『天女伝:日本版悪役令嬢なんてごめんです!』~真田幸村の婚約者という悪役令嬢ポジを回避して、幸せ実家生活を満喫します!~

海(カイ)

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第二章 悪役令嬢物語の始まり

18 戸惑いと自覚

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「……主様…?姫さんものすごい勢いで帰っていったんですけど…。」



 真田陣屋のもう一人の住人、佐助は薄暗い奥の間へ恐る恐るという感じで声をかけた。その部屋の中にいた人物、信繁はまるで尻餅を着いた時のように座っったまま固まっている。

「…。」
「…。」
「…えーっと、主様?」

 反応のない信繁にもう一度佐助が声をかけると、信繁はパタンと後ろへ倒れた。手で隠した顔の隠れていない部分。頬の傷に気づいた佐助はぎょっとした。

「…え、本当に何があったの?…主様、頬から血が出てますけど…?」
「…あぁ…。ひっぱたかれた時か…。」
「…は?」
「多分その時に爪が当たったんだろう…。」
「いや、そうじゃなくて…。…なにしたの?」
「………押し倒した…。」
「はぁ!!??」

 先ほどの徳の様子を見て信繁はため息が出る。身体をこれでもかというほど紅潮させ、目に涙を浮かべながら去っていった自身の婚約者。
 自身の行動は明らかに嫉妬だ。独占欲を抑えきれずに本人にぶつけたに過ぎない。信繁は、己の中にこんなにも熱く自制できない感情があったのかと驚くのと同時に、抑えきれずに泣かせてしまったことに自己嫌悪に陥っていた。

「はぁ。…最悪だ…。」
「……主様さ、そろそろ分かったんじゃない?自分の気持ちにさ。」
「…?」
「政宗様は会えてるのに、自分は会えなかったのが嫌だったんでしょ?それ、鈴でもおんなじことになる?」
「…。」
 信繁は考える。別に鈴とそのような状況になっても「そうなのか」、程度で終わるだろう。

 ――しかし、徳の場合は嫌だったのだ。ほかの男と仲良くしているという状況が。


「それにさ、おれはもし千代が姫さんとおんなじことしてきたらイライラするし、喧嘩にはなるだろうけど、押し倒したりとかそんな展開にはならないよ。そもそも、千代がほかの男と結婚するってなったら、その男に千代を取られたって思うかもしんないけど、千代の女としての幸せは俺が作るもんじゃないし。おれは千代を妹としか見てない。…で?主様は?鈴のこと、姫さんのこと、どう見てるの?」

 なぜ先ほどから佐助が鈴の話をするのだろうかと疑問に思いつつ、信繁は素直に考える。鈴は信繁の唯一の女友達と言っていい、信繁自身を見てくれる大事な存在だ。彼女には幸せになってほしいと思う。
 しかし、徳に至っては彼女がほかの男に微笑む姿や、彼女にほかの男が触れる様子を想像しただけでも胸が張り裂けそうになるのだ。

 以前目の前で徳が吉明に口づけられた光景は、信繁にとって衝撃的だった。
 吉明に刀を向けようとした手を佐助が抑えなければ、絶対にただでは済まなかったただろう。しかし、その時は怒りを抑えられていた。

 だが今はどうだ。婚約者となったからか、独占欲が止まらない。再会して、徳が手の届く環境に居ると認識してからというものの、徳に触れたくて、近づきたくてしょうがないのだ。
 信繁は今までこのような感情になったことがなかった。徳に対して抱いている感情は他の誰とも違う――。



「…………好き…、なのか…?女として…。」








「…はぁ…。…そうなんじゃない?しかも相当ね。」

 自覚した信繁は顔が真っ赤に茹で上がった。恥ずかしく感じのか、片手で覆っていた顔を両手で余すことなく隠す。それでも真っ赤な耳は従者に見えているのだが。

「……いや、なにをそんなに恥ずかしがってんの?普段の行動を恥じなよ。人目も気にせず姫さんに近づいてさ。」
「…うるさい。」
「ってか、遅っ。多分主様、摂津にいた時から姫さんのこと好きだよ。」
「……。」

