婚約破棄され「役立たず」と笑われましたが、神に選ばれた聖女は私でした

ゆっこ

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 王都の神殿での日々は、めまぐるしくも充実していた。
 聖女としての役目を担い、祈りと浄化を繰り返す日々。けれど、それだけではない。

 ──アレクシス様が、いつも傍にいるのだ。

「レイラ、無理はしていないか?」
「……はい。今日の浄化は昨日よりもずっと楽にできました」
「そうか。君は日に日に力を制御できるようになっているな。さすが、神に選ばれし聖女だ」

 アレクシス様はいつも穏やかに笑ってくれる。その眼差しは、あの頃の婚約者エドワードからは決して向けられなかったものだ。
 ただの労いではない。私を心から大切に思ってくれている……そんなぬくもりを感じさせる笑み。

 胸が、どきりと鳴る。
 私はいけないとわかっていても、その温かさに縋りたくなる自分がいた。



 ある日の夕暮れ、神殿の庭園で。
 浄化の儀を終えたあと、私はベンチに腰を下ろして息を整えていた。

「お疲れさま、レイラ」
 声をかけてくれたのは、もちろんアレクシス様だ。彼は私の隣に座り、ふわりと肩に上着をかけてくれる。

「そんな……ご自身がお寒いでしょうに」
「君が風邪をひいたら、僕が困る」

 さらりと告げられ、頬が熱くなる。
 こんな言葉、かつての婚約者から聞いたことはなかった。エドワードはいつも、私を「役立たず」と決めつけ、笑っていたから。

 その名を思い出した瞬間、胸に痛みが走る。けれど、アレクシス様の手がそっと私の指先に触れ、その痛みをすぐにかき消してくれた。

「……君が誰かに侮辱されるのは、我慢ならない」
 低く、真剣な声。
「レイラ。君はかけがえのない存在だ。どうか、それを忘れないでほしい」

「……アレクシス様……」
 胸がいっぱいで、言葉が続かない。
 私はただ、彼の横顔を見つめることしかできなかった。



 しかし、その穏やかな時間は長く続かなかった。
 翌日、神殿に思いもよらぬ人物が訪れたのだ。

「……エドワード殿下」
 思わず息を呑む。
 そこに立っていたのは、かつて私を「役立たず」と笑い、婚約を破棄した元婚約者──王太子エドワードだった。

「レイラ……いや、聖女殿」
 その表情には焦燥と後悔がにじんでいる。
「まさか本当に、神に選ばれるとは……」

 アレクシス様が一歩、私の前に出る。
「殿下。聖女レイラに用件があるのですか?」
 氷のような声音。普段の穏やかさからは想像できない冷たさに、私の胸はざわついた。

「……二人きりで話したい」
「それは許可できない」
「っ……!」

 エドワードの顔がみるみる赤くなる。だが、アレクシス様は微動だにせず、まるで私を守る盾のように立っていた。

 私は、唇をかみしめる。
 かつての私なら、迷わずエドワードの言葉に従っていた。だが今は違う。
 アレクシス様がいてくれるから、私は自分の意思を口にできる。

「殿下。ご用件があるのなら、この場でどうぞ。私は……もう、あなたの婚約者ではありませんから」

「……っ!」
 エドワードが苦々しげに目を伏せる。
 その反応を見て、少しだけ胸の奥がざまあみろと叫んだ。



 それから数日。
 エドワードは何度も神殿を訪れた。だがそのたびにアレクシス様が立ちはだかり、彼を遠ざけた。

「何をしに来ているのです?」
「レイラを……いや、聖女殿を取り戻したい」
「……は?」

 その言葉に、私は凍りついた。
 今さら? 役立たずと切り捨てたくせに。

「僕は……間違っていた。あの時は、彼女の力を信じられなかった。だが今は違う。聖女である彼女は、王国にとって必要不可欠な存在だ。だから──」

「殿下」
 アレクシス様の声が、低く鋭く割り込む。
「今さら、都合のいいことを言うのはおやめください。彼女はもう、あなたの傍に戻るつもりはない」

 その断言に、胸が熱くなる。
 私は気づけば、アレクシス様の袖をぎゅっと掴んでいた。

「レイラ……!」
 エドワードの瞳に揺らめく後悔と未練。
 だが私は、もう迷わない。

 ──私はもう、過去には縛られない。



 その夜。
 神殿の自室で、アレクシス様と二人きりになった。

「……ありがとう、アレクシス様」
「何のことだ?」
「いつも、私を守ってくださることです。殿下に対しても、はっきり言ってくださって……」

 私が口にすると、アレクシス様は少し照れくさそうに微笑んだ。
「君を守るのは、当然だ。僕にとって君は……大切な人だから」

 大切な人。
 その言葉が、心に深く染み渡る。

 気づけば、彼との距離が近づいていた。
 吐息が触れ合うほどの距離。心臓が早鐘を打ち、呼吸すら忘れそうになる。

「……レイラ」
 名を呼ばれた瞬間、私は瞳を閉じかけて──

 ──コン、コン。
 無粋なノックの音が、部屋の緊張を破った。

「……失礼します、聖女様」
 扉の向こうから聞こえたのは、侍女の声。
「王太子殿下がお越しです」

「……っ!」

 胸に押し寄せる苛立ちと、言いようのないもどかしさ。
 アレクシス様もまた、深く息を吐いて私を見つめた。

 ――どうして。
 どうして、今さらあなたが現れるの……?
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