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第二章 悪役令嬢物語の始まり
10 政宗の好奇心
しおりを挟む徳は駆け足で屋敷へ戻り、玄関の扉をピシャっとしめた。心臓がバクバクと五月蠅い。
「ね、ねぇ、厘さん…、さっきの話聞こえた?」
「…。」
ぼふんっ
「…町娘に土下座させたのか…?」
厘が徳の腕の中から離れ、猫から人の姿に変わった。信繁に言われたためか、胸元は見えているが、今日も小袖を羽織っている。
「やっぱり!?やっぱりそんなこと言ってたよねっ!?」
徳は青ざめる。思い当たることと言えば一つしかない。
『え!?ひ、姫さま…!?も、申し訳ございません。わたくし鈴と申します。』
『ちょ!え!?や、やめてください!』
『ひゃっ…!そんな!姫様!汚いのでお立ちください!』
『いやいや!あなたもじゃあ立ってください!』
そう。鈴と初めてしゃべったというか、お互い自己紹介した時――
(…でも、私だってあの時腰を低くしていたし、そもそも様子を見てたら土下座させたとかそんな雰囲気じゃなかったことなんて分かるはずなのに…。なんで…?)
一瞬鈴の顔が思い浮かんだが、徳はそれを首を振って打ち消す。
(そんなわけない。鈴ちゃんがそんなことするわけない…。)
悪役令嬢の断罪ストーリーでは、悪役令嬢が主人公である場合、ヒロインが嘘の供述で婚約者である悪役令嬢を陥れるような話だってあった。
しかし、あの毒心とは無縁の鈴だ。徳は鈴がそのようなことをしないと思っている。
だが徳は胸が圧迫されているような不安に陥る。これは嫌な流れだ。
(私の悪役令嬢的ポジションは変えられなくても、私が鈴ちゃんをいじめたりしなければ、悪役令嬢にはならないよね…?)
「おーい!徳ちゃーん、居るかー?」
「…っ!?」
その時徳を呼ぶ声が響いた。いろいろと考えたいことはあるが、今は冷静になるべきだと徳は自分に言い聞かせる。
(落ち着け。今何か考えても、冷静な判断は出来ない…。)
来客を対応する気分ではないが、むしろ丁度良かったと徳はポジティブに考える。
「…はーい。今行きます!…厘さん、私ちょっと行ってきます。」
「…大丈夫か?」
「はい…。まだ、大丈夫です。」
色々と情報を仕入れないと、先ほどの話だけでは分からないことばかりだ。徳は心配そうに見てくる厘をその場に残し、無理やり気持ちを切り替えて外に出た。
「よぉ。また来たぜ。」
「政宗さん…。おはようございます。」
「ん。」
「どうしたんですか?信繁様はもうお城へ向かわれましたよ。」
「別に俺は秀吉様にしょっちゅう会わなきゃいけない訳じゃないからな。…ところで…、」
ぎゅむっ
「なんでふか…。」
徳は急に政宗に両頬をつぶされ、無理やり上を向かされる。まじまじと無遠慮に見つめてくる政宗と目があった。
「いや、なんか変な顔してんなって思って…。」
「それは、まさふね様が顔つふしてるからじゃないでふか!」
いきなり失礼なことを言い出す政宗に徳はイラっとする。
――しかし、信繁しかり、政宗しかり、なぜこの世界の男たちは、こうも女性にためらいもなく触れてくるのだと、政宗の手から逃げようともがきながら徳は疑問に思う。おかげで今まで男性との接触がなかった徳はどんどん免疫ができてきている。
「だってなんてーか…、この世の終わりみたいな顔してんぞ?昨晩何かあったか?」
「…っ!?…いえ…、なにも…。」
そして、なぜこうもこの世界の人々は鋭いのか。
徳は今まで哀しみや苦しみ、寂しさなどは決して顔には出さなかったし、気づかれたことがなかった。出してはいけないと考えていたのだ。出してしまえば施設の人に迷惑をかけてしまうから。
しかし、生死をかけて生き抜いているためなのか分からないが、この世界の人々は容易に徳の感情を読み取る。
頬にあった手が徳の頭を撫でる。
「何があったか分かんねぇけど、話ならお兄さんが聞いてやるぜ?」
「…いえ、…大丈夫です。」
「…そっか。」
しかし、気持ちを悟られたとて、このことは政宗に話せるようなことではない。不確かな要素ばかりで、鈴を疑ってしまった自分も徳は嫌なのだ。
「うわ!なにすんですか!?」
急に政宗が徳の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「ははっ。元気出せよ。」
「…。」
政宗なりの励ましだったようだ。
徳は政宗を見上げる。やはり太陽のように眩しく笑う人だ。
◇◇◇◇◇
「でだ。俺は徳ちゃんのことが大いに気になる。」
「…はい?」
場所を変え、大谷陣屋の客間。お茶をすすりながら急に真剣な表情で話し出したと思えばこれだ。
「いや、実際のところどうなの?あんたは人間なのか、妖なのか。」
「…そんなこと言われましても…。…あの、近いです。」
政宗がぐぐぐと近づき、徳を凝視しながら尋ねてくる。徳は返事をしながら政宗の肩を静かに押し戻す。
