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8 女神
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「エリオ神父様!私に加護をお与えくださいっ!」
「わっ!私へもっ!!」
「…おはようございます、皆さん。」
ルミテス小教会へ着いたエリオットとデイジーは、教会に居た女性らに足止めをくらっていた。
エリオットは『面倒臭ぇ』と内心悪態つきながら、例の猫被りで群がってきた女性らに挨拶を返す。どんよりとした曇り空でもキラッキラなまぶしい笑顔だ。
「加護付与でしたらあちらに受付がございますので、どうぞそちらへお回りください。」
「あのっ…!エリオ神父に付与を受けたいのです…。」
「あの受付だと、エリオ神父が対応することとは無いとお聞きしました…!」
(…チッ…)
思わず顔に出そうになるのをエリオットは何とか抑えた。その情報はどこから漏れたのだろうか。
そう。教会では基本祓魔師が加護を付与することはない。教会所属の、信徒とのみ関わっている神父が対応するのだ。それも神父の日々の仕事のうちの一つ。しかし、祓魔師が加護を付与してはいけないというルールもない。
「…お与えしたらいかがですか?」
その様子を隣で静かに見守っていたデイジーが、エリオットへこそっと伝えてきた。
「…。」
「…。」
(…くそっ)
デイジーの視線は強い。信仰深いデイジーのことだ。彼女らも自身と同じように信仰深いがために、エリオットに加護を与えてほしいとねだっているのだと思っているのだろう。
その目力に負けたエリオットは、再び内心悪態づいて女性らに笑顔を向けた。トントントンッと流れ作業で女性らの額を人差し指と中指で突く。
「あなた方に幸運と祝福を…。」
「…はい。ありがとうございます…。」
短い関りだが、頬を染め、もじもじと上目遣いをしてくる女らを見ないようにエリオットはデイジーの手を引いて教会の扉を開く。未だ背後できゃっきゃと黄色い声を上げている女性らを振り返った。
「…それでは皆様、良い一日を。」
――パタン…――
「…はぁ…。」
教会へ入ると、扉に背を預けエリオットは思わずため息をついた。普段だと出待ちしている女性らが居ても挨拶をしながらスルーして教会の中に入っているのだ。今日はデイジーが居たためそれが出来なかったのだが。
「…あ、あの、…なんだかすいません…。…余計なことを言ったみたいで…。」
――…余計なことを言った自覚はあるようだ。
エリオットに手を握られたまま隣でおろおろとしているデイジーを、エリオットは横目で眺める。
「…なんだか、その…、加護の祈りや、感謝の言葉もやや足りず…。…加護を欲しているというよりかは、エリオ神父との関りを求めているようでして…。それに気づいたのが、遅くてですね…、その…。」
しどろもどろになりながら言い訳をしているデイジーを見ていると、疲労していた精神が回復してくる気がした。気持ち的な面で疲れたのだろう。実際加護を与えるぐらいでは疲れはしない。女が嫌いなわけじゃない。だが、仕事でああやって群がられるのが嫌いなのだ。仕事の時は容姿に惑わされず祓魔師として扱ってほしい。それに、女は自分が欲しい時に居ればいい。…最低か。
エリオットは握っていたデイジーの手を放し、その手でデイジーの顎に手を添えくいッと上向きに力を入れた。
「…?」
デイジーはきょとんとした顔をしながらも何も言わず、エリオットの手に従って顔を上に向けた。その額にエリオットはトンッと指を突く。
「…あなたに幸運と祝福を。」
「…ふふ。」
「…?」
「…精霊のお力感謝いたします。あなた様へも神のご加護がありますように。…先ほどの方々の分も、私から感謝と祈りを…。」
笑い出したデイジーに疑問に思っていると、瞳を閉じながら笑顔でそう感謝の言葉を伝えてくるデイジー。両手を合わせて祈りのポーズも忘れない。
やはりデイジーの反応は新鮮で、逆にエリオットが心を洗われるような気持にさせられてしまう。
