『天女伝:日本版悪役令嬢なんてごめんです!』~真田幸村の婚約者という悪役令嬢ポジを回避して、幸せ実家生活を満喫します!~

海(カイ)

文字の大きさ
46 / 71
第零章 天女の始まり

45 旅立ち

しおりを挟む
「お前、あんな人間なんかに力取られやがって…。」

 どれだけの時間固まっていたのかは分からない。一瞬だったのか、はたまた数分経ってしまったのか、太郎坊の声で徳はハッとなった。

「……そこじゃない。」

 思わず八つ当たりのように太郎坊を睨んでしまったが、そういえばこいつも口から力を吸おうとしていたなと思い出す。
 ショックはショックだが、悩んでいてもしょうがない。過ぎたことをくよくよしていてもなにも始まらない、とただでさえ現実的だった徳のかわいらしい年齢相応の部分がまた一つ失われそうになっていると、千代ががしっと徳の肩を掴んだ。

「徳様…。」
「え…?はい。」
「今すぐ忘れましょう。」
「え?」
「あいつは動物です。犬に噛まれたのです!」

 そう言いながら千代は徳の唇を手ぬぐいでごしごしと擦り始めた
「ちょっ!痛っ!痛いよ千代…!」
 千代の目がメラメラと燃えている。徳はもういいやと思っていたが、千代の方が滅茶苦茶怒っている。しかし、それとこれとは別だ。徳が千代を止めようとすると、横から腕が伸びてきた。
「千代殿、気持ちは分かるが落ち着け。」
「千代ー、こっちおいでー。」
 信繁が千代の手の動きを止め、佐助が向こう側から千代を呼んだ。千代がとぼとぼと佐助のもとに歩いていくが、残された二人の間には何とも言えない気まずい空気が漂う。

「…あ、えーっと、ありがとうございます…。」
「……。」
(…なに!?なんで無言…!?)

 とりあえず、千代を止めてくれたことに感謝を伝えるも信繁は何も答えない。そこで初めて徳は信繁の顔を見上げる。無表情で何を考えているのか分からない顔が、徳の足を見つめていた。

「…なぜ、素足をさらけ出しているんだ?」
「…え?…あー、走りにくくって…。」
 そういえばそうだった。裾を結び動きやすいようにしていたのだった。
「……。」
「っちょ!信繁様…!?」
 徳が素直に答えると、信繁は無言でしゃがみ込み、徳の脚に出来てしまった傷の傍を指でなぞった。
「傷がついている…。」
「ひゃっ!そ、そうですね!ごめんなさい!」
 指でなぞったと思えば、そのまま下腿を掴み、上目遣いで徳を見つめてきたため、徳はなぜか謝罪してしまう。
(…っ!…ちょっと待ってっ!まさかそんなとこ舐めたりしないよねっ!?)

 羞恥で混乱しているうちに、気づけば結ばれていた徳の裾は信繁によってほどかれ、衣服が整えられていた。

「…はぁ…。」
 信繁がため息とともに立ち上がる。徳はそれに合わせて視線が下から上に上がった。徳の恥ずかしい考えは杞憂だったようだ。しかし、信繁の何を考えているのか分からない瞳は未だ徳を射抜いている。緊張するが、なぜか逸らしたくも逸らせない。
「……頼むから、あまり無防備になるな。危機感を持ってくれ…。」
「…っ!」
「あんたからは目が離せん…。」
 そう言いながら次は徳の唇を指でなぞる信繁。その指使いがあまりに優しく、徳はなぜか泣きそうになる。

「今回のことは千代殿の言う通り忘れろ。」
「…は、はい…。」
「……行くぞ。」
 そう言うと信繁は踵を返し佐助と千代のいる場所へと歩いていく。徳は力が抜け、背後の木に背を預けた。どくどくと胸の拍動が止まらない。信繁が触れたところが熱を帯びている。先ほど吉明よしあきらとキスしてしまった時よりも、恥ずかしく、胸が苦しい。徳はこの気持ちの名前を知らない。知りたくない。


「…ダメよ徳…。私は一国の姫なんだから…。」
 気持ちを整えて、徳も皆のいる場所へ小走りで向かった。













◇◇◇◇◇

「えー!徳、もう行っちゃうのー!?」
 相変わらず日差しは強く照り付ける。蝉たちが今日も一層元気に鳴き声をあげている真田屋敷で、二郎坊の声が響いた。
「いや、ここは俺の屋敷だが…。」
「まだここに居てよー!一緒に居ようよー!」
「だから、俺の屋敷だ…。」
 陰陽師との一件があって3日後、敦賀城つるがじょうから便りが来た。吉継が心配していることや、皆が待っているという旨を伝える文だ。ここにも長居しすぎた。そろそろ城へ帰ることを伝えると、二郎坊が引き留めてくれる。

「はは…。でも、もうここでお世話になる理由もなくなっちゃたし、みんなも心配してるから…。」
「えー…。信繁も引き留めてよー!」
「…俺に引き留める権利はない。吉継殿が心配しているんだ。戻った方がいい。」
「…そうですよね…。…本当に、信繁様と佐助さんにはお世話になりました。ぜひお礼をさせてください。」

