市役所死前課

川嶋

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スリーサイド

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机にひとつ置かれている固定電話が鳴った。


「はい。市役所死前課です。死に関して相談でしょ
うか?」

電話先の悲しそうなつらそうな声。懐かしい声が受話器の先から聞こえる。

「ふむふむ。今辛くて死を望んでいると。
なぜ辛いのか簡単に説明出来ますか?」

数秒の間の後に、電話先から声がした。
掠れそうな、消えてなくなりそうな声。


「なるほど、彼氏に浮気され、親にも暴言暴力を、
そういうことですね。
どのような形で死を迎えようと考えておられます
か?」


「特に希望がないということですね。
となりますと、若いですよね。うーん、あ、は
い?ああ、痛くない方法ですか。
そうなりますと、時間がかかる死に方になります
が、大丈夫でしょうか?」

私は死を望んでいる。
と、決意した声が聞こえる。
でもこういう人は大抵、、、。

「なぜ確認をとの事ですが、
何せ、時間かかる方は、死を待つまでの間に「死
にたくない」と考える人が多数でして、成功率は
低いのです。
死に損なってもこちらとしたら、補償も対処もな
いので、ご自身で何とかしてもらうことになりま
すね。」

「方法ですと、「大量のユリの花に包まれて眠る」
「毒薬」などになりますね。やはり、確率として
は低いです。
もし本当に死にたいのであればこちらから手配し
ますが、いかがでしょうか?」

ほら、畳み掛けると、望んでいた死を考え始める。
心のどこか引っ掛かりがあるのが分かる。

「そうですね、これは私個人の意見ですが、
彼氏に浮気される人など星の数ほどおります。そ
の人々が今新たな恋人を見つけている。この世に
は何万もの人がいるのです。そこまで、その人で
はないといけない理由はありません。
また、親からの虐待なら、死を考えるでしょう
が、まず、あなたが死んでも親は生き、どこかで
笑ってる未来があるのです。私なら、それは許せ
ない。生きて復讐しますかね。例えば、お金持ち
になるとか。」

私の思ったことをそのまま声に出した。
電話先はまた黙る。

「でも、あなたが望んでいるのでしたら、こちらは
仕事なので、最後を迎える手伝いは致します。」

考えることはいいことだ。生きているうちに頭を使った方がいい。
死んだら考えることも無く、ただ平穏な日々がすぎるだけだ。

「はい?死ぬより、消えるように居なくなりたい?
ええ、出来ますよ。あなたが死んだ後、あなたが
関わった人達の記憶からあなたを消します。彼
氏、家族、あなたの生まれた病院の先生、親友。
全てから消し去ります。」

この手のことは、誰でも言う。
こちらとしたら、これも仕事。望まれるのであれば、作業は幾らでもする。

「あなたがいなかった世界で、普段通り生きてもら
う。こういうこともこちらで致しますよ。」

電話先からの疑問。
なんと答えようか。いや、本当のことを伝えよう。

「ん?私がいない世界は何も変わらないのか?
変わるわけないじゃないですか。ジャンヌ・ダル
クみたいな人でない限り、人はただ生きて死ぬだ
け、特に世界は変わらないですよ。
個人の脳が各々の世界を作り出してます。つま
り、あなたが今見てる世界はあなたしか見ていな
いのです。そこから、誰かいなくなったとして
も、世間では「自殺者1名」との数字しか残らず、
特に気も止められない。
変わるはずないでしょう?」

涙とともに蚊の音のような、小さなため息と、なにかの決意した声。

「はい?
やはり死ぬのを辞める?
そうですか、特にこちらとしたら問題は無いです
よ。
では、この相談はなかったことに致します。
ええ、大丈夫ですよ。
また何かありましたら電話お待ちしております。」

ごめんなさい。その一言が聞こえた。
いいんです。私、仕事がひとつ減って楽になったんですから。

「いえいえ、では、死役所死前課、_______です。
私宛にまたご連絡ください。」


「え?なんで、私と同じ名前なの?って。
笑わせないでください。
あなたが選ばなかった道を進んだ結果ですよ。
では、また、
私よりも長く長く時間をかけてこちらに来てくだ
さいね。」

相手からの電話が終わった。
静かな空間で1人過去を思い出す。
母からの優しい愛。父からの激しい痛み。
ぬいぐるみの柔らかさと、夜風の冷たさ。
元彼からの冷たい視線。
違う女の声。

電車の音、ブレーキ音。
自分の体から聞こえる悲鳴と何かが終わる音。

あなたが長く長くこの世を楽しみ、私の元へ来てくれた時、私はあなたを精一杯抱いてあげよう。

誰からもして貰えなかったあの日々から、
逃げた自分を少し憎んだ。
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