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第3章「不浄なる生命の緒」
第3章第1節「不浄なる生命の緒」
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アトランティスには夜が訪れない。そうは言っても、人々には睡眠が必要だ。黒い太陽が沈まなかったとしても、住民たちは疲労し休息を求める。それは、超能力者であるセツナとて例外ではなかった。
ジルと別れた彼女は家に帰ってからすぐに寝てしまった。目を覚ましたところで、何かが変わるわけではない。外は相変わらず薄明るいし、今が朝か夜かも分からない。もはや、規則的な生活などできなかった。
どれくらい寝ていたのだろうか。セツナがぼんやりと考えていると、ベッドの中で何かがもぞもぞと動く。それは感覚的に、彼女の胸のあたりにいるようだった。
「……イヴ。勝手に布団に入ってくるなって、私言わなかったっけ?」
寝起きの声で言うと、セツナは肘で上体を起こし布団を剥がす。すると、自身の腰に抱きつくようにして眠っていた少女の姿があった。
「でも寒そうだったから。一緒に寝れば温かいし……」
イヴは、セツナにぴたりと体を寄せて呟く。確かに彼女の体温は伝わってくるし、温かく感じないこともない。それでも、セツナの注意を聞かず何度も一緒に寝ようとするイヴには飽き飽きしていた。
「自分が寒いだけのくせに」
「もう、わたしが寒いってことはあなたも寒いってことでしょう?」
事実を言えば、イヴの言っていることはあながち間違いではない。不思議なことに、二人は感覚を共有することができる。お腹が空けば二人とも空腹になるし、お互いの感情を共感するという意味では一心同体とも言える。
「本来なら、パジャマっていうモコモコしててあったかい服があるの。寒かったらそれを着ればいいだけで、誰かと一緒に寝る必要なんてない」
セツナは抱きついたまま離れようとしないイヴにそう説明する。イヴはパジャマというものを知らないし、言ったところで理解してもらえるとも思っていない。
「でも、いつも下はパンツしか履いてないよね?」
案の定と言うべきか、イヴはセツナに口答えをする。
「……それは別にいいの」
よりにもよって変なところを突かれ、セツナはイヴをどかして無理矢理に起き上がった。
ベッドに残されたイヴもあくびをしながら、足を下ろして縁に腰をかける。彼女が着ているのは黒いワンピースで、セツナのお下がりだ。黒に近い茶髪はセツナより少し短く、耳にかけ直して彼女を見つめる。
偶然にも同じタイミングであくびをしたセツナは、シャツを脱いで下着姿になると別の服に着替えていた。
二人の身体は非常に似通っていて、背も同じ程度の高さで顔つきも瓜二つ。ただイヴの方が穏やかな表情で髪色も明るいくらいの違いしかない。なぜなら、イヴこそがセツナが妊娠した子供だからだ。
こうして二人が一緒に暮らすようになったのは、パラダイムシフトが起きてから。セツナが超能力に目覚めたのもほぼ同じタイミングだった。それから吐き気に襲われ始めて生理も止まり、妊娠の初期症状が起きるようになった。そしてある日、自分の子供だと名乗るイヴが現れたのだ。想像妊娠を受け入れるには長い時間を費やしたが、今では妊娠の症状は見られず子供のことも受け入れることができた。
とはいえ、見ての通りイヴはセツナと背は違わないし、言葉を喋ることもできる。子どもというより姉妹のようにも見えた。だが、イヴは確かに生まれたばかりなのだ。素直で疑うことを知らず純朴、パラダイムシフトが起きる前の世界を知らない。何より、イヴは幼い頃のセツナの生き写しそのものだった。外見に限った話ではなく、自分自身が幼い頃にしていた癖や思い込みも含めて、だ。
ブラウスを着て黒いタイツの後にスカートを履き、イヴよりも少し長いセミロングの黒髪をまとめる。イヴはまだ髪型を変えたことがなく、羨ましそうに自分の髪をいじった。
セツナが着替え終えるのを見届けたイヴは、この後のことを聞く。
「今日は何をするの?」
特に何かをすると決めていたわけではない。特別すべきことがあるわけでもないが、セツナはダイニングの方を見る。
昨日ジルとマリーから譲り受けたパンは全て食べてしまったらしく、テーブルには空っぽの紙袋が倒れている。棚に置いてある缶詰もまだ残っているが、いつ底をつくか分からない。そんな恐れからかセツナはストックに手は出さず、いつも散歩ついでに物資を探し歩いていた。その甲斐あってか、何もせずとも数日は食べていけるだろう。井戸から汲んできたバケツの水も半分以上残っている。急いで汲みに行く必要もないだろう。
結論から言えば、何かする必要はない。
「おいで」
それでも、セツナは机の上に置いてあった黒い手帳を拾って玄関へと向かう。
「出かけるよ」
彼女がイヴを連れて外へ出るのはいつものこと。むしろ、散歩に出かけるのは楽しみにさえ思っている。イヴはようやくベッドから立ち上がり、セツナの後に続こうとした。その矢先、イヴは開きっぱなしのクローゼットの戸に掛けられたマフラーを見る。セツナがしているのを見て自分もつけてみたかったのだろう。彼女が持って行かなかったのをいいことに、イヴはマフラーを取ってから家を出た。
