白に憧れても

夏木ほたる

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四話

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 花火大会から一週間、夏休みの最後の週末はこの夏初めての台風が日本に上陸するという話題でニュースが持ちきりになっていた。この辺りは台風の進路からは外れている。それでも天気は不安定で、ここ三日ほどは突然の大雨が何度か降った。

 土曜の早朝、南の方で台風が上陸した。部屋の窓から外を見ると、重そうな雲が浮かんでいるものの、雨は降っていなかった。午前中、僕はベッドに寝転んだまま、適当なラジオを聞き流しながら、読みかけの文庫本を開いたり、うつらうつら眠気に誘われたりしながら過ごした。夏休みは毎日がこんな調子だった。

 彰都は部活や家の手伝いで忙しそうにしているし、他にはわざわざ会おうと約束を立てるような友人はいない。一応所属している美術部にも、夏休みの間けっきょく一度も行かなかった。

 昼前、どうにも集中できない文庫本を閉じてようやくベッドから降りる。いつもなら午後になる頃に机へ向かって参考書を開き始めるけれど、今日は椅子の代わりにクローゼットに手をかけた。
 服を着替えて玄関まで行くと、リビングから母が出てくる。

「出かけるの?」

「うん」
「雨降るよ? どんどん酷くなるし」

 靴を履きながら、やめておいた方がいいんじゃない、という言外のアドバイスを背中で聞き流す。

「車出そうか?」

「いい。……あと、たぶん泊まってくるから」

 聞き返されないくらいには声を張り、母の返事を聞く前に外に出た。
 駅まで自転車を漕ぎながら、空に向かって息を吐く。雲は朝よりも色を濃くして、水分を含んだ重さでこっちに低くのしかかってきている感じさえした。

 雨は電車に乗ってすぐに降り始めた。
 ぽつぽつと窓にぶつかる雨音を見ながら、携帯を出して電話を掛ける。繰り返される呼び出し音を聞き続けてしばらく、相手が電話を取った。

「……はーい」

「……」

 喋る気はなかった上に、相手もそれをわかってくれるだろうという自分勝手な推量もあった。

「来るの?」

「……」

 うん、とだけ言ったつもりだったけれど、声にならなかった息だけが漏れる。溜め息のようなそれは聞こえてもいないだろうけれど、相手は答えた。

「いいよ」

 
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