ただの、親切?
 バグでもない、ただの、人間的な気遣い?

「……どうも」

 かろうじて、それだけを口にした。
 彼は小さく頷くと、またすっと三メートル後方へと下がり、完璧な監視者の貌に戻る。
 しかし、私の心臓は、ありえないほど速い鼓動を刻んでいた。
 指先に残る、微かな感触。彼の体温すら、伝わってきたかのような錯覚。

(だめだ、だめだ、だめだ……!)

 私は本を抱きしめ、必死に自分を叱咤する。
(惑わされるな、私! 彼は監視対象! 攻略対象! それ以上でも、それ以下でもない!)

 †

 昼食の時間、カフェテリアは再び異様な空気に包まれた。
 私が席に着くと、レオンハルト様がその背後に、まるで守護神のように立つ。
 そのせいで、誰も私のテーブルに近づこうとしない。半径五メートルが、ぽっかりと空白地帯になっていた。まるで、猛獣の檻だ。

 そんな中、唯一、臆面もなく近づいてくる人物がいた。

「おお、アイナ! 見るがいい、この光景を! まるで、孤高の薔薇を、王国最強の騎士が守っているかのようだ! 美しい! あまりにも詩的だ!」

 アルバート王子だった。
 彼は、私の絶望的な状況を、全てロマンチックなフィルター越しに解釈しているらしい。

「アイナ様……あ、あの……」
 おずおずと声をかけてきたのは、エリスだ。
「その、お身体は、もうよろしいのですか……?」

 彼女の瞳には、計算のない、純粋な心配の色が浮かんでいた。
 ああ、もう。なんで、このゲームのキャラクターたちは……。

 私は、目の前の豪華なランチプレートを見つめた。
 最高級の食材が使われているはずなのに、味がしない。
 王子の的外れな賞賛。ヒロインの純粋な善意。そして、背後から感じる、推しの絶対的な存在感。
 私の計画したRTAチャートは、ズタズタに破綻した。

 私は、もう、悪役令嬢ですらない。
 ただの、見世物だ。

 食事を終え、寮へと続く渡り廊下を、夕陽に照らされながら歩く。
 もちろん、背後には私の影のように、レオンハルト様が付き従っている。

(もう、無理だ……)

 私は、ついに認めた。
 ゲームのルールの中で、システムの穴を突いて戦うという、私の計画は、完全に終わった。
 この鉄壁の監視の前では、どんな策も弄せない。

 私は、ふと足を止めた。
 そして、ゆっくりと、私の影を踏む騎士へと振り返る。

 夕陽を背にした彼の表情は、よく見えない。
 だが、私は、静かに問いかけた。

「――ねえ、サー・ナイト」

 ゲームのルールがダメなら。
 この世界のシステムを壊せないのなら。

「あなたという“ルール”を、壊すことは、できますの?」

 私の口からこぼれたのは、悪役令嬢でも、RTA走者でもない。
 ただの、一人の少女としての、宣戦布告だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」 聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。 妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。 寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。 「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」 最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。 だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった! ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。 最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。 一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。 今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。 けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。 「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」 無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける! (本作品はAIを活用して構成・執筆しています)

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...