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第零章 天女の始まり
32 傷を負った妖の子
しおりを挟む――――ドゴーン!!!
翌朝、徳は屋敷まで揺らすようなけたたましい音で目が覚めた。
音で起こされたが、いつもよりも日が高く上がっている。寝坊してしまったようだ。それはさておき…――、
「も、もしかして…!?」
音の発生源は分からないが容易に検討がつく。徳は寝巻の小袖のまま急いで部屋から飛び出した。
徳が佐助の部屋へ到着すると、すでに佐助と千代は部屋の前に居り、中の様子を見守っていた。徳も同じように中を覗く。すると、中には信繁と、黒い羽根で宙に浮き、傷がまるでなかったかのようにピンピンしている妖の子が対峙していた。
「お前ら…!おれをこんなところに閉じ込めてどうするつもりだっ…!」
「落ち着けと言っている。別に悪いようにはしない。」
「人間のことなんて信用できるかっ…!」
興奮気味の妖の子が、ボンっと宙に大きな扇を出現させ、その扇を縦に仰いだ。すると竜巻の様な強い風が部屋の中で吹き荒れる。しかし、信繁は顔の前で刀を縦に構え、その風が身体にぶつかる前に見事打ち消す。信繁には影響はない突風だが、信繁の背後、結解内の襖障子がガタガタと激しく揺れ、今にも部屋は壊れそうだ。
「お、おれの部屋がー…っ!」
「佐助さん!それどころじゃないですよ!…どうしよう、私がこの子を連れてきちゃったから、信繁様が…。」
「おー。妖の坊主起きたのか…。」
「げっ!才蔵!お前なぜここにいるのだっ…!昨夜は気配を感じなかったのに…っ!」
「んー。興味本位。」
「欲深い人間どもめっ!」
そう言い放つと、またまた妖はどこから出したのか分からない横笛を吹き出した。
カー
カー
「え?カラス…?」
「…へー。面白いね。笛でカラスを呼べるのかな?」
音に反応するようにカラスが上空で旋回している。佐助はのんきに頭上に集まりだしたカラスに感心しているが…――
カーカー
カーカー
カーカー
「…それにしても、多すぎやしねぇか…?」
「…さすがに気持ち悪いです…。」
千代がうぅと唸りながら鳥肌が立っている腕をさすっている。確かに集まり方が異常だ。何千、何万と言えるほどのカラスの大群が屋敷の上空で旋回している。
「あ…、ちょっと嫌な予感が…。」
佐助がそう呟いた瞬間、カラスの大群が勢いよく徳らに向かって急降下してきた。
「うそ!?」
「うげっ…!」
「ぎゃー!!!」
「…しょうがない!今だけ結解の中入ろう…!」
襲い掛かるカラスに驚いて動けなくなっている徳、才蔵、千代、3人の背中を佐助が何かを唱えながら結解の中へ押し込んだ。
――水の膜を通るような不思議な感覚がした次の瞬間…――
バシン!
バタバタ!
バシン!
背後でぶつかる音がし、振り返るとカラスの大群が部屋の敷居の部分、何もない場所でぶつかっては落ちを繰り返し、黒いカラスの壁ができていた。間一髪だったようだ。
「ぅぐっ…!千代はカラスが嫌いになりそうです…。」
「…流石に気持ちわりぃなぁ。」
「おのれッ…!!おれのカラスたちを…!!」
「いや…、今のは俺達じゃないぞ…。そっちが勝手に飛び込んで来たんじゃ…――、」
「うるさい!!!」
信繁の発言を遮り、妖は先ほどの横笛を武器にとびかかってきた。横笛でも妖力が込められているのか、威力はなかなかあるようだ。信繁が刀で受け止めるが、見た目は子どもなのに、一撃は重い。
「…いい加減落ち着いたらどうだ。悪いようにはしないと言っているであろう…。」
「あんたら人間が悪いようにしないだと!?そんなわけあるか!それに、人間は嘘が得意じゃないかっ!」
「…だいぶ人間はあんたらに嫌われているようだな…。」
「そんなの、お互い様だろっ…!」
信繁の目の前で妖の扇が動いた…――。
「…っ!」
「主様!」
「―――やめなさいっ!!!!」
信繁が危険だと察知した瞬間、気づけば徳は叫んでいた。
すると、ピリッとしていた空気が一気にシーンと静まり返り、妖力なのか、チャクラなのか分からないが、重さを感じていた力も噴散する。
しかし、そのことに驚いたのは他でもない徳だ。
「…え?…いや、えーっと…?」
争いを止めたいではあったが、まさか自分の叫びで止むとは思っていなかった。止めたはいいものの、そのあとのことは考えてなどいない。皆の視線は当たり前だが徳に集中している。
「…あ、えーっと…、今日は天気がいいね!ところで、あなたの名前は…、…なんて、いうの…、かなぁ…?」
「「「「…。」」」」
(………間違えたっ!…絶対、話題間違えたっ!)
とりあえずは警戒を解こうと徳の口から咄嗟に出た発言は静寂を生んだ。沈黙が続く部屋で徳は皆からの視線に耐えきれなくなる。
「…いや…、そのぉ…――、」
「………………二郎坊…。比良山の二郎坊だ…。」
「…え…!?…あ、ありがとう…。二郎坊…?」
徳自身でも脈絡が無さすぎると思った矢先、意外にも妖は素直に名を述べる。
「…私は徳。越前の大谷徳だよ。よろしくね…?……私たちにあなたを傷つける気はないの。あー…、カラスたちのことは許してくれる…?」
「……。」
妖は何も答えないが、背後の壁になっていたカラスたちがもぞもぞと動き出した。バサバサと羽根をばたつかせ、皆何事もなかったかのように空へ羽ばたいていく。
「…どーなってんだ?」
才蔵がつぶやくが、誰も今の状況を分かっているものはいない。
「……。誰もあなたのことを傷つけないから、
――……どうしてあんなに怪我してたのか、教えてくれる…?」
妖が顔を下に向けているため、その表情は分からない。
徳は信繁が止めるのを無視して、妖の前まで移動すると、目線を合わせるために膝を折る。
「――…本当に、おれのこと攻撃しない…?」
妖が伏せていたその顔を上げた。目には涙が浮かんでおり、その瞳には少しの期待が滲みでている様にも見える。
「攻撃しない。約束する。」
「――うん…。」
徳が誓うと、妖は縋り付くように徳に抱き着き、徳の胸の中でしくしくと涙を流す。
「……あいつ、妖使いか何かか…?」
「徳様を猛獣使いみたいに言うでない。」
「いや、でもよ…!妖が子どもみたいに…!」
「子どもの妖なのだからしょうがあるまい。」
背後で口げんかしている才蔵と千代に、『またあの二人は…』と思いながら徳は胸の中の妖を見る。
(まだ幼い妖の子。人間をひどく憎んでいた…――。)
何があったのか聞きたいが、とりあえず徳はあやすように妖の頭をなでる。
寝坊したためすでに日はだいぶ高い位置にある。今日は昨日と打って変わって晴天の様だ。今になってやっと蝉の鳴き声が耳に入ってきた。
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