「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ

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 夜明けの霧が、王都の外れを包み込んでいた。
 その霧の向こうに、鎧の音が響く。
 ――アルメリア王太子、レオンハルト。

 彼は百騎ほどの兵を率いて国境に現れた。
 理由はただひとつ。

 「アンナを奪還するため」。

 無謀なその行動は、外交上の挑発に他ならなかった。
 しかし、彼の目は狂気のような執念に燃えていた。

「アンナは俺の婚約者だ! 王であろうと関係ない!」

 叫ぶその声が、国境を越えてローデリア軍の陣に届く。
 その前に立つ黒衣の王――カイルは、冷ややかに笑った。

「婚約者? ふざけるな。
 彼女はお前が捨てた女だ。今はこのローデリアの王妃候補――いや、王妃そのものだ」

「嘘だ! アンナは……アンナは俺をまだ――!」

「まだ愛している? 言ってみろ。……彼女自身に」

 



 

 戦場のような緊張の中、私はカイルの後ろから一歩進み出た。
 胸を張り、真っ直ぐにレオンハルトを見つめる。

「――いいえ。私はもう、あなたを愛してなどいません」

 その瞬間、彼の顔が青ざめた。

「な……アンナ、嘘だろう……? だってあの頃、俺を……」

「あなたが私を愛さないと笑った日、私はすべてを捨てたの。
 そして陛下に出会い、初めて“本当の愛”を知ったのよ」

 私の声は震えていなかった。
 恐れよりも、誇りがあった。

 かつて泣きながら捨てられた令嬢が、今や王の隣に立っている――その事実が、何よりの証明だった。

 

「お前のような女が、王妃になれると思うのか!?」
「……思うのではなく、もうなっているのです」

 その答えと同時に、カイルが一歩前に出た。

「ここに宣言する。
 ローデリア王として――アンナ・リヴィエールを、正式に王妃として迎える」

 その言葉に、周囲の兵が一斉に跪いた。
 旗が風に翻り、太陽の光が剣に反射する。

 レオンハルトは、もはや言葉を失っていた。
 ただ震える唇で、なおも縋るように言う。

「アンナ……俺が間違っていた。戻ってきてくれ。お前が必要なんだ」

「――遅いわ」

 私は微笑み、静かに告げた。

「あなたが私を捨てた時点で、私の愛は終わったの。
 今の私は、王妃として愛され、誇りを持って生きている。
 もう、誰にも泣かされる女ではないのよ」

 

 その言葉に、レオンハルトは崩れ落ちた。
 力なく膝をつき、虚空を見つめる。

「どうしてだ……俺は……俺はただ……」

 カイルは彼を見下ろし、冷たく言い放つ。

「自分の所有物だと勘違いした時点で、愛を語る資格はない」

 そして、騎士に命じた。
「アルメリアの王太子を拘束しろ。だが命は取るな。
 ――“生きたまま恥を晒す方が、ざまぁにはふさわしい”」

 その瞬間、兵たちが動いた。
 レオンハルトは抵抗するが、もはや力は残っていない。
 鎧の音と共に、彼は連行された。

 その姿が霧の中に消えるまで、私は一度も目を逸らさなかった。

 



 

 戦も終わり、静寂が戻った国境の丘。
 私はカイルの隣に立ち、風に髪を揺らした。

「……終わったのですね」

「ああ。もう誰も君を傷つける者はいない」

 カイルは私の手を取り、優しく微笑んだ。
 その瞳には、王ではなく一人の男としての想いが宿っていた。

「アンナ。君はもう、過去に縛られる必要はない。
 今日からは――この国の“希望”として生きてほしい」

「希望……ですか?」

「そうだ。君は誰よりも強く、優しい。
 かつて笑われ、捨てられたその痛みを、愛に変えられる人だ」

 その言葉に、胸が熱くなる。
 涙がこぼれそうになって、私は微笑んだ。

「陛下……いえ、カイル。
 私、あなたの隣で生きていいですか?」

 カイルはそっと顔を寄せ、唇を重ねた。
 それは穏やかで、けれど確かな愛の証。

「いいも何も、君以外に隣に立てる者などいない」

 その言葉に、すべての不安が溶けていった。

 



 

 ――数週間後。
 王都では盛大な婚礼の鐘が鳴り響いた。

 城のバルコニーから見下ろすと、街の人々が花を投げ、笑顔で祝福してくれている。
 私は白いドレスに包まれ、カイルの隣でその光景を見つめた。

「これが……夢のようです」
「夢ではない。君が掴んだ現実だ」

 カイルが私の指に指輪をはめ、ゆっくりと囁く。

「王妃アンナ・ヴァルディア。――永遠に、私の妻だ」

 その言葉と共に、唇が触れた。
 人々の歓声が上がり、鐘の音が響く。
 花びらが風に舞い、空が金色に輝いた。

 かつて「誰にも愛されない」と笑われた私が、今は国中から祝福を受けている。
 人生とは、本当に不思議だ。

 愛されないと思っていた私が、
 今、誰よりも深く愛されているのだから。

 



 

 ――その頃、アルメリアの王城。

 薄暗い地下牢で、レオンハルトは静かにうずくまっていた。
 報せはすでに届いている。
 “アンナ・リヴィエール、ローデリア王妃に正式即位”――

 壁に頭を預け、かすかに笑う。
「……ああ、そうか……本当に、誰も愛してくれなかったのは俺の方か」

 その呟きが、冷たい石壁に消えた。

 



 

 数ヶ月後。
 ローデリア王国は、かつてないほどの平穏と繁栄を迎えていた。
 カイルの改革と、私の慈善活動が実を結び、
 民たちは「聖女王妃」として私を慕ってくれた。

 夜、王城のバルコニーで、カイルと二人。

「本当に……幸せです」
「俺もだ」

 彼は私を抱き寄せ、額にキスを落とす。

「これからも、隣で笑っていてくれ」
「はい、ずっと」

 満天の星が瞬く夜。
 私たちは互いの手を取り合い、静かに誓った。

『誰に笑われようとも、もう一度、愛を信じて歩いていく』

 あの日、傷ついた少女の物語は、
 ようやく“幸福な王妃”の物語へと変わった。

 
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