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笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、異国のパンで世界を繋ぎます! ~路地裏から広がる平和のレシピ~
第58話 路地裏に帰る、平和のレシピ
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晩餐会の狂騒が嘘のように静まり返った、王宮の朝。
窓から差し込む柔らかな光が、部屋に集まった仲間たちを照らしていた。
「ジュリアン氏は昨夜のうちに、全ての地位を剥奪され、王都から永久追放。我々が集めた数々の証拠により、美食家同盟のヴェストリアにおける活動は、今後一切が非合法とされました」
マルセルが、手にした公式文書を読み上げ、静かにテーブルに置いた。
「彼らの時代は……終わったのです」
「チッ、あの銀髪のキザ野郎、俺様がぶん殴ってやる前に、尻尾を巻いて逃げやがったか」
腕に巻かれた真新しい包帯を確かめながら、ルーカスは忌々しげに呟く。
「まあいい。捕まえた雑魚どもが、洗いざらい吐いただろうからな。せいぜい、牢屋の中で後悔するんだな」
「でも、本当によかったあ!」
エリィが、ぱっと花が咲くように笑った。
「これで、もう戦争も起きないし、みんなお腹いっぱいパンが食べられるし、ぜーんぶハッピーエンドだね!」
その屈託のない言葉に、部屋の空気がふわりと軽くなった。
王宮の薔薇園で、フィオナはカリム王子と二人きりで、最後の言葉を交わしていた。少し離れた場所から、仲間たちがその様子を静かに見守っている。
「フィオナ殿。君は、この国を救ってくれた。いや、この国の未来そのものを、あのたった一つのパンで、我々に示してくれた」
カリムは、フィオナの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だからこそ、もう一度だけ、私の願いを聞いてほしい。私の妃として、この国の未来を、私の隣で一緒に作ってはいってはくれないだろうか」
それは、一人の男としての、偽りのない誠実な告白だった。
フィオナは、その熱い想いから逃げることなく、穏やかな微笑みで受け止めた。そして、公爵令嬢のそれとは違う、パン職人としての丁寧な仕草で、深く、深く頭を下げた。
「王子殿下。そのお言葉、私の人生の、何よりの宝物です。ですが……私は、王妃にはなれません」
「……やはり、君の居場所は、ここではないと?」
王子の声には、諦めと、ほんの少しの寂しさが滲んだ。
「はい」
フィオナは、晴れやかな顔を上げた。
「この長い旅で、私はようやく見つけることができたのです。迷子だった私が、本当に帰るべき場所を。私の幸せは、豪華絢爛な宮殿で歴史に名を残すことではありません。あの小さな路地裏のパン屋で、人々のささやかな日常の、その隣に立つことなのです」
「……そうか」カリムは寂しそうに微笑んだ。「君らしい、太陽のように温かい答えだ。……だが、寂しくなるな」
「いつでも、最高のパンを焼きにまいります」
フィオナも微笑み返した。
「殿下と、この国の全ての人々のために」
故郷へと向かう、懐かしい馬車の中。
「あーーーもうっ! フィオナったら、バカバカバカー!」
エリィが、フィオナの肩をぽかぽかと叩いて叫んだ。
「一国の王子様のお妃様になれる、千載一遇のチャンスだったのにーっ! もったいなーい!」
「エリィったら……」
フィオナが苦笑する横で、マルセルがやれやれと首を振る。
「いや、彼女らしい、最善の選択だったと僕は思うよ。さて、僕は王立図書館から貴重な文献の長期貸出許可をもらったからね。しばらくは研究に没頭できそうだ。今回のこの素晴らしい旅の記録も、いつか一冊の本にしなくては」
「私は、もちろんアトリエ・フィオオナの看板娘に復帰よ! 旅の武勇伝、お客さんにいーっぱい自慢してあげるんだから!」
「……俺は」
それまで黙って窓の外を見ていたルーカスが、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、用心棒稼業に戻るだけだ。お前んとこのパン屋の、な」
彼は、フィオナからわざと視線を逸らしている。その耳が、少しだけ赤い。
