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その夜、私はなかなか眠りにつけなかった。
胸の奥がざわつき、次から次へと浮かんでくる顔が私を悩ませる。
アランの真剣な眼差し。
ルシウスの誠実な告白。
レオンハルトの強引すぎる愛の宣言。
そして――エドワード殿下。
(……どうしてあのとき、あんな表情をしたのかしら)
断罪の瞬間、彼の瞳は確かに冷徹だった。けれど、最後に私の視線を捉えたとき、一瞬だけ迷いのような色が差した気がする。
それは私の見間違いだったのかもしれない。だが、その「一瞬」が胸から離れなかった。
翌日。
王宮の長い回廊を歩いていた私の耳に、不意に囁くような声が届いた。
「……リリアナ」
心臓が跳ね上がる。振り向けば、柱の陰に立っていたのは――エドワード殿下。
深紅のマントを纏ったその姿は、いつもと変わらぬ威厳を放っていたが、その瞳の奥には複雑な影が見えた。
「……殿下」
声が震えるのを隠せない。
彼はゆっくりと歩み寄り、私の前に立った。
「話がある。少し、時間をもらえないか」
「……はい」
導かれるまま、人気のない庭園の奥へと進む。そこは普段、王族でも滅多に足を踏み入れない静謐な場所だった。
「リリアナ」
低く響く声に、胸が締め付けられる。
「お前を断罪したのは……私だ。だから、恨まれて当然だろう」
「……当然、ですわね」
唇が乾く。私は必死に冷静を装った。
けれど殿下は、苦しげに拳を握りしめた。
「だが、あの場で……私は、王太子として振る舞わざるを得なかった」
「どういう意味でしょうか」
「お前が“悪役令嬢”として告発されたとき、貴族たちの多くはお前を罪人として差し出せと迫っていた。
――もし、私が庇えば……この国の均衡は崩れていた」
「……それで、処刑を命じられたのですか?」
震える声で問えば、彼は目を伏せた。
まるで、自分の心臓を抉られるのを恐れるかのように。
「……そうだ。私は……国を選んだ。だが、あの瞬間、剣を抜いたアラン、神の名を掲げたルシウス、そして隣国の王子までもが……私を否定した」
殿下の唇がわずかに震える。
それは王太子の姿ではなく、一人の青年の弱さを露わにしたものだった。
「リリアナ、お前を失うのが……怖かった」
その言葉に、私は息を呑む。
彼は視線を上げ、真っ直ぐに私を見つめていた。
「私は、お前を愛していた。だが、王太子としての立場が……その想いを踏みにじった。
断罪の言葉を口にしながら、心の中では何度も叫んでいた。『やめろ』と」
「……殿下」
胸が大きく揺れる。
私はずっと、彼が私を見捨てたのだと思っていた。
けれど、本当は――。
「もしやり直せるなら……お前を手放さない。私は、必ずお前を守る」
その瞬間。
背後から鋭い声が響いた。
「――今さら、何を言う」
振り返れば、そこに立っていたのはアランだった。
剣に手をかけ、怒りに燃える瞳で殿下を睨みつけている。
「リリアナを処刑しようとしたのは殿下だ! なのに、庇った俺たちの前で今さら愛だと?」
「アラン……!」
「黙れ! リリアナは俺が守る。もう殿下に渡す気はない!」
アランの声は鋭く、庭園の静寂を裂いた。
エドワード殿下は眉をひそめながらも、一歩も退かない。
「お前に何が分かる。王太子として背負うものを……!」
「背負うものがあるからといって、大切な人を殺そうとする言い訳にはならない!」
ふたりの視線が火花を散らす。
私は思わず、両手を胸に押し当てた。
そこへ、さらに別の声が加わった。
「――争いは無益です」
白い法衣を翻し、ルシウスが現れた。
その表情は穏やかだが、その瞳には揺るぎない強さが宿っている。
「リリアナ様を巡って剣を交えるなど、神は望まれません」
「ルシウス……」
「ですが、殿下。あなたがリリアナ様を断罪した事実は消えません。
彼女を本当に大切に思うのなら、まずはその罪を悔い、贖うべきではありませんか」
静かな声が、庭園の空気を支配した。
エドワード殿下は口を閉ざし、険しい表情で視線を落とす。
だが、アランもまた譲らない。
そしてルシウスは私を守るように一歩前に出る。
三人の男たちが、まるで私を中心に立ち並んでいた。
その時、不意に風が吹き抜けた。
視線を上げれば、回廊の向こうから歩み寄る影があった。
「……なるほど。王国の王太子も、騎士も、神官も。お前を巡って随分と熱くなっているようだな」
低い声。
鋭い青の瞳。
「レオンハルト殿下……!」
隣国の王子が、悠然と姿を現した。
彼は一瞥で三人を見回し、冷ややかに笑みを浮かべる。
「だが――リリアナは、私の国へ来る女だ。ここで争われても困る」
挑発めいたその言葉に、空気がさらに張り詰める。
四人の男の想いが交錯し、私はただその中心で立ち尽くしていた。
(私の運命は……一体、どこへ向かってしまうの?)
