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第29話 運命の舞台、その幕が上がる
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四大学園対抗魔術試合、最終日。
王都に併設された、巨大な円形闘技場(コロッセオ)は、地鳴りのような歓声に、揺れていた。
青、赤、緑、黄。四つの学園の旗が、青空の下で、誇らしげにはためいている。
魔術によって増幅された、高らかなファンファーレ。観客席を埋め尽くす、人々の熱狂。
その全てが、この国で最も、華やかで、そして、残酷な祭りの始まりを、告げていた。
「……すごい、熱気ですわね」
私は、王族や、大貴族のために用意された、特別観覧席(ロイヤルボックス)の一角で、静かに呟いた。
隣には、私の「年老いた魔術教師」という、完璧な役を演じている、ヴァレリウス老が、控えている。
「ふん。血気盛んな若人どもが、己の力を、誇示するためだけの、祭りじゃよ」
老人は、興味なさそうに、言い放つ。
「じゃが、今日のこの、凝縮された魔力と、人々の熱狂……。これ以上、儀式を行うに、ふさわしい舞台はない。……皮肉なものじゃな」
「ええ、本当に」
私は、レースの扇子で、そっと、口元を隠した。
その扇子の下で、私の唇が、興奮と、緊張に、引きつっているのを、誰にも、気づかせるわけには、いかない。
視線を上げると、最も、高い位置にある、王族専用の観覧席が見えた。
そこには、国王陛下の隣で、優雅に、しかし、どこか、退屈そうに、座っている、アルバート王子の姿があった。
そして、その隣には――
聖女として、この試合の勝者に、祝福を与えるという、大役を与えられた、エリスが、緊張した面持ちで、座っている。
「……役者は、揃いましたわね」
私の、囁くような声に、ヴァレリウス老が、静かに、頷いた。
「ああ。あとは、主役の登場を、待つばかりじゃ」
†
決勝戦が、始まる、少し前のこと。
私は、「少し、風に当たってまいりますわ」と、一言だけ、老人に告げると、席を立った。
向かったのは、闘技場の、地下。
選手たちが、出番を待つ、冷たく、薄暗い、通路だった。
ひんやりとした、石の壁に、身を寄せると、遠くから聞こえる、歓声が、まるで、別の世界の出来事のように、感じられた。
やがて、通路の奥から、規則正しい、鎧の足音が、聞こえてくる。
私の、心臓が、どくん、と、大きく、跳ねた。
現れたのは、もちろん、レオンハルト様だった。
今日の、試合のために、特別に誂えられた、白銀の、美しい鎧。
それは、彼を、まるで、おとぎ話の王子様のように、見せていた。
「……アイナ様」
彼は、私の姿を認めると、驚いたように、足を止めた。
「このような場所に、どうして……」
「あなた様の、お顔が、見たくなりましてよ」
私は、悪戯っぽく、微笑んでみせた。
「わたくしたちの、大一番ですもの。景気づけの一つも、なければ、始まりませんでしょう?」
「……景気づけ、ですか」
彼が、困ったように、眉をひそめる。
その、人間味あふれる表情に、私の緊張が、少しだけ、解けていく。
私は、一歩、彼に近づいた。
そして、そっと、手を伸ばし、彼の、白銀の胸当てに、触れた。
ひんやりとした、鋼の感触。
だが、その奥で、彼の、温かい、心臓が、力強く、鼓動しているのが、伝わってくるようだった。
「……レオンハルト様」
私は、見上げて、言った。
「これは、死ぬための、戦いでは、ありませんわ。……生きるための、戦いです」
「……」
「だから、約束して。どんなに、追い詰められても、どんなに、苦しくても……。決して、心を、手放さないで。最後まで、あなた自身の意志で、剣を、握り続けて」
私の、まっすぐな瞳を、彼は、ただ、黙って、見つめ返していた。
やがて、彼は、私の、胸当てに触れていた、その手の上に、自分の、大きな手を、そっと、重ねた。
「……あなたこそ」
彼が、低い声で、言った。
「約束して、いただきたい」
「……え?」
「私が、もし、万が一、また、あの“呪い”に、呑まれそうになったら……。その時は、あなた様の手で、私を、止めていただきたい。……たとえ、この心臓を、貫くことになったとしても」
それは、彼が、私に、託した、絶対的な、信頼の証。
そして、彼の、命そのものだった。
私は、こくり、と、頷いた。
「……御意に」
その時、通路の向こうで、ファンファーレが、高らかに、鳴り響いた。
決勝戦の、始まりを告げる、合図だ。
「……行かねば」
彼は、名残惜しそうに、私から、手を離した。
「ええ」
私は、笑顔で、彼を、送り出す。
「最高の、舞台にしましょう。……この、理不尽な物語を、終わらせるための、最高の、舞台に」
彼は、もう一度、強く、頷くと、私に、背を向けた。
そして、一度も、振り返ることなく、光が差し込む、闘技場の、入り口へと、歩いていく。
その、白銀の背中が、あまりにも、気高く、そして、儚く見えて、私は、胸が、締め付けられるようだった。
私は、彼が見えなくなるまで、その場に、立ち尽くした。
やがて、闘技場から、割れんばかりの、大歓声が、聞こえてくる。
「さあ」
私は、自分に、言い聞かせた。
「わたくしの、戦場へ、戻りましょう」