「おーい!エリー!今から朝飯か!?」
二人だけの静かな空間の中で、第三者の大きな声が響き渡った。エリオットはそっとデイジーから距離をとる。
背後からかけられた声にエリオットが振り向くと、声をかけてきた人物は驚いた様子で慌てだした。デイジーがエリオットに隠れて見えなかったのだろう。
「あっ…!エ、エリオ神父…。今から朝食ですか…?」
「…あぁ。控室で食ったらすぐに祈りをささげて祓魔部屋に行く。信徒が来る前に礼拝堂行かないと、女らがうるさくてたまらん。」
「え、…お、おい…。」
エリオットの発言を案じたのだろう。赤毛で短髪の男がデイジーをちらちら見ながら狼狽えている。その様子を見ているのも面白いが、早く朝飯を食べに行かなければ。
「こいつは素の俺を知っているし、今更取り繕ってもお前のさっきの発言も聞かれてる。」
「いや、…え、…そうなの…?」
「ふふ…。デイジー・ローズと申します。…もし、不都合でなければ、そちらも気を使っていただかずに、素で結構ですよ?」
デイジーがふわっとした笑顔で目の前の男に伝えた。いつものかわいらしい花の様な笑顔だ。すると、目の前の男は何を思ったのか両手を組み、デイジーの前で跪いた。
「…なんだ、この子は…、俺のもとに舞い降りた女神か…?」
「あ?何馬鹿なこと言ってんだ、ジャック…。」
なんとなく危険な香りがしたエリオットは一歩前に進み、目の前の男、自身の同期の祓魔師、『ジャック・ベイク』からデイジーの姿を隠す。
「なっ!エリー!何が馬鹿だ!俺は俺の女神を見つけたんだっ!」
「何が俺の女神だ。気色悪ぃな。…こいつは俺の依頼主だ。危険人物から守らないと。」
「俺のどこが危険人物だ…!」
妄信的にデイジーを見つめるジャックに呆れつつ、デイジーへ視線を移すと、きょとんとしながらジャックを眺めている。
「…こいつ、俺の同期。一応祓魔師のジャック・ベイク。」
「一応ってっ!俺だってお前ほどじゃないけど才能があるって言われてんだぞ…!」
「今のお前はなんか変態臭がする。」
「なにぃ!?」
「…ふふ、…仲が良いのですね。」
「…はぁ?」
エリオットとジャックが言い争っているのをどのように解釈したのか、再び微笑みだしたデイジーに、エリオットは半目で背後を振り返る。
「…俺の女神…。」
そして視線を戻すと目の前には祈るように自身の背後にいる人物を見つめている同期。エリオットは「やってられるか」と同期を無視してその場を離れた。
控室で教会に来る途中買ったサンドウィッチを食べ終えた二人は、礼拝堂で祈りをささげる。まだ信徒は教会内へは入ってこない。静かで厳かな礼拝堂の中、ステンドグラスが朝日を浴びて煌びやかに輝いている。
悪魔祓いの前の祈りは簡単なものでいい。神の信仰を再確認するためのものだからだ。悪魔祓いが成功するか失敗するかは単純に祓魔師の腕前がものをいう。精霊をうまく扱いきれるかということも重要だが、経験則や知識、体力や戦闘術なども必要となってくる。
自身の祈りが終わったエリオットは、横で祈りをささげているデイジーをチラッと見た。
(…俺の女神、か…。)
静かに祈りをささげているデイジーはどこか神聖な感じがして、キャソックを着ている自身よりも神に近いように見える。デイジーから溢れ出ているこの雰囲気はなんなのだろうか…。
「…エリオ神父…?」
「…っ!…あ、あぁ…。終わったか?」
「はい。待っていてくださったのですね。ありがとうございます。」
デイジーを見つめながらぼーっとしていたエリオットは、声をかけられハッとする。気づけばデイジーは祈りが終わっていたようだ。立ち上がったデイジーに続き、エリオットも立ち上がる。そして、徐にデイジーに手を差し出した。
「…ん。行くぞ。」
「…?…ふふ…。はい。」
はじめこそ疑問に思ったようだが、デイジーは何のためらいもなくエリオットの手を取った。
普段依頼者の手を取って誘導することなどない。