フィオナは、そんなルーカスを、慈しむような、温かい眼差しで見つめた。
「……はい。これからも、ずっと、よろしくお願いしますね。ルーカス」
王子の華やかで情熱的な優しさとは違う、いつも黙って隣にいてくれる、この岩のような無骨な安心感。その温かさが、今のフィオナには、何よりも尊いものに感じられた。
(……ああ、私、本当に帰るんだ)
彼女の心は、故郷のパンの香りで満たされていた。
カラン、と。
懐かしいドアベルの音が響く。
王都アウレリアの路地裏に、「アトリエ・フィオナ」の温かい光が、再び灯った。
店内では、フィオナが、ヴェストリアの太陽をたっぷり浴びたスパイスを練り込みながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。
そこへ、一人の少年が、おずおずと入ってきた。かつて、フィオナのぎこちない笑顔を怖がった、あの少年だった。
「お、お姉ちゃん……あのね、この前のパン、すっごく美味しかったから……また、買いに来たんだ!」
フィオナは、そっと少年の前に膝をつき、目線を合わせた。そして、焼き立ての、異国の香りがする新作パンを、両手で優しく差し出した。
「いらっしゃい。待ってたわ。今日のパンはね、遠い国のお日様と、たくさんの人の優しさの味がするのよ。はい、どうぞ」
彼女は、笑っていた。
それはもう、作られた笑顔ではなかった。彼女自身の心が、喜びと幸せに満たされて、自然に花開いた、春の陽だまりのような笑顔だった。
少年は、今度は少しも怖がることなく、満面の笑みでそのパンを受け取った。
「わーい! ありがとう、パンのお姉ちゃん! 大好き!」
少年が駆け出していく元気な後ろ姿を、フィオナはいつまでも見送っていた。カウンターではエリィが幸せそうに微笑み、店の隅ではルーカスが、壁に寄りかかって、その全てを静かに、だが満足げに見守っている。
フィオナは、窓から差し込む午後の光の中で、自らのパンのひとかけらを、そっと口に運んだ。
パンは、人を繋ぎ、世界を、ほんの少しだけ幸せにしていく。
私の旅は終わった。
でも、ここから始まる、焼きたてのパンの香りに満ちた、新しい毎日こそが――私の本当の、幸せな物語なんだ。
彼女の顔に浮かんだ穏やかな笑顔が、物語の終わりを、そして、どこまでも続く日常という名の幸せの始まりを、告げていた。
窓から差し込む柔らかな光が、部屋に集まった仲間たちを照らしていた。
「ジュリアン氏は昨夜のうちに、全ての地位を剥奪され、王都から永久追放。我々が集めた数々の証拠により、美食家同盟のヴェストリアにおける活動は、今後一切が非合法とされました」
マルセルが、手にした公式文書を読み上げ、静かにテーブルに置いた。
「彼らの時代は……終わったのです」
「チッ、あの銀髪のキザ野郎、俺様がぶん殴ってやる前に、尻尾を巻いて逃げやがったか」
腕に巻かれた真新しい包帯を確かめながら、ルーカスは忌々しげに呟く。
「まあいい。捕まえた雑魚どもが、洗いざらい吐いただろうからな。せいぜい、牢屋の中で後悔するんだな」
「でも、本当によかったあ!」
エリィが、ぱっと花が咲くように笑った。
「これで、もう戦争も起きないし、みんなお腹いっぱいパンが食べられるし、ぜーんぶハッピーエンドだね!」
その屈託のない言葉に、部屋の空気がふわりと軽くなった。
王宮の薔薇園で、フィオナはカリム王子と二人きりで、最後の言葉を交わしていた。少し離れた場所から、仲間たちがその様子を静かに見守っている。
「フィオナ殿。君は、この国を救ってくれた。いや、この国の未来そのものを、あのたった一つのパンで、我々に示してくれた」
カリムは、フィオナの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だからこそ、もう一度だけ、私の願いを聞いてほしい。私の妃として、この国の未来を、私の隣で一緒に作ってはいってはくれないだろうか」
それは、一人の男としての、偽りのない誠実な告白だった。
フィオナは、その熱い想いから逃げることなく、穏やかな微笑みで受け止めた。そして、公爵令嬢のそれとは違う、パン職人としての丁寧な仕草で、深く、深く頭を下げた。
「王子殿下。そのお言葉、私の人生の、何よりの宝物です。ですが……私は、王妃にはなれません」
