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第23話 禁書庫の誓い、そして反撃の序曲
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禁書庫の、墓場のような静寂の中で、私たちは、立ち上がった。
彼が跪き、私に新たな誓いを捧げた、その行為。それは、崩れ落ちた彼の心を、そして、孤独だった私の魂を、もう一度、確かな形に結び直すための、儀式だったのかもしれない。
「……行こう」
彼が、先に口を開いた。
その声にはもう、絶望の響きはない。己の運命を知り、それでもなお、それに立ち向かうことを決めた、男の覚悟が宿っていた。
「ここに、これ以上いても、答えはない」
「ええ、そうですわね」
私は頷いた。
書架に並ぶ、禍々しい古書たちを見渡す。
ついさっきまで、ここは、私を絶望させるだけの、呪われた過去の墓標だった。
だが、今は違う。
ここは、私たちの敵の正体を知るための、情報の宝庫に見える。
私たちは、あの忌まわしき歴史を記した、人肌の古書を元の場所に戻した。
もう、この本に用はない。私たちは、過去に囚われるのではなく、未来を、自らの手で創るのだから。
†
「さて、と」
封印区画を出て、明るい通常書庫の閲覧室に戻った私たちは、大きな円卓に向かい合って座っていた。
目の前には、真っ白な羊皮紙と、インク瓶。
私たちの、最初の、本当の意味での作戦会議の始まりだ。
もちろん、書庫の番人であるヴァレリウス老は、遠くのカウンターから、苦々しい顔でこちらを睨んでいるが、もう気にはならない。
「まず、敵の正体を整理しましょう」
私は、羽ペンをインクに浸しながら、切り出した。
「私たちの敵は、もはや、正体不明の『バグ』や『呪い』ではない。その名は、『魂の枷(ソウル・テザー)』。初代国王アーサーが、宮廷魔術師に作らせた、王家による、アークライト家支配のための、大魔術」
「……ああ」
レオンハルト様が、静かに頷く。その顔に苦渋の色は浮かんでいるが、もう、揺らいではいない。彼は、その事実を、正面から受け止めていた。
「この魔術の目的は、王家に仇なす者が現れた時、あなた様を、意思なき『悲劇の英雄』に変え、その者を排除すること。……おそらく、ヒロインであるエリスさんは、その『王家に仇なす者』の資質を、潜在的に持っているのでしょう」
「……エリス嬢が?」
彼の声に、驚きの色が混じる。
「彼女が、か弱く、心優しい少女であることは、私が一番よく知っている。彼女が、王家に反逆するなど……」
「ええ。今の彼女には、そんな気概は、微塵もないでしょうね」
私は、ペンを走らせながら、答えた。
「でも、ゲームの筋書き(シナリオ)では、彼女は、その聖女としての強大な力を、民のために使い、結果として、貴族中心の現体制を、大きく揺るがすことになる。……だから、筋書き(システム)は、あなたという“番犬”を、彼女の元へと、何度も送り込むのですわ。本格的に覚醒する前に、監視し、場合によっては、排除するために」
「……なんと、いうことだ」
彼は、固く、拳を握りしめた。
「私は、知らないうちに、彼女の自由すらも、脅かしていたというのか……」
「あなた様が、気になさることではありませんわ。全ては、千年も昔の、亡霊の仕業なのですから」
私は、そう言うと、ペンを置いた。
「問題は、この『魂の枷』を、どうやって破壊するか。そのためには、術を創り出した張本人――初代宮廷魔術師の、研究記録を見つけ出す必要があります」
「初代宮廷魔術師……ロード・アリスティア・ヴァレリウス、か」
レオンハルト様が、その名を口にする。
