婚約破棄された令嬢、隣国の暴君王に溺愛されてますが?

ゆっこ

文字の大きさ
1 / 7

1

しおりを挟む
「……お前との婚約を破棄する」

 そう言い放った王太子の顔に、微かな優越感が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。

 この日が来ることは、うすうす察していた。婚約者であるアルベルト王太子が、近頃「聖女」ともてはやされる平民出身の少女、マリアと親しくしていたのは、王都中の噂だったからだ。

「……かしこまりました。王太子殿下のご意思、しかと承りました」

 私は一礼し、静かに頭を下げる。感情を殺すことは、貴族令嬢として叩き込まれた礼儀だ。涙も、怒りも、悲しみも、見せるつもりはなかった。

 それが、わたくし――クラリス・フォン・エルノアの誇り。

「ふ、ふん……素直で助かるよ。君にはもったいないくらいの婚約だったのだ、もともと」

 そんな勝ち誇ったような言葉が背後から投げつけられても、私はもう振り返らなかった。

 そして――そのまま、王宮から姿を消した。



「……それで、どうしてここに?」

 半月後。私は、隣国ヴァルディア王国の王都、黒曜の城と呼ばれる漆黒の城の玉座の間にいた。

 漆黒の絨毯。高く荘厳な天井。豪奢なシャンデリア。そして、その中央の玉座に腰かける男――。

 ヴァルディア王、レオナルド=ヴァルディア・アークライト。

 冷徹。傲慢。残虐。そんな評判ばかりの王。民は恐れを込めてこう呼ぶ。

 《暴君王》。

 その男が、今、私をまっすぐ見つめていた。

「俺の妃になる気はないか?」

 ……は?

 どういうこと? 初対面で、いきなりプロポーズ?

「いきなり、何を仰って……? 私はエルノア公爵家の――」

「知っている。王太子に婚約を破棄され、社交界からも追放された。無一文で城を出た君が、なぜかこのヴァルディアに来た理由も……俺の妃にふさわしいかどうか、見極めるためだろう?」

「ち、違いますっ!」

 私は思わず声を荒げた。そんなつもりで来たんじゃない。ただ、国外にいる親戚を頼ろうとして、通過点にこの国を選んだだけで――。

 けれど。

「……なら、なぜ逃げない?」

 鋭くも艶めいた声が、私の鼓膜を撫でた。

 玉座から立ち上がったレオナルド王は、長い足取りでゆっくりと私に近づく。漆黒の軍服、金の装飾、覇王のような雰囲気。そのすべてが威圧感を放っているのに、なぜか目を離せなかった。

「君を見た瞬間、直感した。俺の妃は――君以外にありえないと」

「……っ。わ、私には、もうそういうつもりは――」

「ある。……いや、ないはずがない」

 ぐいと、顎を持ち上げられる。

 近い。顔が、近い。深紅の瞳が、まっすぐ私を射抜く。

「……誰よりも美しい。誰よりも気高い。誰にも触れさせたくない」

「……あの」

「触れた男は全員、処刑してやる」

「……あのっ」

「君を見てから、頭から離れない。夜も眠れん。こんなの、初めてだ。だから俺は――君を、俺だけのものにしたい」

 ――こ、これが暴君のやり口!? むしろ、甘すぎませんか!? 

 というか、嫉妬深すぎませんか!?

 私は勢いに圧されて一歩後ずさる。

「お気持ちは、ありがたく……でも、私はまだ前の婚約を終えたばかりで、心の整理もついておらず……」

 とにかく落ち着いて、ゆっくり話しましょう。そう思っていたのに――。

「なら、その整理がつくまで、俺がそばにいよう。毎日甘やかしてやる」

「え?」

「笑わせて、泣かせて、拗ねて、キスして……それでようやく、君の心を俺でいっぱいにできるのだろう?」

「――っ、ま、また突然……!」

「なぜ赤くなる? 可愛いな。誰にもその顔を見せるな。見せたら本当に処刑する」

「や、やめてくださいっ!」

 本気か冗談か判断できない。けれど目は真剣だった。瞳の奥に、熱があった。

 もしかして――この人、本気で私を?

 と、そのとき。

「レオナルド陛下! お言葉ですが、軽率では……!」

 扉が勢いよく開かれ、一人の騎士が飛び込んできた。金髪の若い騎士で、その瞳には焦りと驚きが混じっている。

「この方は隣国の貴族令嬢、しかも王太子に捨てられた女性……もし噂になれば、陛下の評判が――」

「黙れ、ジェラルド」

 レオナルドは凍るような声で一喝した。

「俺が欲すると言った。――それがすべてだ」

「……っ。……畏まりました」

 騎士ジェラルドは目を伏せ、唇を噛んだ。

 でも、私は彼の言葉に少しだけ救われた。

 そう。あまりに急すぎる。これは現実なの?

 思わず、私は口を開いた。

「……せめて、時間をください。自分の気持ちを、きちんと確かめたいのです」

 その言葉に、レオナルドは黙って私を見つめた。

 やがて、彼はゆっくりとうなずいた。

「よかろう。だがその間、俺は毎日君に会いに行く。……覚悟しておけよ、クラリス」

 その夜。

 私は用意された客室でベッドに横たわりながら、思った。

(……どうして、こうなったの?)

 けれど、胸の奥がほんの少しだけ、温かくなるのを感じたのも事実だった。

 その温かさが何なのか、まだ私にはわからない。

 けれど――この出会いは、きっと、ただの気まぐれではない気がしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

阿里
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました

由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。 このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。 「――だったら、その前に稼げばいいわ!」 前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。 コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。 そんなある日、店に一人の青年が現れる。 落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。 しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!? 破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。 これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人
恋愛
社交界で“悪女”と呼ばれ、無実の罪で断罪された公爵令嬢リディア。 処刑の刃が落ちた瞬間、彼女は断罪される半年前の朝に時を遡っていた。 「二度目も殺されるなんて御免だわ。私は、何もできない無能な令嬢になって生き延びる!」 有能さが仇になったと悟ったリディアは、プライドも実績も捨てて「無能」を装い、北の辺境・白夜領へ引きこもる計画を立てる。 これで平和なスローライフが送れる……はずだった。 けれど、幼い頃から仕える専属執事・レージだけは誤魔化せない。 彼はリディアの嘘を最初から見抜いているくせに、涼しい顔で「無能な主人」を完璧に演じさせてくれないのだ。 「黙っててと言いましたよね?」 「ええ。ですから黙って、あなたが快適に過ごせるよう裏ですべて処理しておきました」 過保護すぎる執事に管理され、逃げ道を塞がれながらも、リディアは持ち前の正義感で領地の危機を次々と救ってしまう。 隠したいのに、有能さがダダ漏れ。 そうこうするうちに王都からは聖女と王太子の魔の手が迫り――? 「守られるだけはもう終わり。……レージ、私に力を貸しなさい」 これは、一度死んだ令嬢が「言葉」と「誇り」を取り戻し、過保護な執事の手を振りほどいて、対等なパートナーとして共に幸せを掴み取るまでの物語。

処理中です...