20 / 27
第4章「天国と地獄の狭間で」
第4章第1節「天国と地獄の狭間で」
しおりを挟む
勝手に外に飛び出したイヴを連れ帰ったセツナ。彼女はベッドで黒い手帳に目を通して落ち着いているが、イヴはそわそわと落ち着かない様子だった。というのも、イヴには初めての友達ができたのだという。
「お友達っていたらとっても楽しそう。一緒にゆうえんちに行ったり、きっちゃてんに行ったりして」
「きっちゃてんじゃなくてきっさてん。どっちにしろこの町にはダイナーかファミレスくらいしかないけど」
イヴが話している友達の観念は全て、図書館の本やセツナから聞いたものばかり。友達に対する認識は少しズレている部分があれど、憧れていることは十分に伝わってくる。
「友達なんて良いものじゃないよ。本当に楽をしたいなら、枷になるだけ」
憧れと現実には大抵の場合は落差が存在する。自分が思っているより、期待していたより。何も憧れに限った話ではなく、現実に直面した時に感じる溝は広く浅いものだ。
「そうなの? でも、ポポちゃんと一緒にいる時はすごく楽しそうだったよ」
現実的で否定的なことを言っている割には、セツナにも比較的親しい関係の人がいた。
アトランティスでひっそりと賑わっていたダイナー『Mermaide‘s Bublle』の看板娘ポポがその一人だ。
「全然。いなくなって清々した」
イヴはポポと話したことはないが、セツナと話をしているところを近くで見ていた。二人の様子はイヴの目から見ても親しげで、今のセツナの言葉とはあまり結びつかない。彼女の本心がどうかは分からないが、見せる横顔は寂しげに思えた。
そもそも、セツナは他人に対して冷たい。優しくないとまでは言わないが、必要以上の関心を持って接することがあまり多くなかった。
ポポだけでなく、マリーへの態度も同じだ。
「マリーちゃんは?」
「別に。どうでもいい」
無関心で冷たい物言い。言葉そのままで見ても刺々しいものが、冷たい声によって紡がれることで刃物の如く光る。実際に彼女の本心から出たからこそのものだ。
しかし、それだけが彼女の本質ではないことをイヴは知っている。
「本当に?」
「本当」
即答されただけでは引き下がろうとせず、イヴはセツナをじっと見つめる。生まれてからずっと彼女のそばにいたのだ。その中で、セツナがイヴにどれほどの感情を向けてくれているのかを感じ取っていた。
どれだけ大切にされているのか。それを頭ではなく心で分かっているからこそ、イヴはセツナのことを心の底から信じていた。きっと彼女なら分かってくれると。
「これ以上聞いたら怒るよ」
やや威圧気味に声を低くするセツナに対し、イヴは意地を見せる。
「平気だもん」
ここまで頑固になるのは珍しいことだった。イヴが勝手に外へ飛び出したことも初めてのことだ。セツナがいくら説得したところで、退くことはないだろう。彼女の意思が強く揺るぎないものであることは、目を見れば分かる。
向けられる視線にため息を吐き、セツナは問いかけた。
「そんなに友達に会いたい?」
深く頷くイヴ。
家に戻ってきてから、イヴの関心は友達に向きっぱなし。それこそが彼女を頑固にしているものであり、セツナの心配の種だ。
「教会に行けば会えるって言ってたよ」
セツナはイヴの熱心さに押され、渋々耳を傾けることにした。彼女の話す友達について。
「だいたい、あそこで誰に会ったの? イヴは私にしか見えないのに」
友達ができたと言われても、イヴはセツナ以外の人間には認識できない。超能力や魔力の関連は不明だが、セツナ一人で授かったイヴはあくまでも子どもの幻に過ぎないはず。そのイヴと友達になれる人など、果たしているのだろうか。
「えっと、確かラスヴェートっていう人」
「ラスヴェート?」
イヴが口にした名前について聞いたことはない。少なくとも、セツナが知っている人でないことは分かった。だが、問題はそこではない。
「うん。お外に出た時、わたしあの人と目が合って……」
