悪役令嬢ですが、探偵業が天職でした ~皮肉と推理で人生逆転、ついでに世直しいたします!~

虹湖🌈

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第91話 黒鳥の告白

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 地下の隠れ家。その冷たい石の壁に囲まれた空間は、今や私たちの、危険な作戦司令室と化していた。テーブルの中央に置かれた一枚の黒い羽根が、ランプの光を吸い込み、まるで嘲笑うかのように、静かに横たわっている。

「この羽根…」私は、その羽根を指先でつまみ上げ、鋭い視線を仲間たちに向けた。「カイトのものではありませんわ。これは、衣装の一部。そして、この艶やかで、僅かに魔力を帯びた素材…次の演目で、イゾルデが演じる『黒鳥の女王』の衣装のものと見て、間違いないでしょうね」
「イゾルデが…!?」セレナが、信じられないといった様子で声を上げた。「でも、あの方はただ、主役の座に執着していただけで…! 人を殺めるような、そんな…!」
「嫉妬は、殺人事件の動機としては十分すぎるほどです」アンセルが、冷静に、しかし厳しい声で言った。「ですが、スパイ活動との繋がりは? 彼女が、隣国の組織『鉄の梟』と通じていたとでも?」

「それこそが、私たちが確かめなければならないことよ」
 私は、静かに立ち上がった。
「これから、少しばかり、主演女優様の楽屋へ、ご挨拶に伺ってきましょうか」

 ◇◆◇

 イゾルデの楽屋は、彼女の野心と不安をそのまま映し出したかのように、乱雑で、そして華やかだった。
 脱ぎ捨てられた豪華な衣装、半分ほど中身の残った香水の瓶、そして、壁一面に貼られた、彼女自身の肖像画。その部屋の主は、鏡の前に座り、まるで自分自身を奮い立たせるかのように、紅を引いていた。

「あら、これはこれは。補充歌手のお二人ではございませんこと」
 鏡越しに私たちを認めたイゾルデは、敵意を隠そうともしない、刺々しい声で言った。
「何の御用かしら? わたくしは、これからリハーサルで忙しいのですけれど」
「ええ、存じておりますわ、イゾルデ様」私は、にっこりと微笑み、彼女の化粧台に、そっとあの黒い羽根を置いた。「その『黒鳥の女王』の、お稽古ですわよね?」

 その瞬間、イゾルデの手から、紅筆がカラン、と音を立てて床に落ちた。彼女の顔から、血の気が引いていく。
「な、何を…」
「奇妙な偶然ですわね」私は、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。「シャンデリアが落ちた場所に、あなたの次の衣装の羽根が落ちているなんて。まるで、あなたがそこにいた、と言わんばかりに」
「違う! わたくしでは、ないわ!」
 彼女は、金切り声を上げた。その声は、怒りというよりは、恐怖に満ちていた。

「ええ、そうでしょうね」私は、静かに言った。「あなたには、あのような大掛かりな仕掛けを動かすことはできない。あなたは、ただの駒。そうでしょう?」
「……!」
「教えてちょうだい、イゾルデ様」私の声は、逃げ場を塞ぐように、静かに、そして冷徹に響いた。「あなたが、セレスティーナ様を脅迫していた、本当の理由を」
「きょ、脅迫だなんて、人聞きの悪い…!」
「では、言い方を変えましょうか。あなたが、彼女の『秘密』を黙っている代わりに、主役の座を譲るように取引した、その『秘密』とは、一体何だったのかしら?」

 私の言葉に、イゾルデの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。完璧に塗り固められた化粧が、涙の筋で無残に崩れていく。
「…殺してなんか、いないわ…!」彼女は、嗚咽交じりに叫んだ。「私は、ただ…! 見てしまっただけ! セレスティーナが、あの地下のアジトで、誰かと密会しているのを…! 彼女が、『鉄の梟』の情報を国に流していることも、だから、そのことを黙っている代わりに、主役の座を譲ってほしいと…! 私は、ただ、歌いたかっただけなの…!」

「…密会?」私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。「相手は、誰だったの?」

「分から、ない…」彼女は、力なく首を振った。「でも、いつもセレスティーナを気遣って…優しい、父親のような方だった…。いつも、稽古を見てくださっていた…」

 イゾルデは、そこで、はっとしたように顔を上げた。その瞳が、信じられないものを見るかのように、大きく見開かれる。

「――あの、舞台監督の…アルノー様よ…」

 その名前が告げられた瞬間、私の頭の中で、全てのピースが、一つの恐るべき絵を完成させた。
 不自然に高騰した建設費。設計図にない、地下への道。そして、劇場の全てを知り尽くし、誰にも怪しまれることなく、自由に動き回れる人物。
 いつも穏やかで、セレスティーナの死を、誰よりも嘆き悲しんでいた、あの温厚な初老の男。
 彼こそが、亡霊(ファントム)の正体…。

 私の背筋を、氷のようなものが走り抜けた。
 その時だった。
 舞台裏のスピーカーから、アルノーの、穏やかで、しかし劇場全体によく通る声が、響き渡った。

『――諸君、聞いてくれたまえ。急遽、三日後に、亡きセレスティーナを追悼し、そして我が国の平和を祈念するための、特別ガラ公演を行うことが決定した。国王陛下、並びに各国の大使閣下もお招きする、一大式典となるだろう』

 追悼公演…ですって?
 私は、息をのんだ。地下のアジトで見た、あのスパイたちの活動計画図。その最後のページに、解読できずにいた、一つの暗号が記されていた。それは、まさに、三日後の日付。

「…罠よ」
 私の唇から、か細い声が漏れた。

「これは、追悼公演などではない。王国そのものを舞台にした、最後の断罪劇だわ」
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