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森に入ったのは、陽が西に傾き始めた頃だった。
私の記憶にある抜け道は、獣道のように草木に覆われていたが、確かに存在していた。
父と共に視察したときの記憶を辿りながら、私は馬を進める。
(レオンも、ユリウスも……きっと、私を止めるだろう)
でも、もう誰かの後ろをついていくだけの自分ではいたくなかった。
「……私だって、守れる。いや、“選べる”のよ、私の人生を」
その時、不意に空が開け、遠くで剣戟の音が鳴った。
「くっ……数が多すぎる!」
レオンは森の中で、歯を食いしばった。
敵は傭兵集団。王都の裏で暗躍する貴族派の刺客たちだった。
「どうして王都の内部がこんなことを……!」
ユリウスが横で敵の剣を受けながら叫ぶ。
エルヴィンの顔が浮かぶ。だが彼が背後にいたとしても、それを証明する術はない。
そして何より――
「リリアーヌは……!」
「無事なはずだ! 俺があの屋敷に命をかけて布陣を敷いた!」
レオンの言葉に、ユリウスは黙った。
かつての婚約者を信じていたはずなのに、今はその命を他の男に預けている現実。
だが、次の瞬間――。
「二人とも、下がって!」
凛とした女の声が森に響いた。
「リリアーヌ……!?」
馬に乗った彼女が、抜け道から現れ、手には――長剣。
王太子の婚約者だった少女が、自ら剣を握って敵の前に立つ姿に、誰もが目を奪われた。
「ここは、私の領地よ。好き勝手にはさせないわ!」
そして、リリアーヌは最前線に立った。
その戦いは、長く続かなかった。
リリアーヌの登場で士気が上がった辺境兵たちは結束し、さらに後方から到着したエルヴィンの支援部隊が加勢することで、敵は制圧された。
ただ、その後の緊迫感は、さらに増していた。
「……どういうことなの、エルヴィン様」
森の奥の仮設指令所で、私は彼に問い詰めた。
「あなたは“陛下の命”と言っていた。でも、王都から来たはずの者たちが、私の領地を襲った」
「……説明をさせてください」
エルヴィンは静かに立ち、懐から封印の施された文書を取り出した。
「これは、王太子殿下――ユリウス様の即位に異を唱える“旧貴族派”の陰謀書です。リリアーヌ嬢を再び王都に迎え入れ、傀儡として据えることで、政権を動かそうとした」
「それを……あなたは知っていたの?」
「ええ。ですが、私はその派閥に与してはいません」
彼の瞳には偽りの色はなかった。
「あなたを“奪い合う”ように見えたのは……そうすることで、敵の目を私に集めたかったのです」
「…………」
「私は、あなたの選択を尊重します。だから……もう王都に戻る必要はありません」
エルヴィンの言葉に、私はようやく肩の力を抜いた。
戦いの数日後、辺境領には静けさが戻っていた。
私は、バルコニーから広がる草原を見下ろしながら、自分の心と向き合っていた。
――二人の男。
ユリウスは、王都で私を守れなかった後悔を抱えながら、それでも変わろうとし、すべてを投げ打ってここまで来た。
レオンは、最初から変わらなかった。ただ黙って隣に立ち続けて、私の選択を待ってくれた。
その時、背後に気配がして、私は振り返った。
「リリアーヌ。少し……いいか?」
ユリウスだった。
彼は、王子らしい衣を脱ぎ、黒の騎士服を身につけていた。
かつての高貴さよりも、今のほうがずっと近くに感じられる。
「君に、最後に言いたいことがあるんだ」
私は静かにうなずいた。
「……君を傷つけた。君を王都の道具にした。……なのに今さら、“もう一度やり直したい”なんて、都合のいいことは言えない」
彼の言葉には、もう嘘がなかった。
「でも、君がこの先、どんな人を選ぶにしても――僕はずっと、君の幸せを祈ってる。……心から」
言い終えると、彼はすぐに背を向けた。
(……もう一度やり直したい、と言わないの?)