イヴが言うには、ラスヴェートには自分が見えているらしい。目が合ったくらいでは気のせいかもしれないが、セツナ以外の誰とも目が合わない彼女のこと。勘違いの可能性は低いと見て、セツナは話の続きを聞く。
「それで探しに行ったんだけど、もうどこにもいなくて。でも、親切な人が教会にいるって教えてくれたんだ」
彼女が勝手に外に出て行った理由は、ラスヴェートを探すため。加えて、イヴはそこでラスヴェートではない別の誰かと出会ったようだ。
「親切な人?」
セツナが聞くと、イヴは申し訳なさそうに言った。
「名前は聞いてないの。けど、わたしとお話できたんだよ?」
少ない情報ながら、彼らの実在についてセツナは疑いを持つことはなかった。
イヴは嘘を知らないがゆえに嘘をつかない。それを疑うのは筋違いだ。
「だからわたし、教会に行きたいの。初めてのお友達になれるかもしれないから」
彼女の言うことを信じるか信じないかの話ではない。セツナにとって、イヴの友達になり得るかもしれない存在は二の次だった。
「…………」
セツナが何よりも心配なのはイヴのことだ。彼女が友達に会いに行った結果、どうなってしまうのか。今まで自分としか交わることのなかったイヴが、自分以外のものに興味を示している。裏を返せば、イヴを認識できる存在が町のどこかにいるということ。そんな存在を放っておいていいのだろうか。
イヴのためにも、確認しておいた方がいいのは間違いない。が、確認することが何を意味するのか。セツナはよく分かっていたからこそ逡巡した。
「お友達に逢いたいの。お願い」
それは、恐れと呼べるのかもしれない。いつの日か、必ず来る時の到来。
「……だめ?」
心の準備。それができるのを待たずして、セツナはイヴのおねだりを受け入れた。
「……分かったよ。私の負け」
「やった……!」
喜びから小さく跳ねるイヴ。よほど嬉しかったのだろう。
だが、セツナの表情は決して明るくなかった。ただあるがままの事実を受け止める。そんな厳然とした表情で、手に持っていた黒い手帳を握る手に力を込めた。
「お友達っていたらとっても楽しそう。一緒にゆうえんちに行ったり、きっちゃてんに行ったりして」
「きっちゃてんじゃなくてきっさてん。どっちにしろこの町にはダイナーかファミレスくらいしかないけど」
イヴが話している友達の観念は全て、図書館の本やセツナから聞いたものばかり。友達に対する認識は少しズレている部分があれど、憧れていることは十分に伝わってくる。
「友達なんて良いものじゃないよ。本当に楽をしたいなら、枷になるだけ」
憧れと現実には大抵の場合は落差が存在する。自分が思っているより、期待していたより。何も憧れに限った話ではなく、現実に直面した時に感じる溝は広く浅いものだ。
「そうなの? でも、ポポちゃんと一緒にいる時はすごく楽しそうだったよ」
現実的で否定的なことを言っている割には、セツナにも比較的親しい関係の人がいた。
アトランティスでひっそりと賑わっていたダイナー『Mermaide‘s Bublle』の看板娘ポポがその一人だ。
「全然。いなくなって清々した」
イヴはポポと話したことはないが、セツナと話をしているところを近くで見ていた。二人の様子はイヴの目から見ても親しげで、今のセツナの言葉とはあまり結びつかない。彼女の本心がどうかは分からないが、見せる横顔は寂しげに思えた。
そもそも、セツナは他人に対して冷たい。優しくないとまでは言わないが、必要以上の関心を持って接することがあまり多くなかった。
ポポだけでなく、マリーへの態度も同じだ。
「マリーちゃんは?」
「別に。どうでもいい」
無関心で冷たい物言い。言葉そのままで見ても刺々しいものが、冷たい声によって紡がれることで刃物の如く光る。実際に彼女の本心から出たからこそのものだ。
しかし、それだけが彼女の本質ではないことをイヴは知っている。
「本当に?」
「本当」
