「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ

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 翌朝、私のもとに届いた一通の手紙。
 差出人の名は――リリアナ・ベルトラン。

 封を切った瞬間、手がわずかに震えた。
 手紙の中身は、丁寧な筆致でこう記されていた。

『アンナ様。あなたの過去について、お話ししなければならないことがあります。
これは陛下のためにも重要なことです。どうか、明日の午後、東の離宮までお越しください。
ひとりでいらして。あなたの身に危険が及ぶ前に、すべてをお伝えします。
――リリアナ・ベルトラン』

 ……危険が及ぶ、ですって?
 不安よりも、奇妙な違和感が胸に残った。

 彼女がわざわざ私に“忠告”をするような人間ではない。
 あの日の侮辱を思い出せば分かる。
 この手紙は、ただの善意ではない。

 けれど――放っておくわけにもいかなかった。
 彼女が何を狙っていようと、“私の過去”に触れる以上、確かめずにはいられない。

 



 

 午後。
 王城の裏手にある東の離宮へと足を運ぶ。

 古びた回廊の向こう、薄暗いサロンの中でリリアナは待っていた。
 淡いピンクのドレスを纏い、優雅な笑みを浮かべて。

「お久しぶりですわね、アンナ様」

 その声には、どこか勝ち誇った響きがある。

「お話とは何でしょう?」
「ええ。実は、あなたのお母様のことを調べていたの」

 母――その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
 私が幼いころに亡くなった人。
 けれど、彼女の出自については、どこか曖昧なままだった。

「あなたの母上は……平民出身ではなかったかしら?」

「……それが何か問題ですか?」

「ふふ。問題というより――“王妃としてふさわしくない”と言われる理由には、充分ですわ」

 リリアナはわざとらしく微笑み、手にした文書を差し出した。
 そこには、母の出生記録が記されている。

「お母様は、もとは商人の娘。しかも、当時の王都で起きた贈賄事件の関係者。
 つまり――“貴族社会から追放された家系”なのよ」

 私は息を呑んだ。
 確かに、母のことを父が語りたがらなかった理由が、今になって分かる。

「……だからといって、私に罪があるわけではないわ」

「まあ、そうでしょうね。でも、陛下がその事実を知ったら? “王妃にはふさわしくない”と判断なさるかもしれませんわよ?」

 リリアナは、にっこりと笑った。
 その目の奥には、露骨な悪意が燃えている。

「ご忠告、ありがとうございます。……でも、私は逃げません」

「逃げない? ふふ、陛下に見捨てられる覚悟がおありで?」

「ええ。私は、真実を隠すよりも、信じてもらえなくなる方が怖いの」

 静かに言い切ると、リリアナの表情がわずかに歪んだ。
 想定外だったのだろう。

 その瞬間、離宮の扉が乱暴に開かれた。

「アンナ!」

 低く響く声。
 そこに立っていたのは――カイル陛下だった。

 


 

「なぜ彼女と二人きりで会っている?」
 低く冷たい声音が、部屋の空気を一瞬で凍らせた。

 リリアナが慌てて膝を折る。
「け、陛下! わ、私はただ――」

「黙れ」

 その一言で、彼女の顔から血の気が引いた。
 カイルの瞳には怒りが宿っている。
 それは、私のために怒っているのだと分かった。

「アンナ、説明を」

 私は深呼吸をして、正直に答えた。
「リリアナ様が、私の母の出自について話があると……。それで、確かめに来ました」

「……そうか」
 カイルは一歩、リリアナに近づく。

「王妃候補に対して出自を口にするとは。――それがどれほどの罪か分かっているのか?」

「で、ですが事実を……っ!」

「事実でも口にしていいとは限らん。貴族であるならば、礼節を学べ」

 その声には、容赦がなかった。
 リリアナは震えながら床に伏した。

 けれど、そのとき。
 彼の瞳が一瞬、私に向いた――複雑な色を宿して。

「……アンナ。君の母の件、本当なのか?」

 静かな問い。
 私は、わずかに唇を噛んだ。

「ええ。たぶん、そうだと思います。母は平民の出身で……私が幼いころから、ずっと貴族社会には溶け込めませんでした」

 その言葉を聞いた瞬間、カイルの表情に微かな影が差した。
 彼が何を考えているのか――怖くて、胸が締めつけられる。

 



 

 夜。
 自室に戻った私は、窓辺で星を見上げていた。

 あの後、陛下は何も言わずに執務室へ戻ってしまった。
 まるで心に距離を置かれたようで、痛かった。

 “やはり私は、王妃にはふさわしくないのかもしれない”――
 そんな思いが、静かに胸に広がる。

 けれど。

 コン、コン――。
 扉を叩く音が響いた。

「……入ってもいいか?」
 その声に、心臓が跳ねる。

 カイルが、静かに入ってきた。
 その手には、ワインとグラスが二つ。

「寝る前に少し、話をしようと思ってな」

 彼はいつもの王の顔ではなく、ただの“男”の表情をしていた。

「陛下……怒っていらっしゃいますか?」

「怒っているさ。――だが、君にではない」

 彼は私の手を取り、指先を軽く撫でる。

「私は君の過去など気にしない。平民の娘であろうと、貴族であろうと関係ない。……ただ一つ、腹立たしいのは、他の者が君を侮辱することだ」

 その言葉に、胸が熱くなった。

「……本当に、それだけですか?」

「……いや、もう一つある」
 カイルは少しだけ目を伏せ、苦笑する。

「君が他の男と二人きりで会っていたと聞いた瞬間――嫉妬した」

「え……?」

「我ながら情けないな。王という立場でありながら、一人の女に心を乱されるとは」

 カイルの声が低く響く。
 その瞳が、真っ直ぐに私を捕らえた。

「……アンナ。君が、他の誰かに奪われるかもしれないと思うと、息ができなくなる」

 そのまま、彼の手が私の頬を包み、そっと額を合わせた。
 その距離の近さに、鼓動が速くなる。

「私を愛してくれるのですか……?」

「愛している。――それが私のすべてだ」

 唇が触れた瞬間、世界が溶けた。
 彼の温もりに包まれながら、私はただ、幸せを噛みしめた。

 けれど、その静寂を破るように、扉の向こうから駆け込む足音が響いた。

「陛下! 一大事です!」

 執事の声。
 カイルは眉をひそめ、ゆっくりと離れた。

「何があった?」

「アルメリア王国の王太子殿下が、王都を出立されました! しかも、国境に向かわれているとの報告が!」

 私の血の気が引いた。

「まさか……こちらへ?」

「その可能性が高いです。――アンナ様を“奪い返す”と、宣言されたとか……!」

 部屋の空気が、一気に張り詰めた。

 カイルは静かに立ち上がり、剣を手に取る。

「よかろう。ならば見せてやる。
 “誰もお前なんか愛さない”と笑った愚か者に、真の愛と後悔がどういうものかを――」

 その声には、冷たい怒りと、燃えるような愛が同居していた。

 


 

 そして夜明け。
 国境の森に、数百の兵が集結する。
 その中心に立つのは、黒衣の王――カイル。

 私は馬車の中から、その背を見つめていた。

 彼は私のために戦おうとしている。
 誰かの言葉で傷ついた私を、守るために。

 けれどその戦いが、やがて二国を巻き込む火種になることを――このときの私は、まだ知らなかった。

 
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