心のどこかで、そう思ってしまった自分に驚いた。
そしてその日の夕暮れ。
レオンが馬の手綱を持って、屋敷の門の前にいた。
「どこか行くの?」
「いや、ただ……お前に伝えたくて」
彼は視線を落としながら、ゆっくりと話し始めた。
「昔、お前が王都に行くって言ったとき。……俺、本当は、止めたかったんだ」
「でも、止めなかったのよね」
「ああ。だって……お前が、自分の道を信じてたから」
彼は笑う。けれど、それは少しだけ切ない笑みだった。
「だけど今は違う。もし、お前が迷っているなら……俺は、全力で引き留める。どこにも行かせない」
「……レオン」
「お前が誰を選んでも、後悔はしない。でも、願わくば――その“誰か”が俺であってほしい」
彼の瞳は、静かに、でも確かに私の心に届いていた。
そして夜。私は、一人で中庭を歩いた。
星の瞬きが空を飾る中、私は胸に手を当てる。
思い出すのは、王都の夜会でユリウスと踊った記憶。
そして、故郷の草原でレオンと駆けた日々。
――私は、ようやく気づいたのだ。
(誰かを愛するって、“選ばれる”ことじゃない。“選ぶ”ことなのね)
私は振り返り、胸を張った。
「レオン。少し、時間あるかしら?」
彼は驚いたように私を見る。
「……どうした?」
「話したいことがあるの。ちゃんと、私の言葉で」
そう言って私は、彼の前に立った。
「……私、あなたと生きたいの。これからも、この場所で。ずっと」
レオンの目が見開かれ、そして次の瞬間、柔らかく細められた。
「やっと……お前が“俺のもの”になるんだな」
私は頷いた。
ずっとずっと、そばにいてくれた人。
守ってくれるだけじゃない。“私を信じて待ってくれた”人。
その人の手を、今、私は自分から握り返した。
一ヶ月後。
王都では、王太子ユリウスの自発的な退位と、第二王子の即位が決まり、大きな変化の波が押し寄せていた。
ユリウスは、自らの希望で国外の大使館へ派遣される道を選び、穏やかな笑みを残して旅立った。
「リリアーヌ。……ありがとう。僕を、本当に変えてくれたのは、君だった」
そう言って彼は去っていった。
そして辺境領では、小さな婚礼が行われた。
式場は花で彩られ、村人たちが心からの祝福を捧げる中――
「レオン・グレイヴ。あなたは、どんな困難があっても、私の隣で戦ってくれますか?」
「リリアーヌ・セリーニャ。お前がどんな未来を選んでも、俺はその手を放さない」
誓いの言葉を交わしたその瞬間、春風が静かに吹き抜けた。
私は、やっと“私の意思で選んだ未来”を歩き始める。
私の記憶にある抜け道は、獣道のように草木に覆われていたが、確かに存在していた。
父と共に視察したときの記憶を辿りながら、私は馬を進める。
(レオンも、ユリウスも……きっと、私を止めるだろう)
でも、もう誰かの後ろをついていくだけの自分ではいたくなかった。
「……私だって、守れる。いや、“選べる”のよ、私の人生を」
その時、不意に空が開け、遠くで剣戟の音が鳴った。
「くっ……数が多すぎる!」
レオンは森の中で、歯を食いしばった。
敵は傭兵集団。王都の裏で暗躍する貴族派の刺客たちだった。
「どうして王都の内部がこんなことを……!」
ユリウスが横で敵の剣を受けながら叫ぶ。
エルヴィンの顔が浮かぶ。だが彼が背後にいたとしても、それを証明する術はない。
そして何より――
「リリアーヌは……!」
「無事なはずだ! 俺があの屋敷に命をかけて布陣を敷いた!」
レオンの言葉に、ユリウスは黙った。
かつての婚約者を信じていたはずなのに、今はその命を他の男に預けている現実。
だが、次の瞬間――。
「二人とも、下がって!」
凛とした女の声が森に響いた。
「リリアーヌ……!?」
馬に乗った彼女が、抜け道から現れ、手には――長剣。
王太子の婚約者だった少女が、自ら剣を握って敵の前に立つ姿に、誰もが目を奪われた。
「ここは、私の領地よ。好き勝手にはさせないわ!」
そして、リリアーヌは最前線に立った。
その戦いは、長く続かなかった。
リリアーヌの登場で士気が上がった辺境兵たちは結束し、さらに後方から到着したエルヴィンの支援部隊が加勢することで、敵は制圧された。
ただ、その後の緊迫感は、さらに増していた。
「……どういうことなの、エルヴィン様」
森の奥の仮設指令所で、私は彼に問い詰めた。
「あなたは“陛下の命”と言っていた。でも、王都から来たはずの者たちが、私の領地を襲った」
「……説明をさせてください」
