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神殿に迎えられてからの日々は、めまぐるしくも心が満たされるものだった。
聖女としての力を使い、民を癒やし、救う。かつて「役立たず」と笑われた自分が、誰かの役に立てている――それが何より嬉しかった。
けれど、私の心を最も揺さぶったのは、隣に立ち続けてくれたレオン様の存在だ。
彼は常に私を気遣い、時には強引に休ませ、時には照れもなく「お前は奇跡そのものだ」と囁いてくる。
かつて婚約者に一度もかけてもらえなかった言葉を、レオン様は自然にくれるのだ。
そんなある日、王宮に急報が入った。
第一王子――かつての婚約者、クラウス殿下が重傷を負ったという知らせだった。魔獣討伐の最中、魔毒に侵され、既に命が危ういと。
「……助けを求めに来たのね」
私の胸に広がったのは、哀れみと、かすかな怒りだった。
あれほど「無能」だと嘲った相手に、今度は「聖女だから助けろ」と縋るつもりなのだろう。
「アリア」
レオン様が静かに私の肩を抱く。
「行きたくないなら、拒めばいい。お前はもう彼らのものじゃない」
「でも……聖女として、命を見捨てることはできません」
私の答えに、レオン様は苦笑した。
「本当に、お前は優しいな。……だが、その優しさが好きだ」
結局、私は王宮へ向かった。
病の床に伏すクラウス殿下は、青ざめ、荒い息を繰り返していた。
その傍らで必死に泣き叫ぶ令嬢がいた。――私の代わりに婚約者となった公爵令嬢だ。
「アリア! お願い、助けて! あなた聖女なんでしょう!? クラウス様を救って!」
あの時、私を嘲り笑った顔とはまるで違う。必死にすがりついてくる彼女を見ても、もう心は波立たなかった。
「……聖女の務めとして、癒やしを授けましょう」
私は静かに祈りを捧げ、聖なる光を落とした。
クラウス殿下の苦痛は和らぎ、呼吸は整い、死の淵から引き戻される。
けれど――魔毒の深い瘴気は完全には祓えなかった。残されたのは、命を繋ぐ程度の癒やしだけ。
「なぜ……なぜ治しきらない! あなた、聖女でしょう!?」
令嬢の叫びに、私は静かに答えた。
「神が与える癒やしは、等しくすべてを救うわけではありません。私は聖女であって、万能の存在ではないのです」
それは事実でもあり、私の選択でもあった。
完全に救うことはできたかもしれない。だが、それは彼らの過去の所業をすべて赦すことになる。
――私は聖女として癒やした。けれど、かつての婚約者としては、もう赦さない。
謁見の間にて、王は深々と頭を下げた。
「アリア聖女よ、息子の命を救ってくれたこと、感謝する。……愚かな振る舞いをした者たちには、しかるべき処罰を下すつもりだ」
私は首を振った。
「処罰は、王としてのご判断にお任せいたします。ただ……私は、もう二度と彼らに関わるつもりはありません」
その言葉に、クラウス殿下が弱々しく手を伸ばす。
「アリア……許してくれ……私は間違っていた。お前こそが、俺の隣に立つべき――」
その声を遮るように、レオン様が前へ進み出た。
「王子殿下、彼女はもう聖女であり、そして俺の大切な人だ。これ以上、彼女に縋ることは許さない」
レオン様の言葉は冷徹だったが、力強かった。
私は彼の背を見つめ、胸が熱くなる。――私は、もうひとりではないのだ。
神殿に戻った夜。
月明かりの下、庭園でふたりきりになった。
「……アリア」
レオン様が私の手を取る。その瞳はまっすぐで、揺るぎなかった。
「俺は最初から、お前が聖女だろうとそうでなかろうと関係なかった。優しくて、誠実で、時に意地っ張りなお前が好きだ」
胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。
ただ涙が溢れ、頷くだけだった。
「俺の隣にいてくれ。婚約者として、そして……生涯の伴侶として」
差し出された指輪は、あの日捨てられたものとは違う。
温かく、私の心を満たす光を宿していた。
「……はい。喜んで」
涙混じりの笑顔で答えると、レオン様はそっと私を抱きしめ、唇を重ねた。
こうして私は、「役立たず」と捨てられた令嬢から、神に選ばれし聖女となり、そして――愛する人の隣で生きることを選んだ。
過去に私を嘲った人々は、自らの過ちに苦しみ続けるだろう。
