婚約破棄された悪役令嬢が辺境でひっそり暮らすはずだったのに、全員が追ってきます

ゆっこ

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「――よって、エレノア・ラングフォードとの婚約は破棄する!」

 玉座の間に甲高い国王の声が響いた瞬間、わたくしは思わずあくびを堪えた。

 だって、こんな茶番、三日前から決まっていたのだもの。

 婚約者である王太子アルベルト殿下は、最近お気に入りの“純真(じゅんしん)令嬢”ことリリアーナ嬢に夢中で、わたくしを悪役令嬢に仕立て上げて断罪したかっただけなのだ。

 「エレノア、お前がリリアーナを虐めた証拠はすべて揃っている! 反論はないな?!」

 本当に“揃っている”なら見せてほしいところでしたけれど、実際にあるのはリリアーナ嬢とその取り巻きが勝手に書いた捏造メモくらいだ。

 わたくしは優雅にスカートを摘み、礼をした。

 「……はい、殿下。反論はございません」

 その瞬間、周囲がざわめく。

 ――本当に反論しないの?
 ――必死で抵抗すると思ったのに。
 ――あれだけ殿下に執着していたんじゃ?

 いいえ。
 わたくしは殿下のことなど、一度たりとも好きになった覚えはない。
 むしろ、こんな男と結婚したら人生が終わるとすら思っていた。

 わたくしが殿下の側にいたのは、父である公爵の命令――それだけだ。

 それを、勝手に“ヤンデレ気味の悪役令嬢”像を押し付けてくる周囲の妄想には、もううんざりしていた。

 「では、辺境のディルバート領へ追放とする!」

 追放宣告に、わたくしは思わず小さな笑みをこぼした。

 ――あら、願ったり叶ったりですわ。



 「……本当に、誰も追ってこないのね?」

 ガタゴトと揺れる馬車に揺られながら、わたくしは窓から遠ざかっていく王都を見つめた。

 従者すら付けられず、手荷物も最低限、家族からの書状もなし。

 父から渡されたのは、わずかな金貨と、領地地図だけだった。

 「……まぁ、いいわ。むしろ静かに暮らせる」

 そう呟いて視線を落とした時だった。

 ――カタ、カタ、カタ。

 妙な音が車輪から伝わり、馬車が急に傾いた。

 「きゃっ……!」

 ガタンッ!

 そのまま馬車が横転した。

 わたくしは転がり、土の上に投げ出される。

 痛みに顔をしかめながら、必死に身を起こすと――

 「お怪我はありませんか、エレノア様」

 涼やかな低い声が、突然背後から聞こえた。

 振り返ると、そこには――

 黒髪の青年が、わたくしを抱き上げるように支えながら立っていた。

 「……っ、あなたは……?」

 「初めまして。第四騎士団長のライナード・グレイと申します」

 第四騎士団長。

 王都でも有名な、冷徹と噂される最強騎士だ。
 だが、目の前の彼は噂と違い、あまりに優しくわたしを抱きかかえ――

 「あなたをお守りするために参りました」

 「……は?」

 お守り?
 どこからそんな発想に……。

 「あなたが追放されるなど、あまりにも理不尽だ。王太子殿下とリリアーナ嬢の暴走は目に余る」

 「……なぜ、それをあなたが?」

 「王都の噂など簡単に入りますから」

 ライナードはそう言って微笑んだ。

 情けない話だけれど、その微笑みだけで背中がぞくりとした。
 優しいのに、どこか危険な気配がある。

 ――この人、わたしを追って来たの……?

 「エレノア様。わたしは、あなたの味方です」

 「……どうして」

 「あなたは悪役などではない。わたしは、ずっと見ていました。殿下に侮られてもけなげに耐えていた姿を」

 ――見てたの?いつ?どこで?

 「辺境までご一緒します」

 「け、結構ですわ!わたくし、一人で――」

 「その馬車、車軸を意図的に壊されていました」

 「…………え?」

 「つまり、あなたを“ここで消したい”誰かがいる」

 ぞくり、と血の気が引いた。

 まさか、そこまで……?

 ライナードが一歩近づく。

 「頼ってください。あなたを守りたい。ずっと……」

 耳元で囁く声に、心臓が跳ねた。
 この距離、この声、この温度。
 これが辺境に行く前の最初の“追ってきた人”だというのかしら?



