追放令嬢(20)、お忍び遊郭で最強スパイに成り上がり、私を陥れたクズ貴族どもに地獄を見せます 〜前世はエリート諜報員なので、情報操作も潜入も

虹湖🌈

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第1話:奈落の底の薔薇

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「――よって、公爵令嬢リアナ・ヴィルヘルム。貴様には王家への反逆共謀の罪により、本日付けで貴族籍の剥奪、全財産の没収、及び王都からの永久追放を申し渡す!」

 玉座の間――ではなかった。そこは、我がヴィルヘルム公爵家の最も格式高い広間。しかし、今はまるで罪人を裁くための法廷のように変えられていた。
 中央には、父の政敵であるジャルジェ侯爵が、憎々しい笑みを浮かべて宣告文を読み上げている。周囲を取り囲むのは、昨日まで私に媚びへつらっていた貴族たち。今は侮蔑と嘲笑、あるいは歪んだ好奇の視線を隠そうともしない。

「お待ちください! そのような…身に覚えはございません! 全てはジャルジェ侯爵の、いいえ、誰かの仕組んだ罠ですわ!」

 必死に声を張り上げる。明日には、華やかな社交界デビューを飾るはずだった。この日のために、どれだけの努力を重ねてきたことか。ヴィルヘルム公爵家の名に恥じぬよう、淑女としての作法、ダンス、歴史、政治学…全てを完璧にこなせるように。
 それなのに、なぜ。
 目の前には、捏造されたと思しき『証拠』の書類が並べられている。私が反王家派閥の者と密会していた? 馬鹿げている。私はただ、父上の期待に応えたい一心で……。

「黙れ、罪人が! これ以上見苦しい言い訳は聞きたくない!」

 ジャルジェ侯爵が吐き捨てる。その隣では、かつて私の友人だったはずの伯爵令嬢が、勝ち誇ったような顔で扇子の影から私を見下ろしていた。ああ、あなたもグルだったのね。

 父は? 母は? 私の家族はどこにいるの?
 視線で探すが、彼らの姿は見当たらない。まさか、彼らも…。

 兵士たちが私を取り押さえる。上等なシルクのドレスは無残に引き裂かれ、手荒く腕を掴まれた。

「離しなさい! 私は…私は無実よ!」

 最後の抵抗も虚しく、私は広間から引きずり出された。
 降り注ぐ嘲りの声。「公爵令嬢も地に落ちたものだ」「反逆者の娘め」「せいぜいどぶの中でもがくがいい」
 悔しさと屈辱に、涙が溢れて止まらなかった。

 ジャルジェ侯爵。あの伯爵令嬢。そして、この場にいる全ての人たち。
 覚えていなさい。この屈辱、決して忘れはしない。
 必ず、必ずあなたたちに報いを――!

 その後の記憶は、断片的だ。
 荷物のように馬車に放り込まれ、王都の門を追い出された。人気のない街道を進む途中、突然、何者かに襲撃された。護送の兵士(彼らもジャルジェ侯爵の手の者だったのだろう)はあっけなく殺され、私も頭部に強い衝撃を受けて…意識が闇に沈んだ。

 *

 冷たい。痛い。臭い。

 五感を襲う不快感に、ゆっくりと瞼を開けた。
 視界に飛び込んできたのは、汚れた石畳と、降りしきる冷たい雨。生ゴミの腐臭と、安酒の匂いが混じり合って鼻をつく。

「……ここは?」

 掠れた声が出た。体を起こそうとするが、全身が軋むように痛む。特に頭が割れるように痛い。触れてみると、固まった血の感触があった。幸い、傷自体はそれほど深くないのかもしれない。
 引き裂かれたドレスは泥にまみれ、もはや元の色も分からない。貴族令嬢リアナ・ヴィルヘルムの見る影もなかった。

 周囲を見渡す。狭い路地裏。薄汚れた建物が密集し、空はどんよりと曇っている。遠くから喧騒と、どこか退廃的な音楽が聞こえてくる気がした。
 ここは、どこ? 王都ではない。追放されたのだから当然か。では、一体…。

 その時、脳裏に鮮やかな映像がフラッシュバックした。
 ――暗い訓練施設。厳しい教官の声。モニターに映し出される無数のデータ。潜入、尋問、暗号解読…。そうだ、私は…。

『思い出せ。お前は単なるお嬢様じゃない。生き抜け。どんな手段を使ってでも』

 誰の声? いや、これは…前世の私の記憶?
 そう、私は思い出した。今のリアナ・ヴィルヘルムである前に、別の人生を生きていたことを。平和な日本という国とは程遠い、どこかの国の諜報機関で育成され、情報分析官として生きていた記憶を。感情を殺し、ただ効率的に任務をこなすための訓練を受けていた日々。なぜそんな記憶が今更?

「…そうか、転生…していたのね、私」

 皮肉な笑みが漏れた。公爵令嬢としての記憶と、諜報員としての記憶。二つの人生が、この最悪の状況で一つに繋がった。

 ふつふつと、腹の底から熱いものがこみ上げてくる。
 怒りだ。ジャルジェ侯爵への。私を裏切った者たちへの。そして、こんな理不尽を許しているこの世界への。

「死んでたまるものか…!」

 泥水を啜ってでも、生き延びてやる。
 そして、必ず。
 必ず、私を陥れた者たち全員に、この屈辱の何倍もの代償を支払わせてみせる。

 幸い、私には武器がある。この頭脳と、前世で培った知識とスキルが。
 公爵令嬢リアナは死んだ。これからは、この奈落の底から這い上がる新たな“私”だ。

 情報が要る。現状を把握するための情報。ここがどこで、どういう場所なのか。そして、どうすれば生き延びられるのか。
 次に、水と食料。最低限の生存基盤を確保しなければ。
 そして、身を隠す場所と、当座の金。

 冷静に思考を巡らせる。かつての諜報員としての思考回路が動き出す。
 私はゆっくりと、しかし確かな意志を持って、泥まみれの体で立ち上がった。
 降りしきる雨の中、ふらつきながらも一歩を踏み出す。

 まずは、この悪臭漂う路地裏から出なければ。
 王都の西側に存在するという、無法地帯。あらゆる欲望と情報が渦巻く街――もしや、ここは……。

「紅灯区(あかといく)…?」

 誰に聞かせるともなく呟いたその時、路地の角から、小さな影がこちらに向かってくるのが見えた。

(第1話 了)
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