白に憧れても

夏木ほたる

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十五話

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 眉を顰める僕に、先生は明らかに焦って苦笑いを浮かべる。

「あぁ、いや。その……」

 そして口ごもる先生を見ながら、僕は思い出していた。先生は、僕の父親を知っているらしい日比野さんと昔から友人だった。だから先生もまた、僕の父親を知っているかもしれない。

 逸る鼓動と一緒に、それが確信に変わっていく。

「……僕の父親、知ってるんですか」

 二年半も口に出すことを迷っていた台詞は、呆気なく喉を通り抜けた。本当は日比野さんに訊こうと思っていたけれど、この際もうどっちでもいい。

「知ってるなら、教えてください」
「……」

 でも、先生は少し目を伏せたまま黙っていた。
 僕は咄嗟に灰皿のそばに置いてあったライターに手を伸ばす。掴み取ったそれを先生の顔の前へ突き出した。

「教えてくれなきゃ、……火、付けます。ここでボヤ騒ぎが起きたら、教室の責任者の先生が問題になりますよ。普段からここで先生が煙を吸ってたことは僕が証言できます」

「ちょっと落ち着きなさい」

 先生はそう言いながらも、どこか本気ではない様子だった。もちろん僕だって本当に何かに火を付けようとしたわけではないし、先生もそれを察していたのだろう。けれど、それがなんだかすごく悔しかった。欲しいものを手の届かないところへ取り上げられた子どもになったような気分で、地団駄を踏んで叫んでしまいたくなる。

「……なんでですか。僕はただ、自分の父親のことを知りたいだけです」

 視線を上げて僕と目を合わせた先生は、しばらくそうしたあとで、唇を重そうに動かした。

「お前の父親のことは、知ってる」

「……」
「口を滑らせておいてこんなことを言うのは、本当に悪いと思ってる。でも、この話をすることがお前の為になるのか、俺はわからない。聞いて後悔するかもしれんぞ」

 ライターを握りしめている手に力が入る。

「……三年になってから、いろんな先生に飽きるほど言われました。悔いのない最後の一年にしろって。僕は、この高校で真剣に打ち込んだことなんて何もなかったから、自分には、もっと頑張れば良かったとか、もっとあれをやれば良かったとか、そういうものなんか何にもないって思ってました。……でも、決めたんです。高校を卒業するまでにやりたいことが、こんな僕にもできて、それをやり遂げようって。準備室を荒らしたのを謝ることも、その一つでした」
「……」

「自分の父親について知ることも、やらなきゃいけないことの一つです」
「なんで、卒業までに?」

「僕の父親の知り合いがこの学校で用務員やってるって、母に聞いたからです。それで日比野さんを探して、結局あの人には訊けてないけど……。先生が教えてくれるなら、それでもいい。それに、……それに、これを逃したらきっと、もう一生わからないままなんじゃないかって思うから。父親のことを知って、それでどうするのかは自分でもあんまりわかんないけど、このまま訊かずに卒業して後悔するくらいなら、たぶん、知って後悔したほうがマシです」
「……」

「教えてください、先生。僕の父親は、どんな人なんですか」
 
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