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十五話
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しおりを挟む先生が机上に置かれた小型の扇風機の電源を入れると、新しく火が付けられた煙草から出た煙がゆらゆらと窓のほうへ流れていく。二十センチほどだけ開けられた窓までたどり着く前に、紫煙は透明になって空中に消えた。時々この教室で嗅いだことのあった煙草の匂いが、いつもよりはっきりとわかる。
「人を叱ったりするの苦手なんだよね。教師に向いてないからさ、俺」
「先生は、いつから教師になりたかったんですか?」
「いつからだったかな……。高校で進路考える頃には決めてたと思ったけど」
「美術が好きだったから?」
僕の質問に先生はふっと笑う。
「俺が先生になりたかったのは、もっとフジュンな理由だよ」
「不純?」
いつもみたいに空中のどこかをぼんやりと眺めながら、先生は長い紫煙を溜め息のように吐き出した。
「高校ときに美術教師のこと好きになっちゃってさ。それで、同じもん目指したら卒業してもその人と関われるとか、もしかしたら一緒に仕事できるかもとか、思っちゃったわけ。美術教師なんて同じ学校にそう何人もいるわけないのにな」
「そんなに美人の先生だったんですか」
「いやいや。……おっさんだよ。冴えないおじさん」
先生は何かを思い出したのか、それとも煙草がそんなに美味しいものなのか、頬を緩ませる。
「あの、告白とか、したんですか」
「してないしてない。生徒と教師だし? そもそも男だし。篠崎少年にはハードル高かったよ。……でも卒業が近づいて、俺は何かやらなきゃと思い立った。何もしないで卒業したら絶対に後悔するって思ってさ」
「……」
「卒業前の冬、美術室でその先生をモデルにして絵を描いた。それで吹っ切れようって思ったのかどうか、……もう忘れたけど、とにかく描いた。でもその時に気づいたんだよ、先生が結婚指輪してること。その前の週って言ってたかな、先生が結婚したの。全然知らなかったし、知るタイミングも最悪。で、描いた絵は先生にあげるって話だったのに、結局渡すのやめて、……先生帰ってから黒いペンキを絵の上でひっくり返した」
煙草の先から灰を落として、先生は続ける。
「準備室のペンキ見て、久々にそんな昔のこと思い出したよ。一応先生だからな、教室とか備品とかの管理はしなきゃならないけど、正直、やった生徒を叱る気なんか全然湧かなかった。理由があるにしろ、ないにしろ、きっと俺じゃ理解できないことだろ。昔の自分がなんであんなことしたのか今になっちゃわからんが、たぶんあの頃の俺だって理由なんて説明できなかっただろうし。なんていうかさ、上手く整理がつけられないこととか、どうしようもないことってあるじゃん? ……まあだからって川瀬を叱らないのは教師として駄目なんだろうけどな。半分は言い訳だ。そもそも俺は人の上に立つなんて向いてないんだよ。本当はペンキひっくり返した時に、教師になる理由なんて無くなったのに、その頃の友達と一緒に先生になろうって約束してたってだけでずるずる教師になっちゃって」
ゆっくりと瞬きをした先生は再び煙を吐いたあと、僕をちらりと見て「なんかつまんない話聞かせたな」と少し笑った。
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