「だが、彼の個人的な記録など、この書庫には、公式なものしか残されていなかったはずだ。王家の不利益になるような研究は、全て、破棄されたと聞く」
「ええ、表向きは、そうですわね」
私は、にやり、と笑ってみせた。
ゲーマーの勘が、この謎の答えを、既に見つけ出している。
「レオンハルト様。少し、考えてみてくださる? 自分の命よりも重要な、国家を揺るがすほどの秘密を、あなたなら、どこに隠しますか?」
「……誰の目にも、触れぬ場所、か。だが、そんな場所が……」
「いいえ、逆ですわ」
私は、人差し指を立てた。
「最も安全な場所は、金庫の中ではない。“誰もが、それと知らずに、毎日目にしている場所”。違いますこと?」
私は、その視線を、部屋の隅にある、書庫長のカウンターへと向けた。
そこには、神経質そうに、本の整理をしている、ヴァレリウス老の姿があった。
私の視線の意味を、レオンハルト様は、即座に理解した。
彼の瞳が、はっと見開かれる。
「……まさか」
「ええ、その、まさかですわ」
私は、悪戯っぽく、囁いた。
「初代宮廷魔術師の名は、アリスティア・ヴァレリウス。そして、今の書庫長の名も、ヴァレリウス。この書庫長の職が、代々、ヴァレリウス家に受け継がれてきた、世襲制であることも、わたくし、存じ上げておりますのよ」
「……では、奴が」
「ええ。初代宮廷魔術師の禁断の研究記録は、この書庫にはありません。それは、ヴァレリウス家の当主から当主へ、千年もの間、秘密裏に、受け継がれてきた**“家宝”**。……わたくしは、そう睨んでいますわ」
私たちの視線が、交差した。
もう、言葉は必要なかった。
私たちの、次なるターゲットは、決まった。
私たちは、静かに立ち上がった。
封印区画から戻ってきた時とは、まるで違う、確かな目的を持った、力強い足取りで。
カウンターに座る、ヴァレリウス老が、訝しげな顔で、こちらを見る。
彼は、まだ、知らない。
自分の家が、千年もの間、忠実に守り続けてきた秘密の扉を、たった今、二人の反逆者が、こじ開けようとしていることを。
彼が跪き、私に新たな誓いを捧げた、その行為。それは、崩れ落ちた彼の心を、そして、孤独だった私の魂を、もう一度、確かな形に結び直すための、儀式だったのかもしれない。
「……行こう」
彼が、先に口を開いた。
その声にはもう、絶望の響きはない。己の運命を知り、それでもなお、それに立ち向かうことを決めた、男の覚悟が宿っていた。
「ここに、これ以上いても、答えはない」
「ええ、そうですわね」
私は頷いた。
書架に並ぶ、禍々しい古書たちを見渡す。
ついさっきまで、ここは、私を絶望させるだけの、呪われた過去の墓標だった。
だが、今は違う。
ここは、私たちの敵の正体を知るための、情報の宝庫に見える。
私たちは、あの忌まわしき歴史を記した、人肌の古書を元の場所に戻した。
もう、この本に用はない。私たちは、過去に囚われるのではなく、未来を、自らの手で創るのだから。
†
「さて、と」
封印区画を出て、明るい通常書庫の閲覧室に戻った私たちは、大きな円卓に向かい合って座っていた。
目の前には、真っ白な羊皮紙と、インク瓶。
私たちの、最初の、本当の意味での作戦会議の始まりだ。
もちろん、書庫の番人であるヴァレリウス老は、遠くのカウンターから、苦々しい顔でこちらを睨んでいるが、もう気にはならない。
「まず、敵の正体を整理しましょう」
私は、羽ペンをインクに浸しながら、切り出した。
「私たちの敵は、もはや、正体不明の『バグ』や『呪い』ではない。その名は、『魂の枷(ソウル・テザー)』。初代国王アーサーが、宮廷魔術師に作らせた、王家による、アークライト家支配のための、大魔術」
「……ああ」
レオンハルト様が、静かに頷く。その顔に苦渋の色は浮かんでいるが、もう、揺らいではいない。彼は、その事実を、正面から受け止めていた。
