婚約者に見捨てられた令嬢、隣国の英雄に即プロポーズされました

ゆっこ

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 豪奢な馬車に揺られ、エリスは王都を後にしていた。
 隣には、彼女に突然の求婚をしてきた隣国の英雄――アレクセイの姿がある。

 王都での屈辱を思い返すと、胸の奥がまだ痛んだ。だがその痛みは、アレクセイの横顔を見るたびに少しずつ和らいでいく。

 「……窓の外ばかり見ているな。退屈か?」
 低く落ち着いた声が響く。

 「い、いえ。そんなことは……」
 慌てて振り返ると、アレクセイはじっと彼女を見つめていた。淡い金色の瞳が、どこか探るようでいて優しい。

 「なら、私を見ていろ。退屈はしないはずだ」
 冗談めかして言われ、エリスは顔を真っ赤に染める。
 「そ、そんなこと……!」

 (どうしてこんなに……真っ直ぐに言えるのかしら……)
 婚約者だったライナルトからは、甘い言葉など一度もかけられなかった。比較してはいけないと思っても、アレクセイの言葉が胸に熱を残してしまう。

 「……君がうつむくと、余計に触れたくなるな」
 囁くように言いながら、彼はそっと彼女の手に触れてきた。大きく温かな手。

 「っ……!」
 心臓が大きく跳ね、エリスは反射的に手を引こうとする。だが、優しく包み込まれると、拒むことはできなかった。

 「安心しろ。無理強いはしない。ただ……こうしていたいだけだ」
 彼の真摯な声に、エリスは小さく頷いてしまう。

 

 隣国の王都に入ると、その光景にエリスは息を呑んだ。
 石造りの荘厳な建物、街を行き交う人々の活気。自分の国よりもずっと洗練されている印象を受けた。

 「驚いたか?」
 「はい……とても美しい街並みですね」
 「君がここで暮らすのだから、気に入ってくれてよかった」

 ――暮らす。
 その言葉に、改めて自分がもう元の居場所に戻れないことを思い知らされる。けれど、不思議と不安よりも安堵が勝っていた。

 「さあ、城に案内しよう」
 アレクセイに手を取られ、馬車を降りる。

 城の中へ入ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
 「アレクセイ様……その方は?」
 「私の婚約者になる女性だ」

 「!!」
 エリスは耳まで赤くなった。突然の宣言に戸惑うが、アレクセイは堂々とした態度を崩さない。

 「手厚くもてなせ。彼女は私にとって何より大切な人だ」
 その一言に、使用人たちの視線が尊敬と驚きに変わっていく。

 (……大切な人。どうして、ここまで……?)

 

 その夜。
 与えられた豪奢な部屋で、エリスは一人ベッドに腰を下ろしていた。

 (今日一日で、色んなことがありすぎて……)

 思考がまとまらず、胸がいっぱいになる。
 そんな時――扉がノックされた。

 「……アレクセイ様?」
 「入っていいか?」
 低い声に頷くと、彼が入ってきた。

 「眠れない顔をしていたから、気になってな」
 彼は窓辺に近づき、夜空を見上げる。月光が彼の横顔を照らし、まるで絵画のように美しい。

 「……どうして私をここまで大切にしてくださるのですか? 私は、何も……」
 勇気を出して問うと、アレクセイは静かに振り返った。

 「理由が必要か?」
 「え……?」
 「最初に見たときから、心が惹かれた。君の瞳の強さも、儚げな笑みも。守りたいと思った。それだけでは足りないのか?」

 真っ直ぐな言葉に、胸が締めつけられる。
 「私は……婚約者に捨てられた女です。価値なんて――」
 「黙れ」
 強い声が響き、エリスははっと顔を上げる。

 「君を見捨てる男が愚かだっただけだ。価値がないのではない。……むしろ、私には君しか必要ない」

 「……っ」
 涙がにじむ。誰からも否定され、価値がないと思い込んでいた心に、温かい言葉が染み込んでいく。

 アレクセイはそっと近づき、彼女の手を取った。
 「エリス。私は急がない。だが、必ず君を幸せにする。……信じてもらえるか?」

 答えられず、エリスはただ見つめ返す。
 だが視線が絡んだ瞬間、心臓が強く跳ねて――彼女は小さく頷いてしまった。

 アレクセイの瞳が嬉しそうに細められ、温かな空気が二人を包む。
 その距離が、少しずつ縮まって――

 「アレクセイ様! 至急お伝えしたいことが!」
 突然のノックと声に、二人は慌てて離れた。

 「……後で必ず続きを話そう」
 名残惜しげに告げて、アレクセイは部屋を出て行った。

 残されたエリスは胸に手を当て、荒ぶる鼓動を抑えきれずにいた。
 (私……どうして、こんなに……)

 頬に残る熱は、彼の言葉のせいか、それとも――。

 

 翌朝。
 エリスが朝食の席に向かうと、アレクセイは既に待っていた。
 「おはよう、エリス」
 にこやかに微笑む姿に、エリスの胸はまた高鳴る。

 「昨日の件だが……」
 アレクセイが口を開こうとしたその時――。

 「エリス様っ!!」
 廊下の方から駆けてきた侍女が叫ぶ。
 「お国からの使者が……エリス様をお迎えに来られました!」

 「……!」
 空気が張り詰め、エリスは息を呑む。
 自分を見捨てたはずの祖国が、なぜ今――?

 アレクセイはすぐに立ち上がり、彼女を庇うように前に出た。
 「迎えだと? ……面白い。だが、彼女を返すつもりはない」

 その声は冷たく、揺るぎない決意に満ちていた。
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