しかし、なんとなく。デイジーが本当の女神のように見え、急に消えてしまいそうな儚さまで感じたエリオットは、ぎゅっとデイジーの手を握って礼拝堂を後にした。
「わっ!私へもっ!!」
「…おはようございます、皆さん。」
ルミテス小教会へ着いたエリオットとデイジーは、教会に居た女性らに足止めをくらっていた。
エリオットは『面倒臭ぇ』と内心悪態つきながら、例の猫被りで群がってきた女性らに挨拶を返す。どんよりとした曇り空でもキラッキラなまぶしい笑顔だ。
「加護付与でしたらあちらに受付がございますので、どうぞそちらへお回りください。」
「あのっ…!エリオ神父に付与を受けたいのです…。」
「あの受付だと、エリオ神父が対応することとは無いとお聞きしました…!」
(…チッ…)
思わず顔に出そうになるのをエリオットは何とか抑えた。その情報はどこから漏れたのだろうか。
そう。教会では基本祓魔師が加護を付与することはない。教会所属の、信徒とのみ関わっている神父が対応するのだ。それも神父の日々の仕事のうちの一つ。しかし、祓魔師が加護を付与してはいけないというルールもない。
「…お与えしたらいかがですか?」
その様子を隣で静かに見守っていたデイジーが、エリオットへこそっと伝えてきた。
「…。」
「…。」
(…くそっ)
デイジーの視線は強い。信仰深いデイジーのことだ。彼女らも自身と同じように信仰深いがために、エリオットに加護を与えてほしいとねだっているのだと思っているのだろう。
その目力に負けたエリオットは、再び内心悪態づいて女性らに笑顔を向けた。トントントンッと流れ作業で女性らの額を人差し指と中指で突く。
「あなた方に幸運と祝福を…。」
「…はい。ありがとうございます…。」
短い関りだが、頬を染め、もじもじと上目遣いをしてくる女らを見ないようにエリオットはデイジーの手を引いて教会の扉を開く。未だ背後できゃっきゃと黄色い声を上げている女性らを振り返った。
「…それでは皆様、良い一日を。」
――パタン…――
「…はぁ…。」
教会へ入ると、扉に背を預けエリオットは思わずため息をついた。普段だと出待ちしている女性らが居ても挨拶をしながらスルーして教会の中に入っているのだ。今日はデイジーが居たためそれが出来なかったのだが。
「…あ、あの、…なんだかすいません…。…余計なことを言ったみたいで…。」
――…余計なことを言った自覚はあるようだ。
エリオットに手を握られたまま隣でおろおろとしているデイジーを、エリオットは横目で眺める。
「…なんだか、その…、加護の祈りや、感謝の言葉もやや足りず…。…加護を欲しているというよりかは、エリオ神父との関りを求めているようでして…。それに気づいたのが、遅くてですね…、その…。」
しどろもどろになりながら言い訳をしているデイジーを見ていると、疲労していた精神が回復してくる気がした。気持ち的な面で疲れたのだろう。実際加護を与えるぐらいでは疲れはしない。女が嫌いなわけじゃない。だが、仕事でああやって群がられるのが嫌いなのだ。仕事の時は容姿に惑わされず祓魔師として扱ってほしい。それに、女は自分が欲しい時に居ればいい。…最低か。
エリオットは握っていたデイジーの手を放し、その手でデイジーの顎に手を添えくいッと上向きに力を入れた。
「…?」
デイジーはきょとんとした顔をしながらも何も言わず、エリオットの手に従って顔を上に向けた。その額にエリオットはトンッと指を突く。
「…あなたに幸運と祝福を。」
「…ふふ。」
「…?」
「…精霊のお力感謝いたします。あなた様へも神のご加護がありますように。…先ほどの方々の分も、私から感謝と祈りを…。」
笑い出したデイジーに疑問に思っていると、瞳を閉じながら笑顔でそう感謝の言葉を伝えてくるデイジー。両手を合わせて祈りのポーズも忘れない。
やはりデイジーの反応は新鮮で、逆にエリオットが心を洗われるような気持にさせられてしまう。
「おーい!エリー!今から朝飯か!?」
二人だけの静かな空間の中で、第三者の大きな声が響き渡った。エリオットはそっとデイジーから距離をとる。