 信繁は徳と初めて会った時のことを思い出す。確かにそうなのかもしれない。
 天女が舞い降りたと思ったのだ。美しすぎて。
 蜂蜜色とも薄紅ともとれる髪の毛がきらきらと輝き、ほのかに花の香りをまといながら急に落ちてきた少女。その放たれている大きな力に驚いたのもあるが、降ってきたときの美しさに一瞬息が止まったのを覚えている。

 その後、びくびくとしながらも発せられる凛とした声や、髪の毛の隙間から覗く細く白い首筋、目が合った時には彼女のすべてに惹きつけられていた。


「はぁ。これで一つは解決かなー。あとは鈴と姫さんだけど、鈴のあの様子だとそっちもそのうち解決するだろうけど…。」
「…俺は、美人が好きなのか?」

 佐助が自身の周りの気まずい三角関係について考えていると、信繁から普段聞かないような意味の分からない発言が飛び出した。

「…はい?」
「いや、思えば確かに一目ぼれなのかもしれない…。待てよ、後ろ姿が美しかっただけでも一目ぼれになるのか…?」
「…。」
 真剣に考えている信繁に佐助は頬がひきつる。

「…いや、そんな真剣に考えるようなものじゃないから!恋に落ちるって言うでしょ?しようと思ってするもんじゃないんだよ。気づいたら勝手に好きになってんの。」
「しかし、大谷の姫の容姿に惹かれているだけかもしれないじゃないか。」

 さすが、容姿だけで女が群がってくる信繁だ。自分もそういった人々と同じなのではないかと考えてしまっているのだろうか。

「美人が好きだったら、今までにもたくさん姫で美人でって人が主様をあの手この手で誘ってきてたじゃん。」
「いや、大谷の姫以外美しいと思ったことはない。」
「………あーっそ。」

 もはや佐助は面倒臭くなってきたが、ここでなぁなぁにしてしまったらまた話がこじれるかもしれない。佐助は信繁の横にしゃがみ込んで、子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「あのね、考えてもみてよ。姫さん、妖との混血だよ?妖の境遇についても、後継ぎについても、婚姻してもあんたら問題は山積みなんだよ?容姿だけに惹かれてるなら問題だらけでも良いから結婚したいなんて言わないと思うけど。
 …あんたは、あの容姿で、あの性格で、妖との血が混じっている『大谷徳』って女が好きなの。」



「………………そうだな…。」



「はぁ…。めんどくさ。」
「おい。心の声が漏れてるぞ…。」
「こりゃ失礼しました。」
「………ありがとう佐助。悪かったな。何かと気苦労を掛けただろう。」
「別に。…おいおい嘘だろっては何度か思ってましたけどね。」
「はは。…はぁ。気づいてしまえばすごく単純なことだな…。」
「…で、姫さんと鈴、どうすんの?」
「鈴?さっきからお前はなぜ鈴を出してくるんだ?」
「……いや、なんでもない…。」
 自身の気持ちに気づいてもやはり色恋は苦手なようだ。徳について考えだす信繁に、佐助は何も口を挟まないようにした。
















「まぁ、そんなに急いでどうされたのですか…?」
「はぁ、はぁ…。」
「大丈夫ですか!?…何かあったので?厘はいったいどこに…。」
 大した距離でもないというのに、走って大谷陣屋に戻った徳は、玄関で力尽きて膝から崩れた。

「…あっ、厘さん、置いてきちゃった…。」
「いかがなさいなました…?」

「…っ!」

 徳は先ほどのことを思い出し、一層身体が熱くなる。
「なっ!何にもないっ!!」

 目が回る。頭がぼーっとする。


「まぁ!徳様!!?」


 急に目の前がちかちかと弾けて、徳の意識は遠のいた。



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