「昨日聞きたかったけど、あいつらいただろ?だから聞けなかったけど、マジ、どうなってんの!?あんたから時々妖力が漏れるだろ?でも、あんた大谷さんとこの娘だっていうし!大谷さんから妖力感じたことないし、徳ちゃんは何がどうなってこうなったんだ!?」
目をキラキラとさせながら早口でしゃべる政宗に、徳は気が遠くなる。
「いやー、人間ですよ…。はい。」
最後の「多分」という言葉は心の中で発した。徳だってそれは良く分かっていない。人間と妖のハーフというのだろうか。人間でも妖でもどっちも正解っちゃ正解だ。
「じゃあ、なんで妖力が流れてんの?妖力使えるってことは妖の血が混じってんだろ?大谷さんが妖と枕を交わしたってこと?」
「なっ…!?」
政宗の遠慮のない質問に徳は赤面して狼狽えてしまう。
「え?あ、あぁ…、ごめんごめん。興奮してつい…。…気が強いわりにあんた意外と初心なんだな。」
「…うるさいです。とりあえず、私からこのことについて政宗さんに言えることはありません!妖力なんて気のせいです!」
「はあ?今更隠しても遅ぇよ。」
「…。」
(――でしょうな。)
徳自身無理があると思っているが、ここはそれで押し通すしかない。
「別にあんたが妖だろうと混血だろうと、言いふらしたり悪いようにはしねぇよ。ただ単に、知りたいだけだ。知的好奇心だな。うん。」
「………そうですか…。」
政宗はいまだに目をキラキラとさせ徳を見つめている。まるで大型犬の様だ。
徳は大いに困う。悪い人ではなさそうなのだが――
「はぁ…。私たち昨日知り合ったばかりじゃないですか。仮に、私が何か隠し事してたとしても、会ったばかりの人に言えることなんてないと思います。」
「……………まぁ、そりゃそうだな…。」
「…。」
意外とすんなりと引き下がる政宗に、徳はほっとするのと同時に少し驚く。
昨日もそうだったが、政宗は無理には聞き出そうとはしない。押しが強そうで、意外にも相手のことを考えてくれるのだ。
徳は政宗を横目で盗み見る。何か考え事をしているようだが、顎に指をあて真剣に考える様子は、さすが道中で女子に黄色い声援を送られるだけはある。
「よし!分かった!」
「……何ですか…?」
徳がこっそり覗いていると、急に声を上げ徳へ視線を戻した政宗。何やらいい考えが浮かんだらしい。政宗はニカっと眩しい笑顔を浮かべるが嫌な予感しかしない。
「俺、今日からここ泊まるわ。」
「…は!?」
「だって、お互いを知るためにも、時間が必要だろ?なら、一緒に過ごす方が手っ取り早いし、あんたも一人じゃなくなるし安全じゃん?」
「いや!結構です!それに、ここの管理者が夜は来てくださるから私ひとりじゃないし!」
「あ、そうなの?じゃあ、俺の陣屋から人はよこさなくても大丈夫そうだな。あー、でも小十郎は一緒に居座るだろうからなぁー…。」
何やら勝手に話を進めている政宗に徳は焦る。
「いや、だからなんで政宗様がここに住むことになるんですか!却下です!却下!!私だって一国の姫なんですよ!?そんな事したら変な噂が立っちゃうじゃないですか!」
「……あー、それもそうだな…。」
「もう!とりあえず、その話は絶対に却下ですからね!押しかけてこないでくださいよ!?」
「へいへい…。」
政宗は納得してくれたようで「んー、じゃあどうすればー…」と独り言ちている。
(本当に、なんでこの小説の男どもはこんなにぐいぐいとフレンドリーなのよー…)
徳は痛む頭に眉間を揉んでいると横から感じる視線。
「…………何ですか今度は…。」
視線の正体は政宗だ。まぁ、この空間には徳と政宗しかいないのだが。
急に真剣なまなざしで見つめられ徳は狼狽する。
「徳。」
「っ!?」
急に名前を呼び捨てで呼ばれたことにも驚いたが、政宗が徳の両手を包み込むようにして握ったため、徳は大いに驚く。
「な!なにっ…!?」
「俺、本当にあんたのこと悪いようにはしないから。」
「はい!?」
「俺、あんたからの信用得て、あんたがいつか、自分から話してくれるの待つから。」
「なっ…。」
「だから、――…お願いだ!一晩だけここに泊めてくれ!俺は妖をこの目で見てみたいんだ!」
「……だ、っだから!それは却下って言ったじゃないですか!」
「いや、でも夜になったらもしかして妖たちが現れるかもしれねぇじゃん!徳のことはもういいから、待つからさ、妖を見てみたいんだよ!」
政宗から手を引き抜こうと力を入れるも政宗はそれを逃がさない。
話の内容は色気のイの字もないようなものだが、相手が相手だし、状況が状況だ。傍から見れば睦事にも見えなくもない。
(あーもー!!無駄にイケメンなのよー!!)
「妖なんていません!今日は帰ってください!」
「そんなつれないこと言うなよー!」
徳と政宗の攻防はしばらく続いた。
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