即答されただけでは引き下がろうとせず、イヴはセツナをじっと見つめる。生まれてからずっと彼女のそばにいたのだ。その中で、セツナがイヴにどれほどの感情を向けてくれているのかを感じ取っていた。
どれだけ大切にされているのか。それを頭ではなく心で分かっているからこそ、イヴはセツナのことを心の底から信じていた。きっと彼女なら分かってくれると。
「これ以上聞いたら怒るよ」
やや威圧気味に声を低くするセツナに対し、イヴは意地を見せる。
「平気だもん」
ここまで頑固になるのは珍しいことだった。イヴが勝手に外へ飛び出したことも初めてのことだ。セツナがいくら説得したところで、退くことはないだろう。彼女の意思が強く揺るぎないものであることは、目を見れば分かる。
向けられる視線にため息を吐き、セツナは問いかけた。
「そんなに友達に会いたい?」
深く頷くイヴ。
家に戻ってきてから、イヴの関心は友達に向きっぱなし。それこそが彼女を頑固にしているものであり、セツナの心配の種だ。
「教会に行けば会えるって言ってたよ」
セツナはイヴの熱心さに押され、渋々耳を傾けることにした。彼女の話す友達について。
「だいたい、あそこで誰に会ったの? イヴは私にしか見えないのに」
友達ができたと言われても、イヴはセツナ以外の人間には認識できない。超能力や魔力の関連は不明だが、セツナ一人で授かったイヴはあくまでも子どもの幻に過ぎないはず。そのイヴと友達になれる人など、果たしているのだろうか。
「えっと、確かラスヴェートっていう人」
「ラスヴェート?」
イヴが口にした名前について聞いたことはない。少なくとも、セツナが知っている人でないことは分かった。だが、問題はそこではない。
「うん。お外に出た時、わたしあの人と目が合って……」
イヴが言うには、ラスヴェートには自分が見えているらしい。目が合ったくらいでは気のせいかもしれないが、セツナ以外の誰とも目が合わない彼女のこと。勘違いの可能性は低いと見て、セツナは話の続きを聞く。
「それで探しに行ったんだけど、もうどこにもいなくて。でも、親切な人が教会にいるって教えてくれたんだ」
彼女が勝手に外に出て行った理由は、ラスヴェートを探すため。加えて、イヴはそこでラスヴェートではない別の誰かと出会ったようだ。
「親切な人?」
セツナが聞くと、イヴは申し訳なさそうに言った。
「名前は聞いてないの。けど、わたしとお話できたんだよ?」
少ない情報ながら、彼らの実在についてセツナは疑いを持つことはなかった。
イヴは嘘を知らないがゆえに嘘をつかない。それを疑うのは筋違いだ。
「だからわたし、教会に行きたいの。初めてのお友達になれるかもしれないから」
彼女の言うことを信じるか信じないかの話ではない。セツナにとって、イヴの友達になり得るかもしれない存在は二の次だった。
「…………」
セツナが何よりも心配なのはイヴのことだ。彼女が友達に会いに行った結果、どうなってしまうのか。今まで自分としか交わることのなかったイヴが、自分以外のものに興味を示している。裏を返せば、イヴを認識できる存在が町のどこかにいるということ。そんな存在を放っておいていいのだろうか。
イヴのためにも、確認しておいた方がいいのは間違いない。が、確認することが何を意味するのか。セツナはよく分かっていたからこそ逡巡した。
「お友達に逢いたいの。お願い」
それは、恐れと呼べるのかもしれない。いつの日か、必ず来る時の到来。
「……だめ?」
心の準備。それができるのを待たずして、セツナはイヴのおねだりを受け入れた。
「……分かったよ。私の負け」
「やった……!」
喜びから小さく跳ねるイヴ。よほど嬉しかったのだろう。
だが、セツナの表情は決して明るくなかった。ただあるがままの事実を受け止める。そんな厳然とした表情で、手に持っていた黒い手帳を握る手に力を込めた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる