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第2話:路地裏の錬金術師と厄介な訪問者
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「紅灯区(あかといく)…?」
自分の呟きと同時に、路地の角から現れた小さな影に、私は咄嗟に身構えた。この無法地帯で不用意に姿を晒すのは危険だ。特に、今の私のようなボロボロの姿は、恰好の獲物だろう。
ところが、現れたのは屈強な男ではなく、大きな丸メガネをかけた小柄な少女だった。年の頃は…十五、六歳くらいだろうか。継ぎ接ぎだらけのローブをまとい、両手には何やら怪しげな薬草やガラクタのようなものを抱えている。
少女は私を見るなり、「ひゃっ!?」と短い悲鳴をあげて、抱えていた荷物を派手にぶちまけた。ガラス瓶が割れる音と、カランコロンと金属片が転がる音。そして、なんとも言えない刺激臭が鼻をついた。…アンモニアと硫黄と…あと何かしら、腐った卵のような…? 前世の化学知識が警鐘を鳴らす。混ぜるな危険、的なやつでは?
「あわわわ、ご、ごめんなさい! お怪我は…って、うわぁ!?」
少女は慌てて荷物を拾おうとしたが、泥まみれの私を改めて見て、今度は腰を抜かさんばかりに後ずさった。大きなメガネの奥の瞳が、恐怖と好奇心で揺れている。
「だ、大丈夫ですか!? そのお召し物…もしかして、どこかのお貴族様が…って、でもこんな路地裏に…? ま、まさか、アンデッド!?」
…アンデッド? この私を? いくら泥まみれとはいえ、ひどい言われようだ。まあ、今の姿を見れば無理もないかもしれないけれど。
内心でため息をつきつつ、私は警戒を解かずに口を開いた。生き延びるには情報がいる。この子から何か聞き出せるかもしれない。
「…落ち着きなさい。私は幽霊でもアンデッドでもないわ。ただの…そう、道に迷った旅の者よ」
我ながら苦しい言い訳だ。こんなボロボロの旅人がいるものか。
しかし、少女は意外にも素直に私の言葉を信じた…というより、私の(おそらくまだ残っているであろう)令嬢オーラに気圧されたのか、少し落ち着きを取り戻したようだった。
「た、旅の方、でしたか…。でも、ここは紅灯区の、その、あまり治安の良くない路地裏でして…。旅の方が迷い込むような場所では…」
「ええ、少し事情があってね。私はリア…いいえ、『花季(はなき)』と呼んでちょうだい。あなたは?」
咄嗟に偽名を名乗る。リアナ・ヴィルヘルムの名は、今は危険すぎる。花季…うん、悪くない響きね。紅灯区に咲く徒花、といったところかしら。
「は、花季さん…。わ、私はミラベルと申します。しがない錬金術師の…見習いの、その、端くれです…」
ミラベルはオドオドしながら自己紹介した。錬金術師? こんな路地裏に? 怪しさ満点だが、今は情報を得る方が先決だ。
「ミラベルね。この辺りのことに詳しそうだけど、少し聞いても…」
私の言葉を遮るように、路地の奥から野太い声が響いた。
「おい、ミラベル! いるのは分かってんだぞ! いつまで逃げてやがる!」
声と共に、見るからに柄の悪い、ゴロツキ風の男たちが二人、姿を現した。一人は傷だらけの顔にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、もう一人は棍棒のようなものを肩に担いでいる。明らかにカタギではない。
ミラベルは「ひぃっ!」と悲鳴をあげて、私の背後に隠れようとした。…って、私を盾にする気!? まあ、今の私なら確かに、盾くらいには…って、違うわ!
「よぉ、ミラベル。やっと見つけたぜ。親方の借金、いつになったら返すんだ? あぁん?」
傷顔の男が、汚い歯を見せてミラベルに詰め寄る。
「そ、それは…今、新しい薬の研究がもうすぐ…!」
「へっ、いつもの言い訳だな! 金が無いなら体で…」
男が下卑た手をミラベルに伸ばそうとした、その時だった。
カチン。
私の頭の中で、何かが切り替わる音がした。
前世の記憶。弱い者が理不尽に蹂躙される光景は、嫌というほど見てきた。そして、そういう輩に限って、実は小心者で、虚勢を張っているだけだということも知っている。
…利用価値、ありそうじゃない?
私は、泥まみれで震えるミラベルの前に、すっと立ちはだかった。
「お待ちになって。その方への無礼、見過ごせませんわ」
自分でも驚くほど、凛とした声が出た。令嬢としての所作が、自然と身についているらしい。内心は(うわ、私何やってんの!?)と冷や汗ものだが、表情にはおくびにも出さない。これがプロのポーカーフェイスよ!
ゴロツキ二人は、突然現れた泥まみれの女(私)を見て、一瞬呆気に取られたようだった。
「あんだ、テメェ? このガキの仲間か?」棍棒の男が訝しげに言う。
「仲間…ええ、そうよ。このミラベルさんは、私の大事な…そう、専属薬師なの。彼女に何かあれば、私が黙っていないわ」
専属薬師? 今、思いついたわ。でも、ハッタリは堂々と言うのが基本よ。
「はっ、専属薬師だぁ? テメェみたいな薄汚ねぇ女が、何を言ってやがる!」傷顔が嘲り笑う。
「見た目で人を判断するのは、三流のすることよ」私は静かに言い放つ。「それより、あなたたちこそ、どこのどなたかしら? この紅灯区にも、それなりの『掟』があると聞いているけれど? まさか、非合法な高利貸しや、無許可での取り立てを行っているのではなくて?」
前世で聞きかじった法律知識(この世界で通用するかは不明)と、それっぽい単語を並べてみる。ポイントは、自信満々に、相手の目を見て言い切ること。
ゴロツキたちは、私の妙な迫力と、的を射ている(かもしれない)言葉に、一瞬たじろいだように見えた。よし、効果あり!
「な、何をごちゃごちゃと…! 俺たちは、ちゃんとした筋から依頼されて…」
「まあ、その『筋』とやらが、最近横行している『闇ギルド』の違法な取り立て部門でないことを祈るわ。もしそうなら、衛兵…いえ、もっと上の『監査局』に報告がいくことになるかもしれないわねぇ?」
監査局なんて組織、存在するかどうかも知らない。完全にデタラメだ。でも、こういう手合いは、公権力っぽい響きに弱いものよ。
私のハッタリが効いたのか、ゴロツキたちの顔色が変わった。その時、背後でゴソゴソしていたミラベルが、意を決したように叫んだ!
「そ、そうです! 花季様は、その、すっごいお方なんです! な、舐めたら…えーっと、火傷じゃすみませんよ!」
そして、何を思ったか、懐から取り出した小さな玉を、ゴロツキに向かって投げつけた!
パァン! と乾いた音と共に、玉から紫色の煙がもくもくと立ち昇る!
「うげほっ! げほげほっ! な、なんだこりゃ!?」
「くっせぇ! 目が、目がぁ~!」
煙は…どうやら、ただ臭くて目に染みるだけの代物らしい。ミラベル、グッジョブ! …なのか? とりあえず、効果はあったようだ。
ゴロツキたちが煙にむせ返っている隙に、私は畳み掛ける。
「さあ、お引き取り願えるかしら? それとも、本当に『監査局』のお出ましを願います?」
「くそっ! お、覚えてろよ! この借りは必ず返すからな!」
ゴロツキたちは捨て台詞を残し、咳き込みながら慌てて路地の奥へと逃げていった。
…行ったわね。内心、安堵の息をつく。冷や汗が背中を伝う。ああ、怖かった…。
「は、花季さまぁ~!」
後ろから、感極まったような声でミラベルが抱きついてきた。…うっ、泥と汗と…あと、さっきの薬品の匂いが…。
「あ、ありがとうございます! 私、もうダメかと思いました…! 花季様は、私の命の恩人です!」
メガネを涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ミラベルは私を見上げる。その瞳は、尊敬と…なんだか、キラキラしたもので満ち溢れていた。
「…別に、たいしたことじゃないわ。それより、あなた、錬金術師なんでしょう? その腕、少し見せてもらえるかしら?」
私は、内心の疲労感を隠し、できるだけクールに(そして利用価値を探る目で)ミラベルに問いかけた。さっきの煙玉、威力はともかく、即席で作れるなら面白いかもしれない。
「は、はい! もちろんです! 私の隠れ家へどうぞ! ボロっちいですけど、安全ですから!」
ミラベルは嬉々として私の腕を取った。
こうして、私は追放初日にして、紅灯区の路地裏で、怪しげな錬金術師見習いを助け、そして、ひとまずの寝床と協力者(候補)を手に入れたのだった。
(ふぅ…まずは第一歩、ね。でも、あのゴロツキ、絶対また来るわよね…。面倒なことに巻き込まれた気もするけど、今は仕方ないか。利用できるものは、ゴロツキだろうが錬金術師だろうが、何でも利用しないとね!)
私は内心で決意を新たにしながら、ミラベルに案内されるまま、紅灯区のさらに奥深くへと足を踏み入れた。
(第2話 了)
自分の呟きと同時に、路地の角から現れた小さな影に、私は咄嗟に身構えた。この無法地帯で不用意に姿を晒すのは危険だ。特に、今の私のようなボロボロの姿は、恰好の獲物だろう。
ところが、現れたのは屈強な男ではなく、大きな丸メガネをかけた小柄な少女だった。年の頃は…十五、六歳くらいだろうか。継ぎ接ぎだらけのローブをまとい、両手には何やら怪しげな薬草やガラクタのようなものを抱えている。
少女は私を見るなり、「ひゃっ!?」と短い悲鳴をあげて、抱えていた荷物を派手にぶちまけた。ガラス瓶が割れる音と、カランコロンと金属片が転がる音。そして、なんとも言えない刺激臭が鼻をついた。…アンモニアと硫黄と…あと何かしら、腐った卵のような…? 前世の化学知識が警鐘を鳴らす。混ぜるな危険、的なやつでは?
「あわわわ、ご、ごめんなさい! お怪我は…って、うわぁ!?」
少女は慌てて荷物を拾おうとしたが、泥まみれの私を改めて見て、今度は腰を抜かさんばかりに後ずさった。大きなメガネの奥の瞳が、恐怖と好奇心で揺れている。
「だ、大丈夫ですか!? そのお召し物…もしかして、どこかのお貴族様が…って、でもこんな路地裏に…? ま、まさか、アンデッド!?」
…アンデッド? この私を? いくら泥まみれとはいえ、ひどい言われようだ。まあ、今の姿を見れば無理もないかもしれないけれど。
内心でため息をつきつつ、私は警戒を解かずに口を開いた。生き延びるには情報がいる。この子から何か聞き出せるかもしれない。
「…落ち着きなさい。私は幽霊でもアンデッドでもないわ。ただの…そう、道に迷った旅の者よ」
我ながら苦しい言い訳だ。こんなボロボロの旅人がいるものか。
しかし、少女は意外にも素直に私の言葉を信じた…というより、私の(おそらくまだ残っているであろう)令嬢オーラに気圧されたのか、少し落ち着きを取り戻したようだった。
「た、旅の方、でしたか…。でも、ここは紅灯区の、その、あまり治安の良くない路地裏でして…。旅の方が迷い込むような場所では…」
「ええ、少し事情があってね。私はリア…いいえ、『花季(はなき)』と呼んでちょうだい。あなたは?」
咄嗟に偽名を名乗る。リアナ・ヴィルヘルムの名は、今は危険すぎる。花季…うん、悪くない響きね。紅灯区に咲く徒花、といったところかしら。
「は、花季さん…。わ、私はミラベルと申します。しがない錬金術師の…見習いの、その、端くれです…」
ミラベルはオドオドしながら自己紹介した。錬金術師? こんな路地裏に? 怪しさ満点だが、今は情報を得る方が先決だ。
「ミラベルね。この辺りのことに詳しそうだけど、少し聞いても…」
私の言葉を遮るように、路地の奥から野太い声が響いた。
「おい、ミラベル! いるのは分かってんだぞ! いつまで逃げてやがる!」
声と共に、見るからに柄の悪い、ゴロツキ風の男たちが二人、姿を現した。一人は傷だらけの顔にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、もう一人は棍棒のようなものを肩に担いでいる。明らかにカタギではない。
ミラベルは「ひぃっ!」と悲鳴をあげて、私の背後に隠れようとした。…って、私を盾にする気!? まあ、今の私なら確かに、盾くらいには…って、違うわ!
「よぉ、ミラベル。やっと見つけたぜ。親方の借金、いつになったら返すんだ? あぁん?」
傷顔の男が、汚い歯を見せてミラベルに詰め寄る。
「そ、それは…今、新しい薬の研究がもうすぐ…!」
「へっ、いつもの言い訳だな! 金が無いなら体で…」
男が下卑た手をミラベルに伸ばそうとした、その時だった。
カチン。
私の頭の中で、何かが切り替わる音がした。
前世の記憶。弱い者が理不尽に蹂躙される光景は、嫌というほど見てきた。そして、そういう輩に限って、実は小心者で、虚勢を張っているだけだということも知っている。
…利用価値、ありそうじゃない?
私は、泥まみれで震えるミラベルの前に、すっと立ちはだかった。
「お待ちになって。その方への無礼、見過ごせませんわ」
自分でも驚くほど、凛とした声が出た。令嬢としての所作が、自然と身についているらしい。内心は(うわ、私何やってんの!?)と冷や汗ものだが、表情にはおくびにも出さない。これがプロのポーカーフェイスよ!
ゴロツキ二人は、突然現れた泥まみれの女(私)を見て、一瞬呆気に取られたようだった。
「あんだ、テメェ? このガキの仲間か?」棍棒の男が訝しげに言う。
「仲間…ええ、そうよ。このミラベルさんは、私の大事な…そう、専属薬師なの。彼女に何かあれば、私が黙っていないわ」
専属薬師? 今、思いついたわ。でも、ハッタリは堂々と言うのが基本よ。
「はっ、専属薬師だぁ? テメェみたいな薄汚ねぇ女が、何を言ってやがる!」傷顔が嘲り笑う。
「見た目で人を判断するのは、三流のすることよ」私は静かに言い放つ。「それより、あなたたちこそ、どこのどなたかしら? この紅灯区にも、それなりの『掟』があると聞いているけれど? まさか、非合法な高利貸しや、無許可での取り立てを行っているのではなくて?」
前世で聞きかじった法律知識(この世界で通用するかは不明)と、それっぽい単語を並べてみる。ポイントは、自信満々に、相手の目を見て言い切ること。
ゴロツキたちは、私の妙な迫力と、的を射ている(かもしれない)言葉に、一瞬たじろいだように見えた。よし、効果あり!
「な、何をごちゃごちゃと…! 俺たちは、ちゃんとした筋から依頼されて…」
「まあ、その『筋』とやらが、最近横行している『闇ギルド』の違法な取り立て部門でないことを祈るわ。もしそうなら、衛兵…いえ、もっと上の『監査局』に報告がいくことになるかもしれないわねぇ?」
監査局なんて組織、存在するかどうかも知らない。完全にデタラメだ。でも、こういう手合いは、公権力っぽい響きに弱いものよ。
私のハッタリが効いたのか、ゴロツキたちの顔色が変わった。その時、背後でゴソゴソしていたミラベルが、意を決したように叫んだ!
「そ、そうです! 花季様は、その、すっごいお方なんです! な、舐めたら…えーっと、火傷じゃすみませんよ!」
そして、何を思ったか、懐から取り出した小さな玉を、ゴロツキに向かって投げつけた!
パァン! と乾いた音と共に、玉から紫色の煙がもくもくと立ち昇る!
「うげほっ! げほげほっ! な、なんだこりゃ!?」
「くっせぇ! 目が、目がぁ~!」
煙は…どうやら、ただ臭くて目に染みるだけの代物らしい。ミラベル、グッジョブ! …なのか? とりあえず、効果はあったようだ。
ゴロツキたちが煙にむせ返っている隙に、私は畳み掛ける。
「さあ、お引き取り願えるかしら? それとも、本当に『監査局』のお出ましを願います?」
「くそっ! お、覚えてろよ! この借りは必ず返すからな!」
ゴロツキたちは捨て台詞を残し、咳き込みながら慌てて路地の奥へと逃げていった。
…行ったわね。内心、安堵の息をつく。冷や汗が背中を伝う。ああ、怖かった…。
「は、花季さまぁ~!」
後ろから、感極まったような声でミラベルが抱きついてきた。…うっ、泥と汗と…あと、さっきの薬品の匂いが…。
「あ、ありがとうございます! 私、もうダメかと思いました…! 花季様は、私の命の恩人です!」
メガネを涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ミラベルは私を見上げる。その瞳は、尊敬と…なんだか、キラキラしたもので満ち溢れていた。
「…別に、たいしたことじゃないわ。それより、あなた、錬金術師なんでしょう? その腕、少し見せてもらえるかしら?」
私は、内心の疲労感を隠し、できるだけクールに(そして利用価値を探る目で)ミラベルに問いかけた。さっきの煙玉、威力はともかく、即席で作れるなら面白いかもしれない。
「は、はい! もちろんです! 私の隠れ家へどうぞ! ボロっちいですけど、安全ですから!」
ミラベルは嬉々として私の腕を取った。
こうして、私は追放初日にして、紅灯区の路地裏で、怪しげな錬金術師見習いを助け、そして、ひとまずの寝床と協力者(候補)を手に入れたのだった。
(ふぅ…まずは第一歩、ね。でも、あのゴロツキ、絶対また来るわよね…。面倒なことに巻き込まれた気もするけど、今は仕方ないか。利用できるものは、ゴロツキだろうが錬金術師だろうが、何でも利用しないとね!)
私は内心で決意を新たにしながら、ミラベルに案内されるまま、紅灯区のさらに奥深くへと足を踏み入れた。
(第2話 了)
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