筋書き(シナリオ)も、運命も、全て、ひっくり返すための、最高の、特等席へ。
私の、最後の、ゲームが、今、始まる。
王都に併設された、巨大な円形闘技場(コロッセオ)は、地鳴りのような歓声に、揺れていた。
青、赤、緑、黄。四つの学園の旗が、青空の下で、誇らしげにはためいている。
魔術によって増幅された、高らかなファンファーレ。観客席を埋め尽くす、人々の熱狂。
その全てが、この国で最も、華やかで、そして、残酷な祭りの始まりを、告げていた。
「……すごい、熱気ですわね」
私は、王族や、大貴族のために用意された、特別観覧席(ロイヤルボックス)の一角で、静かに呟いた。
隣には、私の「年老いた魔術教師」という、完璧な役を演じている、ヴァレリウス老が、控えている。
「ふん。血気盛んな若人どもが、己の力を、誇示するためだけの、祭りじゃよ」
老人は、興味なさそうに、言い放つ。
「じゃが、今日のこの、凝縮された魔力と、人々の熱狂……。これ以上、儀式を行うに、ふさわしい舞台はない。……皮肉なものじゃな」
「ええ、本当に」
私は、レースの扇子で、そっと、口元を隠した。
その扇子の下で、私の唇が、興奮と、緊張に、引きつっているのを、誰にも、気づかせるわけには、いかない。
視線を上げると、最も、高い位置にある、王族専用の観覧席が見えた。
そこには、国王陛下の隣で、優雅に、しかし、どこか、退屈そうに、座っている、アルバート王子の姿があった。
そして、その隣には――
聖女として、この試合の勝者に、祝福を与えるという、大役を与えられた、エリスが、緊張した面持ちで、座っている。
「……役者は、揃いましたわね」
私の、囁くような声に、ヴァレリウス老が、静かに、頷いた。
「ああ。あとは、主役の登場を、待つばかりじゃ」
†
決勝戦が、始まる、少し前のこと。
私は、「少し、風に当たってまいりますわ」と、一言だけ、老人に告げると、席を立った。
向かったのは、闘技場の、地下。
選手たちが、出番を待つ、冷たく、薄暗い、通路だった。
ひんやりとした、石の壁に、身を寄せると、遠くから聞こえる、歓声が、まるで、別の世界の出来事のように、感じられた。
やがて、通路の奥から、規則正しい、鎧の足音が、聞こえてくる。
私の、心臓が、どくん、と、大きく、跳ねた。
現れたのは、もちろん、レオンハルト様だった。
今日の、試合のために、特別に誂えられた、白銀の、美しい鎧。
それは、彼を、まるで、おとぎ話の王子様のように、見せていた。
「……アイナ様」
彼は、私の姿を認めると、驚いたように、足を止めた。
「このような場所に、どうして……」
「あなた様の、お顔が、見たくなりましてよ」
私は、悪戯っぽく、微笑んでみせた。
「わたくしたちの、大一番ですもの。景気づけの一つも、なければ、始まりませんでしょう?」
「……景気づけ、ですか」
彼が、困ったように、眉をひそめる。
その、人間味あふれる表情に、私の緊張が、少しだけ、解けていく。
私は、一歩、彼に近づいた。
そして、そっと、手を伸ばし、彼の、白銀の胸当てに、触れた。
ひんやりとした、鋼の感触。
だが、その奥で、彼の、温かい、心臓が、力強く、鼓動しているのが、伝わってくるようだった。
「……レオンハルト様」
私は、見上げて、言った。
「これは、死ぬための、戦いでは、ありませんわ。……生きるための、戦いです」
「……」
「だから、約束して。どんなに、追い詰められても、どんなに、苦しくても……。決して、心を、手放さないで。最後まで、あなた自身の意志で、剣を、握り続けて」
私の、まっすぐな瞳を、彼は、ただ、黙って、見つめ返していた。
やがて、彼は、私の、胸当てに触れていた、その手の上に、自分の、大きな手を、そっと、重ねた。
「……あなたこそ」
彼が、低い声で、言った。
「約束して、いただきたい」
「……え?」
「私が、もし、万が一、また、あの“呪い”に、呑まれそうになったら……。その時は、あなた様の手で、私を、止めていただきたい。……たとえ、この心臓を、貫くことになったとしても」
それは、彼が、私に、託した、絶対的な、信頼の証。
そして、彼の、命そのものだった。
私は、こくり、と、頷いた。
「……御意に」
その時、通路の向こうで、ファンファーレが、高らかに、鳴り響いた。
決勝戦の、始まりを告げる、合図だ。
「……行かねば」
彼は、名残惜しそうに、私から、手を離した。
「ええ」
私は、笑顔で、彼を、送り出す。
「最高の、舞台にしましょう。……この、理不尽な物語を、終わらせるための、最高の、舞台に」
彼は、もう一度、強く、頷くと、私に、背を向けた。
そして、一度も、振り返ることなく、光が差し込む、闘技場の、入り口へと、歩いていく。
その、白銀の背中が、あまりにも、気高く、そして、儚く見えて、私は、胸が、締め付けられるようだった。
私は、彼が見えなくなるまで、その場に、立ち尽くした。
やがて、闘技場から、割れんばかりの、大歓声が、聞こえてくる。
「さあ」
私は、自分に、言い聞かせた。
「わたくしの、戦場へ、戻りましょう」
筋書き(シナリオ)も、運命も、全て、ひっくり返すための、最高の、特等席へ。
私の、最後の、ゲームが、今、始まる。
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