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二話
3
しおりを挟む僕は、死んだと聞かされていた父親について、この人に会えば何か訊けるかもしれないと考えていた。だけどいざ会った瞬間に、どう切り出していいのかわからなくなってしまって、結局あの日からずっと訊けないままでいる。それから時折この校舎裏に来て、初めのうちは適当な理由をつけてゴミ拾いや花壇の世話を手伝って、何か訊こう、何か訊こうと思っては失敗していた。
でもある日ふと、疑問が浮かんだ。先走っていた行動に、思考がやっと追いついたのだ。僕は、父親について何が知りたいんだろう、と。会ったこともない父親なんかの何を訊いて、それに何の意味があるのだろう。
そうしていつの間にかこんな風に、日比野さんの仕事を気まぐれに手伝うことだけが習慣化してしまった。
「掃除、ありがとうね」
軍手をはめた手を伸ばされ、ゴミ袋を渡す。彼が軍手をするのは掃除をするときではなくて、土を触るときだ。
「何かやるの?」
「ん? あぁ」
花壇の方へ視線を向ける。二つ並んだ花壇は、どちらもほとんど空いてしまっていて、まばらに雑草だけが生えていた。
「そろそろなにか植えようかなと思ってね。だけど今日は、雑草を間引くだけだよ」
「ふーん」
僕は花壇のすぐ傍にしゃがみ込み、日比野さんが雑草を抜いていくのをぼんやりと見て、時々自分でも小さな草を引いてみたりもした。
花のない囲いを見ながら、一か月ほど前のことを思い出す。春が終わるまでここにはチューリップが咲いていた。それが梅雨に入る少し前に、突然無くなった。いや、無くなったんじゃなくて、荒らされたのだ。花壇が踏み荒らされる事件は、去年もあった。
僕は腹を立てたけれど、日比野さんはいつもののんびりとした口調で「困ったものだね」と言うばかりだった。
まだ少し湿っている花壇の土を指先でつまむ。人さし指と親指の間で、ざらざらと土が擦れた。汚れるのは好きじゃないけれど、土の感触はけっこう好きだ。
「今度は何を植えるの?」
日比野さんは、うーん、と唸ってから「どうしようかなあ」と答える。どうやら新しい花が花壇に並ぶのはまだ先になりそうだ。
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