背後からかけられた声にエリオットが振り向くと、声をかけてきた人物は驚いた様子で慌てだした。デイジーがエリオットに隠れて見えなかったのだろう。
「あっ…!エ、エリオ神父…。今から朝食ですか…?」
「…あぁ。控室で食ったらすぐに祈りをささげて祓魔部屋に行く。信徒が来る前に礼拝堂行かないと、女らがうるさくてたまらん。」
「え、…お、おい…。」
エリオットの発言を案じたのだろう。赤毛で短髪の男がデイジーをちらちら見ながら狼狽えている。その様子を見ているのも面白いが、早く朝飯を食べに行かなければ。
「こいつは素の俺を知っているし、今更取り繕ってもお前のさっきの発言も聞かれてる。」
「いや、…え、…そうなの…?」
「ふふ…。デイジー・ローズと申します。…もし、不都合でなければ、そちらも気を使っていただかずに、素で結構ですよ?」
デイジーがふわっとした笑顔で目の前の男に伝えた。いつものかわいらしい花の様な笑顔だ。すると、目の前の男は何を思ったのか両手を組み、デイジーの前で跪いた。
「…なんだ、この子は…、俺のもとに舞い降りた女神か…?」
「あ?何馬鹿なこと言ってんだ、ジャック…。」
なんとなく危険な香りがしたエリオットは一歩前に進み、目の前の男、自身の同期の祓魔師、『ジャック・ベイク』からデイジーの姿を隠す。
「なっ!エリー!何が馬鹿だ!俺は俺の女神を見つけたんだっ!」
「何が俺の女神だ。気色悪ぃな。…こいつは俺の依頼主だ。危険人物から守らないと。」
「俺のどこが危険人物だ…!」
妄信的にデイジーを見つめるジャックに呆れつつ、デイジーへ視線を移すと、きょとんとしながらジャックを眺めている。
「…こいつ、俺の同期。一応祓魔師のジャック・ベイク。」
「一応ってっ!俺だってお前ほどじゃないけど才能があるって言われてんだぞ…!」
「今のお前はなんか変態臭がする。」
「なにぃ!?」
「…ふふ、…仲が良いのですね。」
「…はぁ?」
エリオットとジャックが言い争っているのをどのように解釈したのか、再び微笑みだしたデイジーに、エリオットは半目で背後を振り返る。
「…俺の女神…。」
そして視線を戻すと目の前には祈るように自身の背後にいる人物を見つめている同期。エリオットは「やってられるか」と同期を無視してその場を離れた。
控室で教会に来る途中買ったサンドウィッチを食べ終えた二人は、礼拝堂で祈りをささげる。まだ信徒は教会内へは入ってこない。静かで厳かな礼拝堂の中、ステンドグラスが朝日を浴びて煌びやかに輝いている。
悪魔祓いの前の祈りは簡単なものでいい。神の信仰を再確認するためのものだからだ。悪魔祓いが成功するか失敗するかは単純に祓魔師の腕前がものをいう。精霊をうまく扱いきれるかということも重要だが、経験則や知識、体力や戦闘術なども必要となってくる。
自身の祈りが終わったエリオットは、横で祈りをささげているデイジーをチラッと見た。
(…俺の女神、か…。)
静かに祈りをささげているデイジーはどこか神聖な感じがして、キャソックを着ている自身よりも神に近いように見える。デイジーから溢れ出ているこの雰囲気はなんなのだろうか…。
「…エリオ神父…?」
「…っ!…あ、あぁ…。終わったか?」
「はい。待っていてくださったのですね。ありがとうございます。」
デイジーを見つめながらぼーっとしていたエリオットは、声をかけられハッとする。気づけばデイジーは祈りが終わっていたようだ。立ち上がったデイジーに続き、エリオットも立ち上がる。そして、徐にデイジーに手を差し出した。
「…ん。行くぞ。」
「…?…ふふ…。はい。」
はじめこそ疑問に思ったようだが、デイジーは何のためらいもなくエリオットの手を取った。
普段依頼者の手を取って誘導することなどない。
しかし、なんとなく。デイジーが本当の女神のように見え、急に消えてしまいそうな儚さまで感じたエリオットは、ぎゅっとデイジーの手を握って礼拝堂を後にした。
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