胸の奥がざわつき、次から次へと浮かんでくる顔が私を悩ませる。
アランの真剣な眼差し。
ルシウスの誠実な告白。
レオンハルトの強引すぎる愛の宣言。
そして――エドワード殿下。
(……どうしてあのとき、あんな表情をしたのかしら)
断罪の瞬間、彼の瞳は確かに冷徹だった。けれど、最後に私の視線を捉えたとき、一瞬だけ迷いのような色が差した気がする。
それは私の見間違いだったのかもしれない。だが、その「一瞬」が胸から離れなかった。
翌日。
王宮の長い回廊を歩いていた私の耳に、不意に囁くような声が届いた。
「……リリアナ」
心臓が跳ね上がる。振り向けば、柱の陰に立っていたのは――エドワード殿下。
深紅のマントを纏ったその姿は、いつもと変わらぬ威厳を放っていたが、その瞳の奥には複雑な影が見えた。
「……殿下」
声が震えるのを隠せない。
彼はゆっくりと歩み寄り、私の前に立った。
「話がある。少し、時間をもらえないか」
「……はい」
導かれるまま、人気のない庭園の奥へと進む。そこは普段、王族でも滅多に足を踏み入れない静謐な場所だった。
「リリアナ」
低く響く声に、胸が締め付けられる。
「お前を断罪したのは……私だ。だから、恨まれて当然だろう」
「……当然、ですわね」
唇が乾く。私は必死に冷静を装った。
けれど殿下は、苦しげに拳を握りしめた。
「だが、あの場で……私は、王太子として振る舞わざるを得なかった」
「どういう意味でしょうか」
「お前が“悪役令嬢”として告発されたとき、貴族たちの多くはお前を罪人として差し出せと迫っていた。
――もし、私が庇えば……この国の均衡は崩れていた」
「……それで、処刑を命じられたのですか?」
震える声で問えば、彼は目を伏せた。
まるで、自分の心臓を抉られるのを恐れるかのように。
「……そうだ。私は……国を選んだ。だが、あの瞬間、剣を抜いたアラン、神の名を掲げたルシウス、そして隣国の王子までもが……私を否定した」
殿下の唇がわずかに震える。
それは王太子の姿ではなく、一人の青年の弱さを露わにしたものだった。
「リリアナ、お前を失うのが……怖かった」
その言葉に、私は息を呑む。
彼は視線を上げ、真っ直ぐに私を見つめていた。
「私は、お前を愛していた。だが、王太子としての立場が……その想いを踏みにじった。
断罪の言葉を口にしながら、心の中では何度も叫んでいた。『やめろ』と」
「……殿下」
胸が大きく揺れる。
私はずっと、彼が私を見捨てたのだと思っていた。
けれど、本当は――。
「もしやり直せるなら……お前を手放さない。私は、必ずお前を守る」
その瞬間。
背後から鋭い声が響いた。
「――今さら、何を言う」
振り返れば、そこに立っていたのはアランだった。
剣に手をかけ、怒りに燃える瞳で殿下を睨みつけている。
「リリアナを処刑しようとしたのは殿下だ! なのに、庇った俺たちの前で今さら愛だと?」
「アラン……!」
「黙れ! リリアナは俺が守る。もう殿下に渡す気はない!」
アランの声は鋭く、庭園の静寂を裂いた。
エドワード殿下は眉をひそめながらも、一歩も退かない。
「お前に何が分かる。王太子として背負うものを……!」
「背負うものがあるからといって、大切な人を殺そうとする言い訳にはならない!」
ふたりの視線が火花を散らす。
私は思わず、両手を胸に押し当てた。
そこへ、さらに別の声が加わった。
「――争いは無益です」
白い法衣を翻し、ルシウスが現れた。
その表情は穏やかだが、その瞳には揺るぎない強さが宿っている。
「リリアナ様を巡って剣を交えるなど、神は望まれません」
「ルシウス……」
「ですが、殿下。あなたがリリアナ様を断罪した事実は消えません。
彼女を本当に大切に思うのなら、まずはその罪を悔い、贖うべきではありませんか」
静かな声が、庭園の空気を支配した。
エドワード殿下は口を閉ざし、険しい表情で視線を落とす。
だが、アランもまた譲らない。
そしてルシウスは私を守るように一歩前に出る。
三人の男たちが、まるで私を中心に立ち並んでいた。
その時、不意に風が吹き抜けた。
視線を上げれば、回廊の向こうから歩み寄る影があった。
「……なるほど。王国の王太子も、騎士も、神官も。お前を巡って随分と熱くなっているようだな」
低い声。
鋭い青の瞳。
「レオンハルト殿下……!」
隣国の王子が、悠然と姿を現した。
彼は一瞥で三人を見回し、冷ややかに笑みを浮かべる。
「だが――リリアナは、私の国へ来る女だ。ここで争われても困る」
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