だがそれは、もはや私の知るところではない。
聖女としての力を使い、民を癒やし、救う。かつて「役立たず」と笑われた自分が、誰かの役に立てている――それが何より嬉しかった。
けれど、私の心を最も揺さぶったのは、隣に立ち続けてくれたレオン様の存在だ。
彼は常に私を気遣い、時には強引に休ませ、時には照れもなく「お前は奇跡そのものだ」と囁いてくる。
かつて婚約者に一度もかけてもらえなかった言葉を、レオン様は自然にくれるのだ。
そんなある日、王宮に急報が入った。
第一王子――かつての婚約者、クラウス殿下が重傷を負ったという知らせだった。魔獣討伐の最中、魔毒に侵され、既に命が危ういと。
「……助けを求めに来たのね」
私の胸に広がったのは、哀れみと、かすかな怒りだった。
あれほど「無能」だと嘲った相手に、今度は「聖女だから助けろ」と縋るつもりなのだろう。
「アリア」
レオン様が静かに私の肩を抱く。
「行きたくないなら、拒めばいい。お前はもう彼らのものじゃない」
「でも……聖女として、命を見捨てることはできません」
私の答えに、レオン様は苦笑した。
「本当に、お前は優しいな。……だが、その優しさが好きだ」
結局、私は王宮へ向かった。
病の床に伏すクラウス殿下は、青ざめ、荒い息を繰り返していた。
その傍らで必死に泣き叫ぶ令嬢がいた。――私の代わりに婚約者となった公爵令嬢だ。
「アリア! お願い、助けて! あなた聖女なんでしょう!? クラウス様を救って!」
あの時、私を嘲り笑った顔とはまるで違う。必死にすがりついてくる彼女を見ても、もう心は波立たなかった。
「……聖女の務めとして、癒やしを授けましょう」
私は静かに祈りを捧げ、聖なる光を落とした。
クラウス殿下の苦痛は和らぎ、呼吸は整い、死の淵から引き戻される。
けれど――魔毒の深い瘴気は完全には祓えなかった。残されたのは、命を繋ぐ程度の癒やしだけ。
「なぜ……なぜ治しきらない! あなた、聖女でしょう!?」
令嬢の叫びに、私は静かに答えた。
「神が与える癒やしは、等しくすべてを救うわけではありません。私は聖女であって、万能の存在ではないのです」
それは事実でもあり、私の選択でもあった。
完全に救うことはできたかもしれない。だが、それは彼らの過去の所業をすべて赦すことになる。
――私は聖女として癒やした。けれど、かつての婚約者としては、もう赦さない。
謁見の間にて、王は深々と頭を下げた。
「アリア聖女よ、息子の命を救ってくれたこと、感謝する。……愚かな振る舞いをした者たちには、しかるべき処罰を下すつもりだ」
私は首を振った。
「処罰は、王としてのご判断にお任せいたします。ただ……私は、もう二度と彼らに関わるつもりはありません」
その言葉に、クラウス殿下が弱々しく手を伸ばす。
「アリア……許してくれ……私は間違っていた。お前こそが、俺の隣に立つべき――」
その声を遮るように、レオン様が前へ進み出た。
「王子殿下、彼女はもう聖女であり、そして俺の大切な人だ。これ以上、彼女に縋ることは許さない」
レオン様の言葉は冷徹だったが、力強かった。
私は彼の背を見つめ、胸が熱くなる。――私は、もうひとりではないのだ。
神殿に戻った夜。
月明かりの下、庭園でふたりきりになった。
「……アリア」
レオン様が私の手を取る。その瞳はまっすぐで、揺るぎなかった。
「俺は最初から、お前が聖女だろうとそうでなかろうと関係なかった。優しくて、誠実で、時に意地っ張りなお前が好きだ」
胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。
ただ涙が溢れ、頷くだけだった。
「俺の隣にいてくれ。婚約者として、そして……生涯の伴侶として」
差し出された指輪は、あの日捨てられたものとは違う。
温かく、私の心を満たす光を宿していた。
「……はい。喜んで」
涙混じりの笑顔で答えると、レオン様はそっと私を抱きしめ、唇を重ねた。
こうして私は、「役立たず」と捨てられた令嬢から、神に選ばれし聖女となり、そして――愛する人の隣で生きることを選んだ。
過去に私を嘲った人々は、自らの過ちに苦しみ続けるだろう。
だがそれは、もはや私の知るところではない。
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