 ――その夜。

 事故の馬車は動かず、わたしたちは森の中で焚き火をしていた。

 「まったく……あの城から出た直後に命を狙われるなんて」

 「殿下か、リリアーナ嬢の取り巻きか。あるいは……あなたの実家かもしれません」

 「……父が、わたくしを殺したい理由があるとは思えませんけれど」

 「“公爵家にとって都合が悪い存在”であれば、排除される可能性はあります」

 淡々と語るライナードの声。

 辺境に行くだけで済むはずだった追放なのに、命を狙われるなんて。

 ――本当に、静かに暮らせるのかしら?

 そんな考えが頭をよぎったところで。

 ――パキッ。

 木々を踏む音が聞こえた。

 ライナードが即座に剣を抜く。

 わたしも反射的に身を立て――

 暗闇から、寡黙な影が走り出てきた。

 「……見つけた」

 その声を聞いた瞬間、わたしは息を呑んだ。

 「あ、あなた……どうして……」

 「迎えにきた。お前を一人で行かせると思ったか」

 森から現れたのは――

 第二王子・クリストファー殿下。

 王太子の弟にあたる彼は、普段はあまり表に出ず、冷静沈着なことで知られている人物。

 その彼が、わたしの手をつかんだ。

 「エレノア。兄上の愚行に巻き込まれたお前を見過ごせるわけがない。……一緒に来い」

 「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!?なぜ殿下がここに!?」

 「……話しただろう。お前のことを、ずっと好きだったと」

 「聞いてませんわよ!!」

 ライナードが無言でクリストファーの腕を払う。

 「エレノア様を困らせないでいただきたい」

 「お前こそ距離が近すぎる。彼女が怯えているだろう」

 「怯えていません。守られているのです」

 「それはお前の思い込みだ」

 ――険悪な空気。

 まさか、辺境へ向かう前から男性二人に取り合われるとは誰が予想したか。

 (本当に、ひっそり暮らせるのかしら……?)



 翌朝。

 王子と騎士団長を連れて辺境へ行くなど問題しかないと思いつつも、二人は頑として引かず、わたしの護衛として同行することになってしまった。

 その道中――

 「エレノア様ぁああああ!!」

 馬車を追う形で、ひとりの青年が全力で走ってくるではないか。

 「まさか……あなたまで……!」

 「エレノア様の従者だった リオ です!あなたをお助けするため、家を飛び出してきました!!」

 「いや、あなたは本来、城に残るよう命じたはずでしょう!?」

 「そんな命令聞けるわけないじゃありませんか!!エレノア様は僕の救世主なんです!!」

 ……救世主って何。

 けれど、彼は本気で泣きそうなほど必死だ。

 クリストファー殿下が冷たい目でリオを見下ろす。

 「お前は邪魔だ」

 「僕は本気です!!殿下の方こそ何なんです!?急に横入りしてきて!!」

 ライナードがまたため息をつく。

 「……これで三人目ですか」

 「三人目って……まだ増える可能性があるみたいに言わないでくださいませ!?」

 しかし彼の言葉が現実になるのは、すぐ後の話だった。



 ――夕暮れ。

 辺境に続く峡谷に入ったとき。

 崖の上から、矢が雨のように降り注いだ。

 「伏せろ!」

 ライナードが即座に私を抱き寄せ、クリストファーが結界を張る。

 リオが剣を抜いて前に躍り出る。

 まるで護衛騎士のような動きだが、彼はただの従者のはずだ。

 矢を放った影たちが姿を現す。

 その中で、一際豪奢な外套を羽織った男が笑みを浮かべていた。

 「久しいな、エレノア」

 「……っ、どうしてあなたがここに!?」

 「もちろん迎えにきたのさ。君がいないと、僕は困る」

 崖の上から現れたのは――

 元婚約者、王太子アルベルト殿下。

 その顔には、嗜虐的な笑み。

 「君なしでは王家は成り立たない。戻ってきてほしいんだよ、エレノア。……僕のものにね」

 背筋が、ぞわりと冷えた。

 ――どうして。
 どうしてこうなるの?

 ひっそりと暮らすだけの予定が、なぜこんなにも“追ってくる”のかしら。

 「嫌ですわ」

 アルベルトの顔がひきつる。

 その瞬間、三人がわたしの前に同時に立った。

 「彼女に触れるな」
 「あなたの所有物ではない」
「エレノア様は、僕が守ります!」

 三人の声が重なる。

 ――わたしは、辺境で静かに暮らすはずだった。

 なのに。

 どうして、全員が追ってくるのよ……!?
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