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第二章 悪役令嬢物語の始まり
20 全回復と仲直り?
しおりを挟む信繁らが訪れてから三日後。徳が寝込んで三日目の朝、徳は残念なことに全回復していた。
「はぁ…、いろいろ考える時間はあったけど、会わなければ会わないほど顔を合わせづらい…。」
この三日間、徳はひたすら信繁の行動を思い返していた。もちろん思い返すたびに羞恥の波は徳を襲うが、徳は一つの答えを見出した。
(確かに…、状況が何であれ、私は信繁様と婚約しているんだから…、政宗様と二人っきりで会うっていうのはダメだった、よね…。)
妖たちが屋敷内に居るとは言っても、政宗が存在を把握していないなら、二人きりと言われてもしょうがないかと徳は反省していた。
政宗はまだ出会って間もない人物だ。徳へ貞操観念を植え付けるためにあのような行動をとったのだろうと、それ以外の理由が思い浮かばない徳はそれで納得していた。とはいえ、信繁のあれはさすがにやり過ぎではないかとも若干思っているのだが――
(…信繁様は存在自体が『THE・色気』って感じなんだから、あんなことされたら心臓がいくつあっても足りないよ…。)
徳のちょっとした愚痴は置いておいて、その時は羞恥でいっぱいだった徳だが、冷静になった今、徳へ実践的に注意を促した信繁の頬をひっぱたいてしまったことに申し訳なさと焦りを感じていた。
(どうしよう…。信繁様は何も悪くないのにひっぱたいちゃって…、本当に悪役令嬢みたいじゃん…。信繁様、怒ってないかな…。これがきっかけで婚約破棄とかになっちゃったらどうしよう…。いや、もうむしろ新たに婚活したほうがいいレベル…。)
信繁が訪れた時に謝っておけばよかったという気持ちと、こんな自分が国益のためとはいえ信繁の隣に立つことが申し訳ないという気持ちで徳は揺れ動いていた。
そして、鈴に関しても、毎日見舞いにやってきているようだが、屋敷門を開けていなかったため、見舞いの品を門前に置かせるしかないというひどい対応しかできていなかった。
(鈴ちゃんごめんね…。でも、妖たちが出迎えるわけにもいかないし…。それに、信繁様のことが申し訳なさすぎて顔が合わせられない…。もー、本当にどうしよう…。)
鈴に恋を応援すると言っておきながら、信繁とあのような出来事があり、徳は罪悪感しかない。
(はぁ…。これ以上拗らせちゃいけない…。私が上手く立ち回らなきゃ…。)
「…逃げててもしょうがないっ!戦え徳!!」
とりあえず信繁にはひっぱたいてしまったことへの謝罪。そして鈴にも見舞いに来てくれたのに対応できなかったことを謝罪し、信繁のお姫様だっこ事件は転んで動けなくなったとでも言っておこうと、心をいさめる徳。
(鈴ちゃんに嘘つくのは忍びないけど…、これで最後。…信繁様にもこれ以上関わらないから…。)
草鞋を履き、庭へと降りる。
徳にとっては久しぶりの外だ。春光を浴びて、伸びながら目を閉じて空気を肺いっぱいに溜めこんだ。
「よしっ!」
「…………元気そうだな…。」
徳が気合を入れてて目を開けると、『悩みの種その一』の信繁が目の前にいた。
「うぎゃぁっ!!」
「うぎゃぁって、姫さん…。」
「な、なんでいるんですか…!?足音ぐらい出してくださいっ!」
目を閉じていたのが悪かったのか。いや、それでも徳が目を閉じたのは一瞬だった。いつの間にか信繁と佐助が近くにいたのだから驚くのも無理はない。
「すまん…。門が開いていたから…、入っていいものだと思って…。」
「今、城から戻ってきたんだよ。そしたら丁度開いてた門から姫さんが見えたからさ…。」
確かに体調も回復したため、そろそろ会わなければタイミングを失ってしまうと思い、厘に門を開けさせたのだ。しかし、こうもすぐに顔を合わせることになるとは思わなかった。
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…いや、なにしてんの?話しなよ…。」
徳は謝らなければという気持ちと、気合は入れたもののやはり目の前に本人が居ると羞恥と気まずさが戻ってくる。
「…その、大谷の姫…。」
「はっはい…。」
信繁に先に話を切り出され、徳はビクッと身体が震えた。
(え…、どうしよう…っ。父上様、ごめんなさい…。もしかして、この婚約、私がダメに…――)
「――……この前はすまなかった…。」
「……………へ…?」
想像していた発言と異なり、徳は力の抜けた声が出る。
「嫌な思いをさせただろう…。」
なぜかしゅんとした様子の信繁に徳は戸惑う。
(…え、…怒ってない…?)
