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第16話 壊れた人形と、ただ一つの祈り
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音楽が、死んだ。
さっきまで甘美なワルツを奏でていた楽団は、目の前の異常事態に演奏を止め、広間は異様な静寂に包まれた。その静寂を、さざ波のように埋めていく、貴族たちの困惑した囁き声。
「何が起きたんだ……?」
「サー・レオンハルトが、アイナ様を……振り払った?」
「ヒロインのエリス嬢の方へ……どういうことですの?」
ダンスフロアの真ん中に、ぽつんと一人、取り残される。
四方八方から突き刺さる、好奇と、侮蔑と、そして憐憫の視線。
それは、本来の筋書き(シナリオ)通り、卒業パーティーで私が受けるはずだった、断罪の視線によく似ていた。
(ああ、そうか……)
私の心は、不思議なほど、凪いでいた。
絶望は、一周して、冷たい怒りに変わっていた。
(これが、あなたの望みだったのね、この世界の神様(ゲームクリエイター))
私が、どんなにルートを外れようとしても。
どんなに、彼との絆を育もうとしても。
結局は、この悲劇の筋書き(スクリプト)に、無理矢理にでも引き戻そうというわけだ。
ふざけないで。
私の、私たちの物語を、そんな陳腐な悲劇で、終わらせてたまるものですか。
「――レオンハルト卿!」
最初に動いたのは、やはりアルバート王子だった。彼は真っ赤な顔で、エリスの前に立ちはだかったレオンハルト様の前に躍り出た。
「無礼であろう! いかなる理由があれ、私の婚約者をダンスの途中で見捨て、あまつさえ、エリス嬢を怯えさせるとは! 王国最強の騎士の名が泣くぞ!」
「……」
レオンハルト様は、答えない。
その虚ろな瞳は、ただ、怯えるエリスだけを映している。
「レ、レオンハルト様……? あの、どうかなさったのですか……?」
エリスが、涙ながらに問いかける。
「わ、わたくし、何か、あなた様のお気に障るようなことを……」
「……守る」
壊れた人形のように、彼の唇から、言葉がこぼれた。
「我が、使命……。彼女を、守る……」
その言葉が、私の心に、最後の火を灯した。
私は、星屑のドレスの裾を翻し、まっすぐに、彼らの元へと歩き出した。
私を阻もうとする人々の壁を、モーセの奇跡のように、切り開いて。
「お下がりなさい、殿下」
私が発した声は、自分でも驚くほど、低く、そして揺るぎなかった。
「……アイナ? 君、何を……」
私は、アルバート王子とエリスの前に立ち、壊れてしまった私の騎士と、真正面から対峙した。
「サー・レオンハルト。あなた、聞こえていますか」
「……」
「わたくしは、アイナ・フォン・ルーメル。あなたの、被監視対象ですわ」
私は、必死に、彼のプログラムに語りかける。
勅命。任務。監視。彼の心を縛り付ける、ルールの言葉で。
「あなたの任務は、わたくしの側にいること。エリスさんを守ることでは、ありません」
しかし、彼の瞳は、私を映さない。
彼は、私の肩を押し除け、一歩、エリスへと近づこうとする。
その、冷たく、人形のような動きに、私の心の何かが、ぷつりと切れた。
(――もう、いい)
ルールが、ダメなら。
理屈が、通じないなら。
残された手は、たった一つ。
私は、もう一度、彼の前に立ちはだかった。
そして、今度は、全ての演技も、建前も、かなぐり捨てて、叫んだ。
「――レオン!」
びくり、と彼の身体が、初めて、はっきりと反応した。
周囲が、私の不敬な呼び方に、息を呑む。
私は、構わなかった。
その虚ろな、アクアマリンの瞳を、まっすぐに見つめて、続けた。
「お願い……私を見て。わたくしは、アイナよ。あなたが、守ると言ってくれた。あなたが、その手で、呪いから救ってくれた……!」
私の声が、震える。
「わたくしと、踊ってくれると、そう、思っていたのに……っ!」
言葉が、想いが、涙になって、溢れ出す。
もう、悪役令嬢でも、RTA走者でもない。
ただの、恋する少女の、必死の祈りだった。
私は、震える足で、一歩、彼に近づいた。
そして、そっと、爪先立ちになり、彼の固い胸鎧の上に、自分の額を、こつんと合わせた。
温かい涙が、冷たい鋼の上に、染みを作っていく。
「……戻ってきて」
私の、たった一つの、願い。
「お願い……あなたのいる場所に、戻ってきて……レオン……」
広間に、私の嗚咽だけが、響き渡る。
誰もが、この異常な光景に、言葉を失っていた。
その、瞬間だった。
「……ぁ……」
私の額が触れている胸鎧の奥から、くぐもった、呻きのような声が聞こえた。
見上げると、彼の虚ろだった瞳の中に、ほんのわずか、光が、灯っていた。
その瞳が、まるで焦点を探すかのように、揺らぎ、そして、ゆっくりと、私を、映した。
「……アイ、ナ……嬢……?」
彼の唇から、私の名前が、まるで初めて発音するかのように、拙く、こぼれ落ちた。
バグに支配されていた人形の顔に、人間の苦悩の色が、戻っていた。
私は、わかっていた。
これは、治癒じゃない。
私の、筋書き(ルール)を無視した行動が、彼のバグに、予期せぬエラーを引き起こしただけだ。
ほんの、一瞬の、奇跡。
だが、それで十分だった。
(――見つけた)
私は、涙に濡れた顔を上げて、決意を固めた。
(これが、あなたのバグを壊す、唯一の方法)
論理(ルール)じゃない。
感情(こころ)で、あなたを、この悪夢から、必ず救い出す。
