浮気相手を選んだ元婚約者ざまぁ!捨てられ令嬢は隣国の王子に溺愛されています

ゆっこ

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 「エリス・フォン・アルメリア。お前との婚約は破棄する!」

 煌びやかな舞踏会の広間に、鋭く響き渡る声。
 その声の主――王太子アレクシス殿下は、私の長年の婚約者であり、次期国王と目される人物だった。

 けれども、その青い瞳に宿る感情は冷ややかで、かつて私が知っていた優しさは微塵もなかった。
 彼は私のすぐ隣に立つ少女――伯爵令嬢リリアナを庇うように抱き寄せ、周囲の視線を集めていた。

「殿下、なぜこのような……?」

「理由は明白だ。お前はリリアナを虐げ、陰で彼女を貶めてきた卑劣な悪女だからだ!」

 ざわめきが起こる。
 まるで用意された劇の一場面のように、次々と人々が私に非難の視線を向けてきた。

「そんな……!」

 私はリリアナを睨んだ。
 彼女は小鹿のように震えるふりをして、涙を滲ませている。だがその唇は勝ち誇ったように僅かに吊り上がっていた。

 ――なるほど。これがすべて仕組まれたことなのね。

 私は喉まで込み上げてきた言葉を必死に押し殺した。
 弁明したところで、この場では無意味。アレクシス殿下はもう私を信じてはいない。いや、最初から信じる気などなかったのかもしれない。

「エリス、お前のような女は王妃に相応しくない。リリアナこそが私の心を満たす唯一の存在だ」

 その言葉は鋭い刃となって胸を切り裂いた。
 だが私は、気丈に微笑んでみせる。令嬢としての矜持が、ここで泣き崩れることを許さなかった。

「……そうですか。ならばどうぞご自由に。殿下が私ではなくリリアナを選ばれるというのなら、私は潔く身を引きましょう」

 そう言って私はドレスの裾を翻し、広間を後にした。
 背後でアレクシスとリリアナが歓声に包まれる気配がしたけれど、振り返る気はなかった。





 数日後。
 私は実家アルメリア侯爵家の居間で、父と母に今回の件を報告していた。

「エリス……お前があのような濡れ衣を着せられるとは……」

 父の表情は怒りと無念に歪んでいた。
 母はただ私の手を強く握り、涙をこらえている。

「大丈夫ですわ。私はもう自由の身になれたのですもの。むしろ晴れやかな気持ちです」

 強がり半分、本音半分だった。
 婚約者として常に王太子の隣に立つよう求められ、窮屈な役割を演じ続けてきた日々から解放されたことは、確かに一抹の安堵をもたらしていた。

「とはいえ、このまま王都に留まるのは得策ではない。あの王太子と伯爵令嬢がいずれ結婚すれば、ますますお前を敵視するだろう。……エリス、しばらく隣国へ行ってはどうか」

「隣国、ですか?」

 父の提案に、私は目を瞬かせた。
 我が家は国境沿いに領地を持ち、隣国ヴァルトラント王国と交易を行っている。その縁を頼り、留学という名目で一時的に滞在するのは可能だろう。

「良い考えだわ。エリス、きっと新しい空気に触れることで気持ちも晴れるはずよ」

 母の言葉に背中を押され、私は決意した。
 ――そう、過去を引きずっていても仕方がない。
 私は前を向かなければ。






 ヴァルトラント王国へ向かう馬車に揺られて数日。
 城下町へと入った私は、広がる景色に思わず息を呑んだ。

 王都よりも活気に満ち、道行く人々の表情は明るい。街の中央にそびえる白亜の城は陽光を浴びて輝き、まるで異国の夢の中に迷い込んだようだった。

 そんな私の前に、予期せぬ出会いが待っていた。

「そこの君――大丈夫か?」

 馬車を降りた途端、バランスを崩して転びかけた私の腕を、すっと支える力強い手があった。
 見上げれば、漆黒の髪と鋭い金の瞳を持つ青年。豪奢な軍服を身に纏い、その佇まいは只者ではないと一目でわかった。

「あ、ありがとうございます……」

 彼は口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「礼は要らない。……君の名を伺っても?」

「えっと……エリス・フォン・アルメリアと申します。アルメリア侯爵家の娘です」

「アルメリア……なるほど、聞き覚えがある。私はヴァルトラント王国の第二王子、レオン・ヴァルトラントだ」

「っ――! お、王子殿下……!」

 驚愕する私に、レオン殿下は手を差し伸べてきた。

「少し話をしないか? 君とは、もっと知り合いたいと思った」

 その言葉に、胸の奥が大きく波打った。
 アレクシス殿下とはまるで違う、真っ直ぐな瞳。
 その視線に射抜かれ、私は思わず頷いていた。





 それから数日。
 私は滞在先の館で静かに過ごすつもりだったのに、なぜかレオン殿下が頻繁に訪れてくるようになった。

「エリス、ここの菓子は口に合うか?」

「はい、とても美味しいですわ」

 彼は気さくで、時に子供のように無邪気だった。
 私が気を遣わずに笑える相手など、これまで存在しなかったのに。

「君はよく笑うと、とても綺麗だな」

 そんな不意打ちの言葉に、頬が熱くなる。
 レオン殿下はさらりと口にするけれど、その視線は真剣そのものだった。

 ――まさか、私などに興味を?

 戸惑いながらも、胸の奥に温かいものが芽生えていくのを感じた。






 一方その頃、アルメリア侯爵家には不穏な噂が届いていた。

「王太子殿下が……?」

 父からの手紙を読んだ私は、思わず声を失った。
 なんと、アレクシス殿下とリリアナは早々に婚約を公表したものの、彼女の素行不良が次々と暴かれ、王宮での評判が急落しているというのだ。

「人前では清らかな令嬢を装っていたけれど、裏では贅沢三昧、男遊びにまで手を出しているとか……」

 父の筆跡は怒りで震えていた。
 アレクシス殿下はそれを庇い続けているらしいが、臣下たちの信頼は日に日に薄れているらしい。

 ――ふふ。浮気相手を選んだ結果が、それですか。

 皮肉な運命に、私は小さく笑みを漏らした。
 胸に溜まっていた澱のような感情が、少しずつ解けていくのを感じる。

 そして、ふと窓の外を見やれば、今日もまたレオン殿下の姿が見えた。
 彼がこちらに気づき、柔らかな笑みを浮かべる。

 ……ああ、もしかすると。
 私の新しい物語は、すでに始まっているのかもしれない。
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