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レオン将軍に誘われるまま、私は馬車に揺られていた。
王都を出てしばらくすると、賑やかな石畳の通りは姿を消し、緑豊かな丘陵が広がる。小鳥の声、風にそよぐ草木――昨夜の喧騒が嘘のように静かな世界だ。
「どうだ? 気分は少し楽になったか」
向かいに座るレオンが、私の表情をじっと見つめる。
あまりにも真剣すぎる視線に、顔が熱くなってしまう。
「……ええ。王都では、どうしても人目が気になってしまいますから」
「君は何も悪くない。笑われる筋合いなどどこにもない」
即座に断言され、胸の奥に温かなものが広がった。
――どうしてだろう。彼の声を聞くと、押し潰されそうだった自分の心が少しずつ解きほぐされていく。
馬車が止まったのは、王都近郊の湖だった。
鏡のように澄んだ水面、周囲を囲む木々。遠くに白鳥の姿が浮かび、穏やかな風が頬を撫でる。
「……きれい」
思わず息を呑むと、レオンが小さく笑った。
「気に入ってくれたか。私が遠征の合間によく訪れる場所だ。静かで、誰にも邪魔されない」
湖畔に降り立ち、二人で並んで歩く。
草花の匂い、鳥の声。肩を並べるだけで、不思議と胸が高鳴る。
「アリシア」
「はい?」
呼ばれて顔を向けると、至近距離で青い瞳が私を捕らえた。
鼓動が早まるのを自覚する。
「昨夜も言ったが、私は君に惹かれている。だが……君の気持ちを無視するつもりはない。私を拒むなら、潔く身を引こう」
真摯な声音。
ふいに胸が痛む。
「……拒むなんて、できません」
気づけば、正直な言葉が口をついていた。
驚いたように目を見開いた彼は、次の瞬間ゆるやかに笑みを浮かべる。
「なら、少しずつでいい。君の心に私が入る隙を作ってくれ」
その手が、そっと私の手に触れる。
大きくて温かな掌。指先まで震えるように熱が広がり、思わず視線を落とした。
「……はい」
小さく返事をすると、彼の指が絡んできて、私の手をしっかりと包み込んだ。
湖畔での散策を終え、馬車へ戻ろうとしたとき。
不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「……アリシア?」
振り返ると、そこに立っていたのは――エドワード殿下だった。
隣には、華やかなドレスを纏った従妹ルチア。二人は護衛を連れて散歩に来ていたのだろう。
殿下の表情が一瞬、気まずげに揺れた。だがすぐに、見下すような笑みに変わる。
「お前、もう新しい男を見つけたのか。ずいぶん節操がないな」
周囲の空気が凍りつく。
胸の奥がちくりと痛むが、それ以上に先に口を開いたのはレオンだった。
「無礼なことを言うな、王太子殿下」
冷ややかな声音に、エドワード殿下がたじろぐ。
レオンの鋭い視線が、彼を射抜いていた。
「私は正式にアリシア嬢に求婚した。節操がないのは、彼女を婚約者のまま他の女に手を出した貴殿ではないのか?」
「なっ……!」
殿下の顔が真っ赤になる。ルチアが慌てて袖を引くが、レオンは一歩も引かない。
「私は彼女を辱める者を許さない。二度と口を慎め」
その毅然とした姿に、胸が熱くなる。
――私のために、こんなにも強く怒ってくれる人がいるなんて。
エドワード殿下は結局、何も言い返せずに踵を返した。ルチアを連れて、そそくさと去っていく。
残された静寂の中、私は震える唇を噛んだ。
「……ありがとうございます」
顔を上げると、レオンが優しく微笑んでいた。
「礼などいらない。君を守るのは当然だ」
その言葉に、涙がこみ上げる。必死で堪えたけれど、目尻が熱く濡れてしまう。
そんな私を、彼はそっと抱き寄せた。
広い胸に顔を埋めると、安堵と甘い鼓動に包まれて、心がとろけてしまいそうになる。
その日の夕刻。
滞在先の館に戻ると、レオンは私の手を取り、静かな声で告げた。
「アリシア。今夜、もう一度だけ改めて尋ねたい。――私の妻になってくれるか?」
真剣な青の瞳。
胸がどきどきして、息が詰まりそうになる。
答えたい。けれど、まだ怖い。
もし彼まで私を裏切ったら……そんな恐れが、心の奥に根を張っていた。
「……少し、考えさせてください」
か細い声でそう告げると、彼は穏やかに頷いた。
「いいとも。急かすつもりはない。君が自分の意思で答えてくれるまで、私は待つ」
その優しさに、また胸が締めつけられる。
夜更け。客間の窓辺で、私は外を眺めていた。
星々が瞬く夜空。どこかで虫の声が響く。
「……私、本当に彼に相応しいのかしら」
思わず独りごちる。
けれど次の瞬間、あの強い瞳が脳裏に浮かんだ。
『私は君を幸せにする資格も、私にはある』
――あの言葉が、何度も何度も胸に蘇る。
気づけば、頬が赤く熱を帯びていた。
翌朝。
朝食の席で、レオンが何気なく尋ねてきた。
「今日はどこへ行きたい?」
「えっ……」
予想外の問いに、思わず言葉を詰まらせる。
「君の行きたい場所を案内してほしい。私にとっては、君の笑顔を見ることが一番の目的だから」
――そんな真っ直ぐな言葉を向けられ、心臓がまた跳ね上がる。
恋なんて必要ないと思っていた。婚約破棄された時点で、もう二度と誰も信じられないと思っていたのに。
今、確かに。
彼の隣で微笑みたいと願っている自分がいる。
「……では、昔よく訪れた市場に行きたいです。庶民の賑わいが、懐かしくて」
「市場か。いいな、私も興味がある」
楽しげに笑う彼を見て、自然と私も微笑んでいた。
――その市場で、思いがけない出来事が待っているとも知らずに。