本当の戦いは、今、この瞬間から始まるのだと、私は、固く、誓った。
さっきまで甘美なワルツを奏でていた楽団は、目の前の異常事態に演奏を止め、広間は異様な静寂に包まれた。その静寂を、さざ波のように埋めていく、貴族たちの困惑した囁き声。
「何が起きたんだ……?」
「サー・レオンハルトが、アイナ様を……振り払った?」
「ヒロインのエリス嬢の方へ……どういうことですの?」
ダンスフロアの真ん中に、ぽつんと一人、取り残される。
四方八方から突き刺さる、好奇と、侮蔑と、そして憐憫の視線。
それは、本来の筋書き(シナリオ)通り、卒業パーティーで私が受けるはずだった、断罪の視線によく似ていた。
(ああ、そうか……)
私の心は、不思議なほど、凪いでいた。
絶望は、一周して、冷たい怒りに変わっていた。
(これが、あなたの望みだったのね、この世界の神様(ゲームクリエイター))
私が、どんなにルートを外れようとしても。
どんなに、彼との絆を育もうとしても。
結局は、この悲劇の筋書き(スクリプト)に、無理矢理にでも引き戻そうというわけだ。
ふざけないで。
私の、私たちの物語を、そんな陳腐な悲劇で、終わらせてたまるものですか。
「――レオンハルト卿!」
最初に動いたのは、やはりアルバート王子だった。彼は真っ赤な顔で、エリスの前に立ちはだかったレオンハルト様の前に躍り出た。
「無礼であろう! いかなる理由があれ、私の婚約者をダンスの途中で見捨て、あまつさえ、エリス嬢を怯えさせるとは! 王国最強の騎士の名が泣くぞ!」
「……」
レオンハルト様は、答えない。
その虚ろな瞳は、ただ、怯えるエリスだけを映している。
「レ、レオンハルト様……? あの、どうかなさったのですか……?」
エリスが、涙ながらに問いかける。
「わ、わたくし、何か、あなた様のお気に障るようなことを……」
「……守る」
壊れた人形のように、彼の唇から、言葉がこぼれた。
「我が、使命……。彼女を、守る……」
その言葉が、私の心に、最後の火を灯した。
私は、星屑のドレスの裾を翻し、まっすぐに、彼らの元へと歩き出した。
私を阻もうとする人々の壁を、モーセの奇跡のように、切り開いて。
「お下がりなさい、殿下」
私が発した声は、自分でも驚くほど、低く、そして揺るぎなかった。
「……アイナ? 君、何を……」
私は、アルバート王子とエリスの前に立ち、壊れてしまった私の騎士と、真正面から対峙した。
「サー・レオンハルト。あなた、聞こえていますか」
「……」
「わたくしは、アイナ・フォン・ルーメル。あなたの、被監視対象ですわ」
私は、必死に、彼のプログラムに語りかける。
勅命。任務。監視。彼の心を縛り付ける、ルールの言葉で。
「あなたの任務は、わたくしの側にいること。エリスさんを守ることでは、ありません」
しかし、彼の瞳は、私を映さない。
彼は、私の肩を押し除け、一歩、エリスへと近づこうとする。
その、冷たく、人形のような動きに、私の心の何かが、ぷつりと切れた。
(――もう、いい)
ルールが、ダメなら。
理屈が、通じないなら。
残された手は、たった一つ。
私は、もう一度、彼の前に立ちはだかった。
そして、今度は、全ての演技も、建前も、かなぐり捨てて、叫んだ。
「――レオン!」
びくり、と彼の身体が、初めて、はっきりと反応した。
周囲が、私の不敬な呼び方に、息を呑む。
私は、構わなかった。
その虚ろな、アクアマリンの瞳を、まっすぐに見つめて、続けた。
「お願い……私を見て。わたくしは、アイナよ。あなたが、守ると言ってくれた。あなたが、その手で、呪いから救ってくれた……!」
私の声が、震える。
「わたくしと、踊ってくれると、そう、思っていたのに……っ!」
言葉が、想いが、涙になって、溢れ出す。
もう、悪役令嬢でも、RTA走者でもない。
ただの、恋する少女の、必死の祈りだった。
私は、震える足で、一歩、彼に近づいた。
そして、そっと、爪先立ちになり、彼の固い胸鎧の上に、自分の額を、こつんと合わせた。
温かい涙が、冷たい鋼の上に、染みを作っていく。
「……戻ってきて」
私の、たった一つの、願い。
「お願い……あなたのいる場所に、戻ってきて……レオン……」
広間に、私の嗚咽だけが、響き渡る。
誰もが、この異常な光景に、言葉を失っていた。
その、瞬間だった。
「……ぁ……」
私の額が触れている胸鎧の奥から、くぐもった、呻きのような声が聞こえた。
見上げると、彼の虚ろだった瞳の中に、ほんのわずか、光が、灯っていた。
その瞳が、まるで焦点を探すかのように、揺らぎ、そして、ゆっくりと、私を、映した。
「……アイ、ナ……嬢……?」
彼の唇から、私の名前が、まるで初めて発音するかのように、拙く、こぼれ落ちた。
バグに支配されていた人形の顔に、人間の苦悩の色が、戻っていた。
私は、わかっていた。
これは、治癒じゃない。
私の、筋書き(ルール)を無視した行動が、彼のバグに、予期せぬエラーを引き起こしただけだ。
ほんの、一瞬の、奇跡。
だが、それで十分だった。
(――見つけた)
私は、涙に濡れた顔を上げて、決意を固めた。
(これが、あなたのバグを壊す、唯一の方法)
論理(ルール)じゃない。
感情(こころ)で、あなたを、この悪夢から、必ず救い出す。
本当の戦いは、今、この瞬間から始まるのだと、私は、固く、誓った。
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