婚約破棄されたけど、元婚約者が全力で復縁しようとしてくる件

ゆっこ

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 朝の光が差し込む窓辺に立ちながら、私は深く息を吸った。

 昨日の出来事が、心の中にまだ重たく残っている。

 ユリウスとレオン。
 二人の想いは、どちらも私の胸に届いていた。けれど、それと同時に、私はもう“誰かのもの”でいるだけの存在ではいられなかった。

(私は……私自身のために、選ばなければいけない)

 けれど、その答えはまだ出せない。
 簡単に決められるほど、私は器用ではない。

 そんな中、屋敷に一本の急報が届いた。

「お嬢様、王都からの使者がまいりました」

「……王都?」

 使用人の言葉に、私は眉をひそめた。
 ユリウスの件で何か動きがあったのか、それとも――。

 応接間に通されたのは、見慣れない男だった。

 濃紺の正装に、きらびやかな王印のブローチ。黒髪に氷のような灰色の瞳。
 その目は、どこか私と似ていた。

「初めまして、リリアーヌ・セリーニャ嬢。私はエルヴィン・エステリア」

「……エステリア?」

 その名に、私は驚きを隠せなかった。

「王族の、分家の……?」

「はい。王太子殿下の従弟にあたります」

 静かに立つ男は、控えめな仕草で一礼した。

「本日は、“ある提案”をお持ちしました。陛下よりの命を受けてのものです」

「提案……?」

「殿下――ユリウス殿下が、正式に婚約を破棄した今。セリーニャ家に新たな縁談を、とのことです」

 私は唖然とした。

「まさか、その“新たな縁談”とは――」

「はい。私との結婚、という形です」

 一瞬、空気が凍りついた。

 レオンとユリウスが後ろから扉を開けて入ってきたとき、応接間の空気はまさに嵐の前の静けさだった。

「……どういうことだ、それは」

 レオンが低く問う。

 エルヴィンは微笑を崩さず、言葉を選ぶように答えた。

「政治的な配慮と、王都貴族間の均衡を取るためです。……セリーニャ嬢の名誉回復を目的としております」

「リリアーヌは“回復”を望んではいない!」

 ユリウスが思わず声を荒げる。

 その言葉に、エルヴィンはわずかに目を細めた。

「ですが、王家に連なる者として、セリーニャ家の立場を正しく再定義する必要があります」

「勝手に定義しないでください。私は……!」

 私が言いかけたその時だった。

 レオンが一歩前に出て、静かに言った。

「……リリアーヌの気持ちを、本人の前で無視するのは感心しないな」

 その声には冷たい剣のような威圧感があった。

 そして――。

「もう一つ、言わせてもらう。もしお前がリリアーヌを“王家の道具”として見ているなら……」

 レオンの手が剣の柄に触れた。

「この場で、それを撤回してもらう」

 沈黙。

 エルヴィンの護衛たちが一瞬ざわついたが、彼は手で制した。

「……なるほど。噂どおりの方だ。辺境騎士団長にして、彼女の幼馴染――レオン・グレイヴ」

 その名を、エルヴィンが明確に呼んだ。

 レオンの眉が僅かに動いた。

「君には、いずれ話さねばならないことがあるが……それは今ではないな」

「……何の話だ?」

「それは、私とリリアーヌ嬢が決めることです」

 そう言って、エルヴィンは再び私を見つめた。

「数日間、領内に滞在させていただけますか? 答えは急ぎません。私の言葉が軽々しいものではないと、証明する時間が欲しいのです」

 その目は、誠実さと同時に、政治的な計算を感じさせる瞳だった。

(この人……ただの“使者”ではない)

 王都の中枢に近く、情報と戦略を握る者――そんな気配がした。

「……わかりました。滞在はご自由に。ですが、私の返答もまた、“私の意思”で決めさせていただきます」

 私はそう言って立ち上がった。

 エルヴィンは静かに頭を下げる。

「もちろんです、リリアーヌ嬢」



「……王都は、本気でお前を取り戻しに来たらしいな」

 夕刻、バルコニーで風に当たっていると、レオンがそう話しかけてきた。

「取り戻す? 違うわ。王都が欲しいのは、私じゃなく“都合のいい令嬢”よ」

「お前は、もう王都の玩具じゃない」

 レオンは、ぽつりと呟いた。

 その言葉に、私は振り返る。

「……でも、あのエルヴィンという人。何かを知っているわ。あなたに対しても」

「……ああ。俺とあいつの家は、少し因縁がある」

「因縁?」

「俺の母方は、実は王家の血筋を引いている」

 私は驚いた。

「だから……?」

「正統な継承権はないが、王都の一部の派閥は、俺を“外部から王家に食い込める男”として見てるらしい」

「そんなの……あなたが望んでるわけじゃないでしょう?」

「当然だ。俺が望んでるのは――」

 言いかけた言葉を、レオンは飲み込んだ。

 私もそれを、あえて問い返さなかった。

 けれど、その時。遠くで馬の嘶きが聞こえ、警備の騎士が駆け込んできた。

「報告! 南部の森に、謎の部隊が接近中! 旗印は不明!」

「……何ですって?」

 私は思わず声を上げた。

「すぐに向かおう。リリアーヌ、屋敷にいてくれ。これは、領主の娘の立場を超える問題だ」

 レオンが急ぎ足で出ていく。

 その後を追うように、ユリウスも動く。

「僕も行く。僕は……もう、ただの王太子じゃない。彼女を守る者として、この地に立っている」

 彼の顔に、嘘はなかった。

 レオンも、それ以上何も言わずにうなずいた。

 そして、私は――。

(ここで、また待つだけ?)

 心の奥に、抗うような声が聞こえる。

(私は“誰かに守られる”だけの女でいたくない)

 そう思った瞬間、私は執務室に駆け戻り、手元の地図を広げた。

 そして――かつて父と一緒に見た、森の中の“抜け道”を思い出す。

「私も……行く」
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