王都を出てしばらくすると、賑やかな石畳の通りは姿を消し、緑豊かな丘陵が広がる。小鳥の声、風にそよぐ草木――昨夜の喧騒が嘘のように静かな世界だ。
「どうだ? 気分は少し楽になったか」
向かいに座るレオンが、私の表情をじっと見つめる。
あまりにも真剣すぎる視線に、顔が熱くなってしまう。
「……ええ。王都では、どうしても人目が気になってしまいますから」
「君は何も悪くない。笑われる筋合いなどどこにもない」
即座に断言され、胸の奥に温かなものが広がった。
――どうしてだろう。彼の声を聞くと、押し潰されそうだった自分の心が少しずつ解きほぐされていく。
馬車が止まったのは、王都近郊の湖だった。
鏡のように澄んだ水面、周囲を囲む木々。遠くに白鳥の姿が浮かび、穏やかな風が頬を撫でる。
「……きれい」
思わず息を呑むと、レオンが小さく笑った。
「気に入ってくれたか。私が遠征の合間によく訪れる場所だ。静かで、誰にも邪魔されない」
湖畔に降り立ち、二人で並んで歩く。
草花の匂い、鳥の声。肩を並べるだけで、不思議と胸が高鳴る。
「アリシア」
「はい?」
呼ばれて顔を向けると、至近距離で青い瞳が私を捕らえた。
鼓動が早まるのを自覚する。
「昨夜も言ったが、私は君に惹かれている。だが……君の気持ちを無視するつもりはない。私を拒むなら、潔く身を引こう」
真摯な声音。
ふいに胸が痛む。
「……拒むなんて、できません」
気づけば、正直な言葉が口をついていた。
驚いたように目を見開いた彼は、次の瞬間ゆるやかに笑みを浮かべる。
「なら、少しずつでいい。君の心に私が入る隙を作ってくれ」
その手が、そっと私の手に触れる。
大きくて温かな掌。指先まで震えるように熱が広がり、思わず視線を落とした。
「……はい」
小さく返事をすると、彼の指が絡んできて、私の手をしっかりと包み込んだ。
湖畔での散策を終え、馬車へ戻ろうとしたとき。
不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「……アリシア?」
振り返ると、そこに立っていたのは――エドワード殿下だった。
隣には、華やかなドレスを纏った従妹ルチア。二人は護衛を連れて散歩に来ていたのだろう。
殿下の表情が一瞬、気まずげに揺れた。だがすぐに、見下すような笑みに変わる。
「お前、もう新しい男を見つけたのか。ずいぶん節操がないな」
周囲の空気が凍りつく。
胸の奥がちくりと痛むが、それ以上に先に口を開いたのはレオンだった。
「無礼なことを言うな、王太子殿下」
冷ややかな声音に、エドワード殿下がたじろぐ。
レオンの鋭い視線が、彼を射抜いていた。
「私は正式にアリシア嬢に求婚した。節操がないのは、彼女を婚約者のまま他の女に手を出した貴殿ではないのか?」
「なっ……!」
殿下の顔が真っ赤になる。ルチアが慌てて袖を引くが、レオンは一歩も引かない。
「私は彼女を辱める者を許さない。二度と口を慎め」
その毅然とした姿に、胸が熱くなる。
――私のために、こんなにも強く怒ってくれる人がいるなんて。
エドワード殿下は結局、何も言い返せずに踵を返した。ルチアを連れて、そそくさと去っていく。
残された静寂の中、私は震える唇を噛んだ。
「……ありがとうございます」
顔を上げると、レオンが優しく微笑んでいた。
「礼などいらない。君を守るのは当然だ」
その言葉に、涙がこみ上げる。必死で堪えたけれど、目尻が熱く濡れてしまう。
そんな私を、彼はそっと抱き寄せた。
広い胸に顔を埋めると、安堵と甘い鼓動に包まれて、心がとろけてしまいそうになる。
その日の夕刻。
滞在先の館に戻ると、レオンは私の手を取り、静かな声で告げた。
「アリシア。今夜、もう一度だけ改めて尋ねたい。――私の妻になってくれるか?」
真剣な青の瞳。
胸がどきどきして、息が詰まりそうになる。
答えたい。けれど、まだ怖い。
もし彼まで私を裏切ったら……そんな恐れが、心の奥に根を張っていた。
「……少し、考えさせてください」
か細い声でそう告げると、彼は穏やかに頷いた。
「いいとも。急かすつもりはない。君が自分の意思で答えてくれるまで、私は待つ」
その優しさに、また胸が締めつけられる。
夜更け。客間の窓辺で、私は外を眺めていた。
星々が瞬く夜空。どこかで虫の声が響く。
「……私、本当に彼に相応しいのかしら」
思わず独りごちる。
けれど次の瞬間、あの強い瞳が脳裏に浮かんだ。
『私は君を幸せにする資格も、私にはある』
――あの言葉が、何度も何度も胸に蘇る。
気づけば、頬が赤く熱を帯びていた。
翌朝。
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「今日はどこへ行きたい?」
「えっ……」
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――そんな真っ直ぐな言葉を向けられ、心臓がまた跳ね上がる。
恋なんて必要ないと思っていた。婚約破棄された時点で、もう二度と誰も信じられないと思っていたのに。
今、確かに。
彼の隣で微笑みたいと願っている自分がいる。
「……では、昔よく訪れた市場に行きたいです。庶民の賑わいが、懐かしくて」
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――その市場で、思いがけない出来事が待っているとも知らずに。
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