「体調は大丈夫か?」
「え…、あ、…はい…。……むしろ私の方こそ、婚約しているのに、無配慮で申し訳ございませんでした…。その…、頬は痛みませんか…?ひっぱたいちゃってごめんなさい…。」
「いや、俺が悪かった…。」
なぜかかなり落ち込んだ様子の信繁に徳は戸惑いを隠せない。ふと、ひっぱたいてしまった信繁の頬が気になり、視線をそちらにずらすと徳はビシリと固まった。
「…の、の、信繁様…!?」
「…?」
「な、な、なんですか、その傷…!?もしかしてっ、私が…!?」
信繁の美しい顔に傷痕が出来ているのだ。頬に出来ている治りかけの傷痕。しかし、そのきれいな肌には目立つ赤。
「…あぁ、どうってことない…。」
「えっ!?ってことは、私がひっぱたいたときに出来たってことですよね…!?」
徳はサーっと青ざめる。あの美しい信繁の顔に傷を作ってしまったのだ。
「た、…大変申し訳ございませんでした…。」
「?…いや、…俺が悪かったのだから、あんたが謝ることではない。」
「いえ!そんなことありませんっ!」
「それに…――
そなたが作った傷だと思えば、むしろ愛おしくも感じるのだ…。」
「………はい?」
徳は幻聴?と思いながら信繁を仰ぎ見た。どこかはにかんだ様子で笑顔を浮かべている信繁に徳の頭の中は疑問符しか浮かばない。
「……どこか頭でも、」
「打ってないよ。」
徳の発言は食い気味に佐助に否定される。だがしかし、おかしい。非常におかしい。この男はこんな甘い表情をする男だっただろうか。
「…あー、なんか吹っ切ったっていうかさ…。」
「…はぁ…。」
「…まぁ…、あんたら仲直りってことで良い…?」
佐助が投げやりに話をまとめる。すると、信繁は徳へと近づき、右手を取った。
「…っ!?」
「許してくれるか…?」
徳の指を、今にもその形の良い信繁の唇に触れてしまいそうな距離まで引き上げ、上目づかいで見つめてくる信繁。
(…っだから、なんでこの人はこんなにっ…!)
「ゆ、許すも何も、怒ってはいませんっ!でも、こういったことはやめてくださいっ!」
「こういったこと?」
きょとんとした表情で本当に分からないと言いたげな信繁に徳はさらに顔を真っ赤にしてしまう。なんと説明していいのか分からないからだ。
「っだからっ!信繁様は女の子にむやみに近づきすぎですっ!ご自身の容姿を自覚してください!」
「何がダメなんだ?」
「触れたくなるのはあんただけだ。」
(ひぃっ!!!!)
その言葉とともに、ちゅっと柔らかな唇が徳の指に触れた。指にかかる吐息と柔らかさに徳はぶわっと全身に鳥肌がたつ。
残念なことに、唇が指に触れた衝撃で、今の信繁の発言は徳の頭の中には入ってこなかった。
「だ、だからっ!!なんでそうやって厭らしく触れてくるんですかっ!!??」
「…?厭らしくしているつもりは無いが…。俺に触れられるのは嫌か?」
そう言いながら次は手首にキスをする信繁。思いもしないところに唇が触れ、キスされた感触もさることながら、普段とは違う視線と目が合ってしまい、徳は言葉にならない声が出る。
「~~~~っ!」
(だからこういうところが厭らしいんだってっ…!)
しかし、嫌か嫌じゃないかで聞かれると嫌じゃないから困っているのだ。だが、鈴の存在を忘れてはならない。目の前の人物がどんなに徳へ優しく接しても、恋人のように触れてきても、結局は自身とは結ばれることはない存在なのだ。ましてや悪役令嬢となってしまうのは御免だ。
「―――い・や・ですっ!!!!」
「…。」
「……おー…、すごい…。主様が振られた…。」
徳は赤らめた顔と羞恥で潤んだ瞳で信繁を睨みながら叫ぶ。するとピシッと信繁が固まり、佐助が空気を読まずに呟いた。
「とりあえず!信繁様は女の子との距離を学んでください!勝手に触れるのはいけませんっ!!」
「…。」
「…。」
「…分かった…。すまない…。」
予想以上にショックを受けている信繁に徳は狼狽えるが、ここはしっかり学んでもらわなければ困る。
「……んーっと…、じゃ、いったんこの前のことはこれで仲直りね…。これからのことは……、まぁ…また二人で考えて?」
佐助が再び話を締めくくる。二人の様子をずっと見ていた佐助は、先行きが思いやられた。
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