エルヴィンは静かに立ち、懐から封印の施された文書を取り出した。
「これは、王太子殿下――ユリウス様の即位に異を唱える“旧貴族派”の陰謀書です。リリアーヌ嬢を再び王都に迎え入れ、傀儡として据えることで、政権を動かそうとした」
「それを……あなたは知っていたの?」
「ええ。ですが、私はその派閥に与してはいません」
彼の瞳には偽りの色はなかった。
「あなたを“奪い合う”ように見えたのは……そうすることで、敵の目を私に集めたかったのです」
「…………」
「私は、あなたの選択を尊重します。だから……もう王都に戻る必要はありません」
エルヴィンの言葉に、私はようやく肩の力を抜いた。
戦いの数日後、辺境領には静けさが戻っていた。
私は、バルコニーから広がる草原を見下ろしながら、自分の心と向き合っていた。
――二人の男。
ユリウスは、王都で私を守れなかった後悔を抱えながら、それでも変わろうとし、すべてを投げ打ってここまで来た。
レオンは、最初から変わらなかった。ただ黙って隣に立ち続けて、私の選択を待ってくれた。
その時、背後に気配がして、私は振り返った。
「リリアーヌ。少し……いいか?」
ユリウスだった。
彼は、王子らしい衣を脱ぎ、黒の騎士服を身につけていた。
かつての高貴さよりも、今のほうがずっと近くに感じられる。
「君に、最後に言いたいことがあるんだ」
私は静かにうなずいた。
「……君を傷つけた。君を王都の道具にした。……なのに今さら、“もう一度やり直したい”なんて、都合のいいことは言えない」
彼の言葉には、もう嘘がなかった。
「でも、君がこの先、どんな人を選ぶにしても――僕はずっと、君の幸せを祈ってる。……心から」
言い終えると、彼はすぐに背を向けた。
(……もう一度やり直したい、と言わないの?)
心のどこかで、そう思ってしまった自分に驚いた。
そしてその日の夕暮れ。
レオンが馬の手綱を持って、屋敷の門の前にいた。
「どこか行くの?」
「いや、ただ……お前に伝えたくて」
彼は視線を落としながら、ゆっくりと話し始めた。
「昔、お前が王都に行くって言ったとき。……俺、本当は、止めたかったんだ」
「でも、止めなかったのよね」
「ああ。だって……お前が、自分の道を信じてたから」
彼は笑う。けれど、それは少しだけ切ない笑みだった。
「だけど今は違う。もし、お前が迷っているなら……俺は、全力で引き留める。どこにも行かせない」
「……レオン」
「お前が誰を選んでも、後悔はしない。でも、願わくば――その“誰か”が俺であってほしい」
彼の瞳は、静かに、でも確かに私の心に届いていた。
そして夜。私は、一人で中庭を歩いた。
星の瞬きが空を飾る中、私は胸に手を当てる。
思い出すのは、王都の夜会でユリウスと踊った記憶。
そして、故郷の草原でレオンと駆けた日々。
――私は、ようやく気づいたのだ。
(誰かを愛するって、“選ばれる”ことじゃない。“選ぶ”ことなのね)
私は振り返り、胸を張った。
「レオン。少し、時間あるかしら?」
彼は驚いたように私を見る。
「……どうした?」
「話したいことがあるの。ちゃんと、私の言葉で」
そう言って私は、彼の前に立った。
「……私、あなたと生きたいの。これからも、この場所で。ずっと」
レオンの目が見開かれ、そして次の瞬間、柔らかく細められた。
「やっと……お前が“俺のもの”になるんだな」
私は頷いた。
ずっとずっと、そばにいてくれた人。
守ってくれるだけじゃない。“私を信じて待ってくれた”人。
その人の手を、今、私は自分から握り返した。
一ヶ月後。
王都では、王太子ユリウスの自発的な退位と、第二王子の即位が決まり、大きな変化の波が押し寄せていた。
ユリウスは、自らの希望で国外の大使館へ派遣される道を選び、穏やかな笑みを残して旅立った。
「リリアーヌ。……ありがとう。僕を、本当に変えてくれたのは、君だった」
そう言って彼は去っていった。
そして辺境領では、小さな婚礼が行われた。
式場は花で彩られ、村人たちが心からの祝福を捧げる中――
「レオン・グレイヴ。あなたは、どんな困難があっても、私の隣で戦ってくれますか?」
「リリアーヌ・セリーニャ。お前がどんな未来を選んでも、俺はその手を放さない」
誓いの言葉を交わしたその瞬間、春風が静かに吹き抜けた。
私は、やっと“私の意思で選んだ未来”を歩き始める。
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