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六話
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しおりを挟む「……それ」
僕はようやく口を開き、先生の机の上に置かれた瓶に向かって指をさす。ジャムなんかが入っているような手のひらサイズの瓶の中に、花が入っていた。
「ああ。貰ったんだよ。ドライフラワーだって。名前はなんて言ったかな……」
「千日紅」
「そうだ、それそれ」
小さな瓶の中には、千日紅の花が付いた部分だけがいくつも詰まっている。少し色褪せたピンク色にところどころ茶色が混ざっていた。
「日比野さんに貰ったんですか、用務員の」
「そうそう」
「じゃあ、レアものですね」
「そうなの?」
「たぶん、この校舎の裏に植えてあったやつですよ。でも他のはもう全部無くなっちゃいましたから」
泥だらけになった花壇は日比野さんが片付けて、もうあの場所には千日紅の欠片すら残っていない。
「そういえばそんな話、聞いた気がするな」
「日比野さんから?」
「あぁ」
「先生と日比野さんって、仲が良いんですか。関わり合いなさそうなのに」
どちらとも非常勤で、一方のデスクは事務室に、もう一方は美術室にこもっているような二人に接点があるのは意外だった。すると、先生は想像もしていなかったことを口にする。
「あいつは学生時代の、なんていうかまあ、友人だ」
「えっ」
「腐れ縁ってやつだな」
母親によれば、日比野さんは僕の父親を学生の頃から知っているらしい。じゃあ、もしかしたら、篠崎先生も僕の父親のことを知っているのではないだろうか。
そこまで考えたところで、僕は静かに息を吐いた。心の中ではいつもの疑問が浮かび上がる。そんなことを訊いてどうするんだ、と。
僕は自分から話を振ったくせに適当に相槌を打ち、それから「準備室、借りていいですか」と切り出す。僕がただ時間を潰すためだけに準備室を使っていることを知っている先生は、半ば呆れたように笑いながら「いいよ」と言ったあと、
「ああそうだ」
と続けた。そして、先生はポケットを探り、鍵を取り出す。「美術室」と書かれた緑色のプラスチックタグが付いたものだ。
「俺はそろそろ出るから、帰るときに閉めてってくれる?」
そんなことを言われるのは初めてだった。
「先生、今日は鍵当番とか?」
こちらの言いたいことがわかったようで、先生は笑う。
「俺に鍵は似合わないってか」
「施錠に気を配っているとは知りませんでした」
美術室は、誰もいなくてもほとんどいつも鍵が開いている。クラスの担任教師は教室の施錠に関して厳しいから、篠崎先生のそのあたりのルーズさには新鮮味を覚えるほどだった。
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