婚約者に見捨てられた令嬢、隣国の英雄に即プロポーズされました

ゆっこ

文字の大きさ
1 / 6

1

しおりを挟む
 王都の舞踏会――煌びやかな光と笑い声に包まれた夜会の只中で、私は冷たく突き放された。
 
「……アリシア、お前との婚約はここで解消させてもらう」
 
 婚約者である王太子エドワード殿下の声音は、よそ行きの笑みを貼りつけながらも冷酷で、会場に響き渡るほどはっきりとしていた。
 
 目の前で殿下は、私の従妹であるルチアに手を差し伸べ、堂々と宣言した。
 
「真に愛しているのは彼女だ。お前のように地味で何の取り柄もない令嬢よりも、ずっと相応しい」

 会場がざわめく。私は一瞬、心臓を握りつぶされたような衝撃に息を詰まらせたが……すぐに、冷たい諦めの笑みを浮かべた。
 
「――承知いたしました」

 絞り出すような声で答える。指に光っていた婚約指輪を外し、殿下に返したとき、周囲の視線が私に突き刺さった。好奇、同情、侮蔑……そのどれもが私を押し潰そうとする。

 それでも、泣くのは嫌だった。
 涙を見せれば、彼らはさらに笑うだろうから。



 夜会を後にした私は、静かな回廊を歩いていた。胸の奥には空虚だけが残り、心臓がまだ規則正しく動いているのが不思議なほどだった。
 
 そんな私の前に、背の高い影が現れる。

「――君が、アリシア嬢か」

 低く、よく通る声。
 振り返ると、漆黒の軍服に身を包んだ男が立っていた。鍛えられた体躯に、鋭い青の瞳。見間違えるはずがない。

 彼は隣国ヴァルガードの英雄、レオン・ヴァルガード将軍だった。
 一度も言葉を交わしたことはないが、その名は誰もが知っている。異国との戦で数々の功績を立て、「不敗の将」と讃えられる人物だ。

 なぜ、この場に彼が――?

 困惑する私に、彼は歩み寄り、迷いなく言い放った。

「君が婚約を破棄されたと聞いた。ならば――私と結婚してくれないか」

 あまりにも唐突すぎる言葉に、私は呆然と立ち尽くした。

「……え?」

「私は妻を探していた。だが、名声や権力目当てで近づいてくる者ばかりでうんざりしていた。だが、君の姿を見たとき――胸が強く惹かれた」

 青の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
 その誠実さに、冗談や慰めの類ではないとすぐに理解できた。

「私は君を手放すつもりはない。アリシア、私の妻になってくれ」

 言葉を失った。
 婚約者に「地味で取り柄がない」と切り捨てられた直後に、隣国の英雄から「妻に」と告げられるなんて、誰が想像できるだろう。



「……なぜ、私なんですか?」

 どうにか搾り出した問いに、彼は少し微笑んだ。
 
「君の瞳だ。あの場で誰よりも気丈に立っていた。泣きも叫びもしなかった。誇りを守ろうとする強さに、心を奪われた」

「……誇り、ですか」

「そうだ。私は強い女を妻に望んでいる。君はまさにそれだ」

 言葉に胸が熱くなる。
 婚約者からは一度もそんな風に言われたことはなかった。いつも「控えめにしてろ」「目立つな」と、私の存在を抑え込もうとしたのに。

 目の前の英雄は、私を強いと言ってくれる。

「……私に、そんな資格があるでしょうか」

 つい震える声で問いかけてしまう。だが彼は迷いなく頷いた。

「ある。君を幸せにする資格も、私にはある」

 その言葉が胸の奥にじんわりと染み込み、涙が溢れそうになった。必死で瞬きを繰り返す。



 その後、私は馬車に同乗させられ、ヴァルガードからの使節団が滞在する館へと案内された。

 広い応接室。温かな紅茶が差し出され、ソファに腰を下ろした途端、張りつめていた心がふっと緩む。

「改めて、私はレオン・ヴァルガード。君に即興で求婚してしまった非礼を詫びよう」

「……いえ、驚いただけです」

「驚かせたならすまない。だが気持ちは本物だ。君さえよければ、明日にも婚姻の使者を立てたい」

「ま、待ってください! そんなに急に……」

 顔が熱くなる。
 まさか「明日婚姻」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。

 そんな私の反応を見て、レオンはくすりと笑った。軍神と讃えられる彼が、こんな柔らかな笑みを浮かべるとは思わず、胸がどきりと跳ねる。

「焦らせるつもりはない。ただ、私が本気だと知ってほしかった」

「……それは、伝わりました」

 真摯な眼差しから目を逸らすことができない。
 不安もある。けれど同時に、心の奥底で燻っていた「誰かに必要とされたい」という願いが、彼の言葉によって強く揺さぶられていた。



 その夜。客間に案内された私は、ふかふかのベッドの中で眠れずにいた。
 思い出されるのは、レオンの真剣な瞳。
 
「私は君を幸せにする資格も、私にはある」

 ――あの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
 胸が熱く、鼓動が速くなる。
 これまでの私の人生で、こんなにも強く心を揺さぶられた瞬間があっただろうか。

 だが同時に、不安も押し寄せてくる。
 本当に私は、隣国の英雄の隣に立てる人間なのだろうか。
 彼に相応しい存在なのだろうか。

 答えの出ない問いを抱えたまま、私は夜明けを迎えることになった。



 翌朝、扉をノックする音に起こされる。
 顔を洗い、身支度を整えて応対すると、そこにはレオンが立っていた。

「おはよう、アリシア。よく眠れたか?」

「……あまり」

 正直に答えると、彼は苦笑しつつも私を見つめた。

「ならば、今日は気晴らしに出かけよう。王都の喧騒から離れた場所へ」

「……でも、私はもう……」

 断罪された令嬢。見捨てられた女。そんな私が人目に晒されれば、また笑われるだろう。
 だがレオンは即座に否定した。

「誰が何と言おうと、私は君を護る。君は私の未来の妻だ。胸を張っていい」

 その強い声に、胸が熱くなる。
 思わず視線を逸らした先で、レオンの大きな手が差し伸べられていた。

「行こう、アリシア。君に、笑顔を取り戻させたい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件

歩人
ファンタジー
子爵令嬢リーゼロッテの取り柄は、文章を書くことだけ。 華やかさのかけらもない彼女は、婚約者アルベルトの政務報告、外交書簡、 演説原稿——その全てを代筆していた。 「お前の代わりはいくらでもいる」 社交界の花形令嬢に乗り換えたアルベルトは、笑ってそう言った。 翌日から、彼の机の上には白紙の報告書だけが積み上がっていく。 ——代わりは、いなかった。

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

処理中です...