ジルと別れた彼女は家に帰ってからすぐに寝てしまった。目を覚ましたところで、何かが変わるわけではない。外は相変わらず薄明るいし、今が朝か夜かも分からない。もはや、規則的な生活などできなかった。
どれくらい寝ていたのだろうか。セツナがぼんやりと考えていると、ベッドの中で何かがもぞもぞと動く。それは感覚的に、彼女の胸のあたりにいるようだった。
「……イヴ。勝手に布団に入ってくるなって、私言わなかったっけ?」
寝起きの声で言うと、セツナは肘で上体を起こし布団を剥がす。すると、自身の腰に抱きつくようにして眠っていた少女の姿があった。
「でも寒そうだったから。一緒に寝れば温かいし……」
イヴは、セツナにぴたりと体を寄せて呟く。確かに彼女の体温は伝わってくるし、温かく感じないこともない。それでも、セツナの注意を聞かず何度も一緒に寝ようとするイヴには飽き飽きしていた。
「自分が寒いだけのくせに」
「もう、わたしが寒いってことはあなたも寒いってことでしょう?」
事実を言えば、イヴの言っていることはあながち間違いではない。不思議なことに、二人は感覚を共有することができる。お腹が空けば二人とも空腹になるし、お互いの感情を共感するという意味では一心同体とも言える。
「本来なら、パジャマっていうモコモコしててあったかい服があるの。寒かったらそれを着ればいいだけで、誰かと一緒に寝る必要なんてない」
セツナは抱きついたまま離れようとしないイヴにそう説明する。イヴはパジャマというものを知らないし、言ったところで理解してもらえるとも思っていない。
「でも、いつも下はパンツしか履いてないよね?」
案の定と言うべきか、イヴはセツナに口答えをする。
「……それは別にいいの」
よりにもよって変なところを突かれ、セツナはイヴをどかして無理矢理に起き上がった。
ベッドに残されたイヴもあくびをしながら、足を下ろして縁に腰をかける。彼女が着ているのは黒いワンピースで、セツナのお下がりだ。黒に近い茶髪はセツナより少し短く、耳にかけ直して彼女を見つめる。
偶然にも同じタイミングであくびをしたセツナは、シャツを脱いで下着姿になると別の服に着替えていた。
二人の身体は非常に似通っていて、背も同じ程度の高さで顔つきも瓜二つ。ただイヴの方が穏やかな表情で髪色も明るいくらいの違いしかない。なぜなら、イヴこそがセツナが妊娠した子供だからだ。
こうして二人が一緒に暮らすようになったのは、パラダイムシフトが起きてから。セツナが超能力に目覚めたのもほぼ同じタイミングだった。それから吐き気に襲われ始めて生理も止まり、妊娠の初期症状が起きるようになった。そしてある日、自分の子供だと名乗るイヴが現れたのだ。想像妊娠を受け入れるには長い時間を費やしたが、今では妊娠の症状は見られず子供のことも受け入れることができた。
とはいえ、見ての通りイヴはセツナと背は違わないし、言葉を喋ることもできる。子どもというより姉妹のようにも見えた。だが、イヴは確かに生まれたばかりなのだ。素直で疑うことを知らず純朴、パラダイムシフトが起きる前の世界を知らない。何より、イヴは幼い頃のセツナの生き写しそのものだった。外見に限った話ではなく、自分自身が幼い頃にしていた癖や思い込みも含めて、だ。
ブラウスを着て黒いタイツの後にスカートを履き、イヴよりも少し長いセミロングの黒髪をまとめる。イヴはまだ髪型を変えたことがなく、羨ましそうに自分の髪をいじった。
セツナが着替え終えるのを見届けたイヴは、この後のことを聞く。
「今日は何をするの?」
特に何かをすると決めていたわけではない。特別すべきことがあるわけでもないが、セツナはダイニングの方を見る。
昨日ジルとマリーから譲り受けたパンは全て食べてしまったらしく、テーブルには空っぽの紙袋が倒れている。棚に置いてある缶詰もまだ残っているが、いつ底をつくか分からない。そんな恐れからかセツナはストックに手は出さず、いつも散歩ついでに物資を探し歩いていた。その甲斐あってか、何もせずとも数日は食べていけるだろう。井戸から汲んできたバケツの水も半分以上残っている。急いで汲みに行く必要もないだろう。
結論から言えば、何かする必要はない。
「おいで」
それでも、セツナは机の上に置いてあった黒い手帳を拾って玄関へと向かう。
「出かけるよ」
彼女がイヴを連れて外へ出るのはいつものこと。むしろ、散歩に出かけるのは楽しみにさえ思っている。イヴはようやくベッドから立ち上がり、セツナの後に続こうとした。その矢先、イヴは開きっぱなしのクローゼットの戸に掛けられたマフラーを見る。セツナがしているのを見て自分もつけてみたかったのだろう。彼女が持って行かなかったのをいいことに、イヴはマフラーを取ってから家を出た。
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