 信繁は引き留めないだろうとわかっていたものの、徳は少しショックを受ける自分に気づく。しかし、それを無視して話を進める。
「別によい…。大したことは出来なかったし。」
「そうだよー。姫さんいて俺らも楽しかったし。」
「ダメです!ぜひお礼を!」
「わたくしからも、お願いしまする!きっと吉継様もお二人にお礼をと申されるかと思いますぞ!」
「だがなぁ…。」
 信繁が徳と千代の二人を交互に見る。二人ともきらきらと目を輝かせ『絶対にお礼をしたい』という意思がまぶしく伝わってくる。

「……………じゃあ、いつか敦賀城の風呂に入ってみたい…。」
 根負けしたように信繁はぼそっと呟いた。

「…へ?お風呂ですか?」
「温泉を引いているんだろう?」
「あー、それいいね。」
「なるほど!承知いたしました!敦賀城の風呂はこれはもう言葉で自慢するに足りない素晴らしいものでして…――」

「――え、また、会えるの…?」

 千代が城の風呂自慢をしている最中、徳は心で思った言葉がぽろっと口から出てしまった。
 皆の視線が徳へ向く。

「あ!いや!あの、違くてですねっ!」
 口に出したつもりはなかったのに、一気に静まり視線を感じた徳は、自身の失敗を悟る。言い訳をするにもどういえば良いか分からない。


「――なんだ、会わないつもりでいたのか?」


「へ…?」
 信繁が小首を傾げ不思議そうに聞いてくる。

摂津国せっつのくにから越前国えちぜんのくに越前国えちぜんのくにから俺の故郷である信濃国しなののくにも果てしなく遠いわけではない。会おうと思えば会える。それとも、大谷の姫はもう会う気はなかったのか?」
「なっ違ッ!」
「なら、会いに行くさ。」
「っ…。………はい。」
 笑顔で述べる信繁に、徳は先ほど萎んだ気持ちが今度は温かくなる。

「俺も呼んでくれよな。俺だって今回役に立ったぜ。」
「お前居なくても何とかなったよ。」
「んだと!猿飛この野郎!役に立ってただろ!」
「いや、居ても居なくても変わんなかった。」
「というか、なぜお前はまだここに居るんだ。」

 急に話に乱入してきた相変わらず図々しくて自由奔放な才蔵。徳はなんだかんだ皆才蔵とも仲良くなったように思う。

「才蔵さんはどうするんですか?」
「あぁ?…まぁ、そろそろ依頼が来そうだから、一回里へ戻るわ。」
「そうなの?早く帰りなよ。」
「早く帰れ。」
「だから、お前ら俺に冷たくねぇか!?」
 仲良くなった…、気がする…。








「俺も一緒に越前へ行く。」

 急に発せられた太郎坊の声に、再び皆がシーンとなり、今度は視線が太郎坊へ集中する。

「え…、なんで?」

 思わず徳は聞いてしまったが、太郎坊はそれが不快だったのか徳を睨んだ。
「なんだよ。行っちゃいけないのかよ。」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…。」
「太郎坊が行くならおれも行く!」
 二郎坊が嬉しそうに挙手をしながら同行に賛同した。癒しだ。

「…まあ、いいんじゃないか?女子おなご二人で帰るよりは。」
 信繁の発言はもっともだが、急にどうしたのかと疑問に思ってしまう。しかし、太郎坊は母のことを知っていたのだ。そのことについて聞くも教えてくれないため、何か考えがあるのだろうと徳は思い直した。
「じゃあ、一緒にお願いします。」
「あぁ…。」











◇◇◇◇

 明朝早く、皆が真田屋敷の前に集まっていた。小鳥が囀り始め、一日の始まりを教えてくれる。
 別れにはあまりに清々しい朝だが、悲しい気分でも無いためちょうど良かったのかもしれない。



「…じゃあ、帰ります。本当にありがとうございました。」
「お世話になりました!…佐助兄さま、文を出します…。」
「はいよ。…会えてよかったよ千代。」
 猿飛兄妹が別れの抱擁を交わしている。この二人は初めのうちはぎこちなかったも今じゃとても仲が良い。見ていてうらやましい限りだ。
「は!俺はもう行くぜ。世話になったな。」
「「早く帰れ。」」
「ほんっと、腹立つ兄妹だぜっ!――じゃあな!」
 抱擁しながら才蔵に冷たい発言をする佐助と千代に、怒鳴りながらも才蔵はシュッといなくなってしまった。勝手に居座っていたものの思ったよりも味気ない別れだ。自由奔放な人物なので、それもそれで才蔵らしいか、と才蔵が消えた場所を徳が眺めていると、頭の上に何かがポンッと乗った。

「気を付けて帰れよ。」
「…はい。」

 信繁に頭を撫でられながら徳は信繁を見上げる。朝日で輝くまぶしい青年。誰の導きでこの場所に落ちてしまったのかは未だ分からないが、この出会いは徳にとって素晴らしいものであった。

「信繁様もお元気で。」

 こうして二人の出会いは幕を閉じた。暑い真夏の不思議な出会い。徳はよわい14で信繁が19の出来事であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...