「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ

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 ユリアナはリオンの腕に抱き寄せられ、胸の鼓動がうるさいほど跳ねていた。

「ま、まって……急にそんな……」
「嫌か?」
「嫌じゃ……ないですけど……!」

 即答してしまった自分に、顔が一気に熱くなる。
 リオンはそんな彼女の様子を、愛おしそうに細めた瞳で眺めた。

「なら、いい。俺は君に触れたいだけだ」

 その声に嘘はひと欠片もなかった。
 けれど――。

(私、本当に大切にされている……?)

 胸の奥がじんわりと温かくなる。
 これまで、婚約者だったアルフォンスに「価値がない」と言われ続け、自分を肯定する言葉なんて一度もなかったのに。

「……こんなの、ずるいです。嬉しくなってしまうじゃないですか」

 ユリアナは小さく呟く。
 するとリオンはくすりと笑った。

「嬉しくなってくれるなら、いくらでも言う。君は美しい。気高く、優しい。そして――最強だ」

「っ……!」

 耳まで真っ赤になってしまい、思わずリオンから視線を逸らした。

「……私、全属性の魔力が使えるからって、急に態度が変わったりしません?」
「なら最初に言っておこう。俺はもうとっくに、君に惹かれている」

 その言葉に、心臓がまた跳ねる。
 ユリアナは何か言い返そうと口を開きかけた――だが。

 町の方角から、突然爆発音が響いた。

「っ、何……?」
「魔力反応……魔獣だ!」

 リオンは即座にユリアナを背に庇い、剣を抜いた。
 遠くから、黒い煙が上がっているのが見える。

「ユリアナ、ここで――」
「行きます。私も」

 きっぱりと言い切ると、リオンは少し驚いたあと、頼もしげに頷いた。

「分かった。なら、俺の隣にいて」

 二人は駆け出した。





 町へ着くと、巨大な深紅の魔獣――ラベリオルが咆哮を上げていた。
 その姿はまるで炎そのもの。

「っ、危ない!」

 子どもが魔獣の足元に倒れている。
 ユリアナは反射的に駆け出した。

「ユリアナ! 無茶だ――」

 間に合わない。
 魔獣が子どもへ爪を振り下ろす。

(間に合って……!)

「――光よ!」

 眩い光の盾が子どもを包み込み、魔獣の攻撃を弾いた。
 ユリアナは子どもを抱き寄せ、身を翻す。

「大丈夫? 怪我は?」
「う、うん……!」

 安堵する間もなく、魔獣が再び唸り声を上げる。
 周囲で怯える人々。炎魔力によって広がる火災。

(このままじゃ、みんなが……!)

 魔獣が飛びかかる寸前――リオンの剣が斬り込んだ。

「お前の相手は俺だ!」

 リオンが視線で合図を送る。
 ユリアナは頷き、杖を構えた。

「水属性・最大展開――!」

 空気中の水分が一気に集束し、巨大な水の奔流となって魔獣を飲み込んだ。
 炎が鎮火し、魔獣の勢いも削がれる。

「もう一度……!」

 詠唱なしの連続魔法。
 氷柱が一瞬で形成され、魔獣の四肢を貫いた。

「ギャアアアアッ!」

 魔獣は暴れながらも動きを止められ、リオンがその心臓へ剣を突き立てる。

「終わりだ!」

 魔獣は最後の断末魔をあげ、霧散した。
 一拍の静寂のあと――人々の歓声が上がる。

「すごい……! 聖女様だ!」
「聖女が来てくださったんだ!」

 ユリアナは驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべた。

(聖女……私が?)

 リオンがそっと彼女の肩を抱いた。

「当然だ。全属性を操り、人を救う……それが君だ」
「でも……私は捨てられた存在なのに……」
「捨てられたんじゃない。見る目のない男が自分から宝を手放しただけだ」

 優しい声に、胸が熱くなる。

 その時だった。

「ユリアナ!」

 聞き覚えのある声が響き、彼女は身体を強張らせた。
 振り向くと――アルフォンスがいた。
 取り巻きの騎士たちまで連れ、息を荒げている。

「会いたかった……! 君がこんな危険な場所に……!」

 アルフォンスは駆け寄り、手を伸ばしてきた。
 だが――。

「触れるな」

 リオンが一瞬でユリアナを背に隠し、鋭い視線を突き刺した。
 アルフォンスの手は空を掴む。

「……なんだ、その態度は」
「それはこちらの台詞だ。君は彼女を『いらない』と捨てた」

 周囲の視線がアルフォンスに集まる。
 人々の間に、ざわめきが広がった。

「な……誤解だ! あれは激情のあまり……!」
「嘘をつくな!」

 リオンの声が響く。
 ユリアナは後ろで拳を震わせていた。

(もう……怯えたままじゃダメ)

 ユリアナは一歩前へ出る。
 リオンの手が背に触れ、「大丈夫だ」と伝える力強さ。

「あなたの言葉、忘れていません」

 声が震えていないことに自分で驚く。
 アルフォンスは狼狽したように瞳を揺らした。

「君は……聖女だったんだな。なら、戻ってきてほしい。今ならまだ婚約を――」

「お断りします」

 ユリアナは微笑んだ。

「私を捨てたのはあなた。
 だから――私を必要とする人の隣に、私はいます」

 リオンが静かにユリアナの腰へ腕を回す。
 彼女は恥ずかしさと幸福で胸がいっぱいになった。

「ユリアナ……!」

 アルフォンスの声は震えていたが、もうユリアナの心には届かない。

「……見る目がない男は、哀れですね」

 リオンが小さく笑った。
 アルフォンスの顔が怒りと悔しさで歪む。

「待ってろ……必ず取り戻すからな……!」

 意味不明な捨て台詞を残し、アルフォンスは騎士たちと共に去っていった。






 夜、宿へ戻ると――
 リオンはユリアナをそっと抱き寄せた。

「よく言ったな。……君は本当に強い」

「強さをくれたのは、リオン様です」

「……その呼び方、やめろ」

「え?」

 唐突で、ユリアナは目を丸くする。
 リオンは彼女の手を取り、ゆっくりと唇を触れさせた。

「俺のことは……リオンと呼べ。あなたの最も近しい人として」

(っ、そんな……)

 胸に触れる鼓動が、止まりそうなほど速くなる。

「……リオン」
「……今ので俺は幸せになった」

 囁き声。
 唇が重なりそうなほど近くて――。

「――ユリアナは必ず狙われる。君を支え続ける覚悟、俺にはある」

 熱を帯びた眼差しが、ユリアナを捉えて離さない。

(私も……あなたの隣にいたい)

 けれど、同時に不安もあった。
 アルフォンスは必ずまた動く。
 そして王国は、聖女の力を手放すはずがない。

(これから、もっと大きな波が……)

 しかし――背中に回された腕の温かさが、迷いを溶かしていく。

「ユリアナ。君を守るためなら、俺は何でもする」

「……ありがとう、リオン。私も、あなたと共に戦います」

 二人の視線が絡み合い、夜の闇が静かに包んでいく。

 だがその影の中で――
 彼らの知らぬ場所で、王国の陰謀は静かに動き出していた。

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