「この魔術の目的は、王家に仇なす者が現れた時、あなた様を、意思なき『悲劇の英雄』に変え、その者を排除すること。……おそらく、ヒロインであるエリスさんは、その『王家に仇なす者』の資質を、潜在的に持っているのでしょう」
「……エリス嬢が?」
彼の声に、驚きの色が混じる。
「彼女が、か弱く、心優しい少女であることは、私が一番よく知っている。彼女が、王家に反逆するなど……」
「ええ。今の彼女には、そんな気概は、微塵もないでしょうね」
私は、ペンを走らせながら、答えた。
「でも、ゲームの筋書き(シナリオ)では、彼女は、その聖女としての強大な力を、民のために使い、結果として、貴族中心の現体制を、大きく揺るがすことになる。……だから、筋書き(システム)は、あなたという“番犬”を、彼女の元へと、何度も送り込むのですわ。本格的に覚醒する前に、監視し、場合によっては、排除するために」
「……なんと、いうことだ」
彼は、固く、拳を握りしめた。
「私は、知らないうちに、彼女の自由すらも、脅かしていたというのか……」
「あなた様が、気になさることではありませんわ。全ては、千年も昔の、亡霊の仕業なのですから」
私は、そう言うと、ペンを置いた。
「問題は、この『魂の枷』を、どうやって破壊するか。そのためには、術を創り出した張本人――初代宮廷魔術師の、研究記録を見つけ出す必要があります」
「初代宮廷魔術師……ロード・アリスティア・ヴァレリウス、か」
レオンハルト様が、その名を口にする。
「だが、彼の個人的な記録など、この書庫には、公式なものしか残されていなかったはずだ。王家の不利益になるような研究は、全て、破棄されたと聞く」
「ええ、表向きは、そうですわね」
私は、にやり、と笑ってみせた。
ゲーマーの勘が、この謎の答えを、既に見つけ出している。
「レオンハルト様。少し、考えてみてくださる? 自分の命よりも重要な、国家を揺るがすほどの秘密を、あなたなら、どこに隠しますか?」
「……誰の目にも、触れぬ場所、か。だが、そんな場所が……」
「いいえ、逆ですわ」
私は、人差し指を立てた。
「最も安全な場所は、金庫の中ではない。“誰もが、それと知らずに、毎日目にしている場所”。違いますこと?」
私は、その視線を、部屋の隅にある、書庫長のカウンターへと向けた。
そこには、神経質そうに、本の整理をしている、ヴァレリウス老の姿があった。
私の視線の意味を、レオンハルト様は、即座に理解した。
彼の瞳が、はっと見開かれる。
「……まさか」
「ええ、その、まさかですわ」
私は、悪戯っぽく、囁いた。
「初代宮廷魔術師の名は、アリスティア・ヴァレリウス。そして、今の書庫長の名も、ヴァレリウス。この書庫長の職が、代々、ヴァレリウス家に受け継がれてきた、世襲制であることも、わたくし、存じ上げておりますのよ」
「……では、奴が」
「ええ。初代宮廷魔術師の禁断の研究記録は、この書庫にはありません。それは、ヴァレリウス家の当主から当主へ、千年もの間、秘密裏に、受け継がれてきた**“家宝”**。……わたくしは、そう睨んでいますわ」
私たちの視線が、交差した。
もう、言葉は必要なかった。
私たちの、次なるターゲットは、決まった。
私たちは、静かに立ち上がった。
封印区画から戻ってきた時とは、まるで違う、確かな目的を持った、力強い足取りで。
カウンターに座る、ヴァレリウス老が、訝しげな顔で、こちらを見る。
彼は、まだ、知らない。
自分の家が、千年もの間、忠実に守り続けてきた秘密の扉を、たった今、二人の反逆者が、こじ開けようとしていることを。
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