「……やはり、君の居場所は、ここではないと?」
王子の声には、諦めと、ほんの少しの寂しさが滲んだ。
「はい」
フィオナは、晴れやかな顔を上げた。
「この長い旅で、私はようやく見つけることができたのです。迷子だった私が、本当に帰るべき場所を。私の幸せは、豪華絢爛な宮殿で歴史に名を残すことではありません。あの小さな路地裏のパン屋で、人々のささやかな日常の、その隣に立つことなのです」
「……そうか」カリムは寂しそうに微笑んだ。「君らしい、太陽のように温かい答えだ。……だが、寂しくなるな」
「いつでも、最高のパンを焼きにまいります」
フィオナも微笑み返した。
「殿下と、この国の全ての人々のために」
故郷へと向かう、懐かしい馬車の中。
「あーーーもうっ! フィオナったら、バカバカバカー!」
エリィが、フィオナの肩をぽかぽかと叩いて叫んだ。
「一国の王子様のお妃様になれる、千載一遇のチャンスだったのにーっ! もったいなーい!」
「エリィったら……」
フィオナが苦笑する横で、マルセルがやれやれと首を振る。
「いや、彼女らしい、最善の選択だったと僕は思うよ。さて、僕は王立図書館から貴重な文献の長期貸出許可をもらったからね。しばらくは研究に没頭できそうだ。今回のこの素晴らしい旅の記録も、いつか一冊の本にしなくては」
「私は、もちろんアトリエ・フィオオナの看板娘に復帰よ! 旅の武勇伝、お客さんにいーっぱい自慢してあげるんだから!」
「……俺は」
それまで黙って窓の外を見ていたルーカスが、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、用心棒稼業に戻るだけだ。お前んとこのパン屋の、な」
彼は、フィオナからわざと視線を逸らしている。その耳が、少しだけ赤い。
フィオナは、そんなルーカスを、慈しむような、温かい眼差しで見つめた。
「……はい。これからも、ずっと、よろしくお願いしますね。ルーカス」
王子の華やかで情熱的な優しさとは違う、いつも黙って隣にいてくれる、この岩のような無骨な安心感。その温かさが、今のフィオナには、何よりも尊いものに感じられた。
(……ああ、私、本当に帰るんだ)
彼女の心は、故郷のパンの香りで満たされていた。
カラン、と。
懐かしいドアベルの音が響く。
王都アウレリアの路地裏に、「アトリエ・フィオナ」の温かい光が、再び灯った。
店内では、フィオナが、ヴェストリアの太陽をたっぷり浴びたスパイスを練り込みながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。
そこへ、一人の少年が、おずおずと入ってきた。かつて、フィオナのぎこちない笑顔を怖がった、あの少年だった。
「お、お姉ちゃん……あのね、この前のパン、すっごく美味しかったから……また、買いに来たんだ!」
フィオナは、そっと少年の前に膝をつき、目線を合わせた。そして、焼き立ての、異国の香りがする新作パンを、両手で優しく差し出した。
「いらっしゃい。待ってたわ。今日のパンはね、遠い国のお日様と、たくさんの人の優しさの味がするのよ。はい、どうぞ」
彼女は、笑っていた。
それはもう、作られた笑顔ではなかった。彼女自身の心が、喜びと幸せに満たされて、自然に花開いた、春の陽だまりのような笑顔だった。
少年は、今度は少しも怖がることなく、満面の笑みでそのパンを受け取った。
「わーい! ありがとう、パンのお姉ちゃん! 大好き!」
少年が駆け出していく元気な後ろ姿を、フィオナはいつまでも見送っていた。カウンターではエリィが幸せそうに微笑み、店の隅ではルーカスが、壁に寄りかかって、その全てを静かに、だが満足げに見守っている。
フィオナは、窓から差し込む午後の光の中で、自らのパンのひとかけらを、そっと口に運んだ。
パンは、人を繋ぎ、世界を、ほんの少しだけ幸せにしていく。
私の旅は終わった。
でも、ここから始まる、焼きたてのパンの香りに満ちた、新しい毎日こそが――私の本当の、幸せな物語なんだ。
彼女の顔に浮かんだ穏やかな笑顔が、物語の終わりを、そして、どこまでも続く日常という名の幸せの始まりを、告げていた。
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