婚約破棄されたけど、元婚約者が全力で復縁しようとしてくる件

ゆっこ

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 ――翌朝。

 辺境領の空は晴れ渡り、気持ちのよい風が窓から吹き込んでくる。
 けれど、私の胸の中は決して晴れやかではなかった。

 あの夜の、レオンとユリウスの対峙。

 二人とも私を「奪い返す」かのような目で見つめていた。

(私は……誰かに奪われるものじゃないのに)

 けれど、内心は穏やかではいられなかった。
 あれほど強いまなざしを向けられると、自分が誰かに“求められている”と否応なく実感してしまう。

 そんな気持ちに戸惑いながら、私は今日の予定を確認するために執務室へと向かった。



「おはようございます、お嬢様。団長がすでにお待ちです」

「……団長?」

「はい、レオン様です。お嬢様の巡回に同行したいとのことで」

 騎士団長としての仕事、というのは表向きだろう。
 けれど、昨日の言葉が脳裏に残っていて、私は素直に彼と顔を合わせる自信がなかった。

 だが――会ってしまえば、不思議と自然に笑ってしまうのだから、ずるい。

「遅れてすまない。……変わりないか?」

「こちらこそ、お待たせしました。ええ、民も穏やかに過ごしています」

 レオンの顔には、騎士団長としての厳しさと、幼馴染としての柔らかさが同居している。
 どちらも、私が好きだった面だった。

「まずは南部の農村から見回る予定よ。ついてきて」

「了解。護衛も兼ねて、俺が横にいる」

「まるで王子様みたいね」

 そう冗談めかして言うと、レオンは肩をすくめた。

「お前の王子は……もう一人いるだろ?」

 その言葉に、私は思わず黙った。

(レオン……あなたは、私をそうやって、突き放すつもり?)

 けれど、彼の声には皮肉ではなく、自嘲の色が混じっていた。
 きっと彼もまた、私の“過去”に踏み込むことをためらっているのだ。



 南部の村では、小さな祭りの準備が進んでいた。

 年に一度の豊穣祭。
 私も子供のころ、村人たちと一緒に踊り、笑い、リンゴを食べた記憶がある。

「あ、リリアーヌ様! 大人になってもきれいですねぇ!」

「リリア姫ー! リンゴあげる!」

 子供たちの無邪気な声に、私は思わず笑ってしまった。

「ありがとう。これは一番赤いリンゴね?」

「うん! お姉ちゃんにあげるって決めてたんだよ!」

 そのやりとりを、レオンが微笑ましそうに見ていた。

「……いい顔をするな、お前は」

「何よ、急に」

「王都じゃ、そんな風に笑えてなかった」

 彼の指摘に、私は言葉を失った。

 ――そう。王都での私は、いつも誰かに見られていた。
 貴族の娘として、王太子の婚約者として、聖女候補として。

 だから笑うときも、“美しく笑うこと”しかできなかった。

「ここでは……肩書きは要らないもの」

「お前はそれでいい。そうして、自由でいてほしい」

 その言葉に、私は胸を突かれた。

(レオン……あなたは、私を“選んでくれた”の?)

 でも、今はまだ――答えは出せない。



 一方その頃。屋敷の裏庭には、沈痛な表情のユリウスの姿があった。

 報告を終えた侍従が、彼の前で頭を下げている。

「……リリアーヌ様とグレイヴ団長は、領内視察に向かわれたと……」

「……そうか。二人きりで、か?」

「はい。周囲の護衛は控えさせております」

 ユリウスは拳を握った。
 かつては自分の隣にいた令嬢。命すら預けられるほどに信頼していた相手。

 その彼女が、今は別の男の隣で笑っている。

「……どうして、あの時、僕は彼女を信じなかったんだ……」

 心の中に残るのは、リリアーヌが断罪の場で見せた、あの無表情の横顔。

「“殿下、お気をつけて”――」

 突き放すような声。けれど、その奥に確かにあった痛みを、今さらになって理解する。

 取り戻したい。
 けれど、彼女の心は、もう自分のもとにはないのかもしれない。

 そう思うと、胸が締めつけられた。



 視察から戻った夕方、レオンは屋敷の玄関先で私に一枚の布を差し出した。

「これ、何?」

「お前の肩にひっかかってた。花のつぼみだ」

 私はそれを受け取って、思わず笑った。

「どこで拾ったの?」

「気づいたら、馬の鞍に落ちてた。……不思議と、似合ってたからな」

「レオン、それって……」

「……ああ。気づいてるよ。俺はもう、ただの幼馴染じゃない」

 彼はそう言い切った。
 そして――不意に私の手を取った。

「リリアーヌ。今度こそ、俺は迷わない。お前を見て、選んで、想ってる」

 その真摯な声に、私は息を飲んだ。
 もう、冗談ではない。これは“告白”だ。

 ――けれど、その直後。

「リリアーヌ!」

 扉が開き、焦燥に満ちた声が飛び込んできた。

「ユリウス……!」

 彼は荒々しく駆け寄り、レオンの手を振り払った。

「君が、君が他の男に触れられているのを見ていられない!」

「何を……!」

「君は僕の婚約者だった! いや、今でもそう思ってる! 僕は間違えた、でも今は――本気で、君を――!」

「やめて!」

 私は叫んでいた。

 二人の男が向ける、熱い想い。それは嬉しいはずだった。
 けれど、まるで戦場の中心に放り込まれたかのように、心がかき乱される。

「……私は、私自身を取り戻したいの。誰かに“選ばれる”ことより、自分で“選びたい”のよ!」

 ユリウスも、レオンも、沈黙する。

 私は息を整えながら、静かに言った。

「だから、二人とも……少しだけ、時間をちょうだい」



 その夜、私は一人、屋敷のバルコニーで空を見上げていた。

 誰かに守られるだけの令嬢は、もう終わりにしたい。
 でも、誰かに心を預けることの温かさも、もう知ってしまった。

「……私の心は、どこへ向かうのかしら」

 その答えは、まだ出せない。

 ただ、遠くで風が揺れていた。
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