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第4章「天国と地獄の狭間で」
第4章第6節「天国と地獄の狭間で」
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セツナの超能力による破壊は、アトランティスを一瞬の内に粉砕してしまった。複雑に砕かれた大地はそれぞれの形を保ちながら、空を漂っている。割れた大地から覗くのは暗い地底ではなく、赤い空。もはや、天と地、上と下の概念がなくなってしまった景色は、まるで水中に沈んだ町のようだった。そう、アトランティスは魔界を漂流している。いくら町から出ようとしても出られなかったのは、元の世界から乖離してしまったせいだったのだ。言うなれば、アトランティスという町はこの世から抜け落ち、あの世へ流されてしまっている。そのせいでこの世とあの世は逆転し、セツナたちは生きながらあの世に囚われていた。それこそが、アトランティスの忌まわしい真実。
そして、魔界に沈んだ町そのものを子宮として、新たな生命という名の災いが生まれようとしていた。
「これからどうするの?」
美しい白いドレスを身に纏ったイヴ。彼女は砕き散らされた町だった瓦礫を眺め、不安げに問う。
「もう此処にはいられない。二人で此処から出よう」
答えたのはラスヴェートだ。ラスヴェートの髪色は銀だが、イヴの髪は黒に近い茶色。彼が萎縮するイヴの髪を撫でると、彼女の髪には銀色が混じり始めていた。
二人がいるのは砕かれた大地の内、彼らが初めて出会ったあの広場だ。花が咲いている木はまだ木の葉を揺らしている。道路だった場所は亀裂によって削り取られており、少し進めば断崖絶壁となっていた。
「これからはずっと一緒にいられるんだ。僕は君の兄になれるし、君は僕の妹になれる」
「わたしが、あなたの……本当に?」
ラスヴェートの言葉に少し狼狽えつつも、イヴは彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。そこに、疑いの色はない。
本当の家族。イヴにとって家族と呼べるのはセツナだけだった。いつも一緒にいることができる大切な人。誰からも認識されることのなかった彼女は、友達を持つことを心から望んでいた。
「友達じゃなくて?」
ラスヴェートは友達ではなく家族になろうと言ってくれている。友達すらいたことのないイヴだが、家族というものが友達よりも深い関係であることを知っている。
だからこそ、彼が頷いてくれることを期待していた。友達よりももっと良い関係になりたい、と。
「あぁ、レンにも伝えよう。僕と君は兄妹なんだってね」
言いながら、彼はイヴの頬に優しく手を添えた。兄妹という温かな響きを閉じ込めるように。
心で感じたものと頬から伝わるものは同じ。イヴはその気持ちをもっと感じようとして、頬に添えられた手に自身の手を重ねて目をつむった。
「うん。嬉しい」
改めて、二人は向き合ってお互いを見つめ合う。ラスヴェートは柔らかく微笑み、視線を横に向ける。彼らが向かおうとする町の外を見つめて。
そんなラスヴェートと同じ方向を見つつも、イヴは少しずつ彼との間を縮めて甘えるように体を預けた。ぎこちない素振りではあったが、彼もまた頭を撫でて受け入れる。
二人はやがて、町の外に生まれることになるだろう。言い方を変えれば、二人は転生するのだ。天国と地獄から出るためには現世に生まれる必要があることと同じように。
しかし、イヴとラスヴェートは魔界で生まれた子どもだ。彼らが生まれるということは、魔界からの侵蝕に他ならない。彼らの意思に関わらず、彼らが生きるだけで災いとなってしまう。
二人はどこまでも純粋だ。ただ本当の家族として一緒にいたい。そのためだけに、彼らは世界を脅かしている。
「………………」
足音にラスヴェートが振り返ると、そこにはセツナが立っていた。彼に続いてイヴも気づくと、首を横に振る。セツナの存在を拒むようにして、イヴは動揺した声色で聞いた。
「ねぇ、どうしてあんなことしたの? あの人は……兄さんの大切な人なんだよ?」
セツナはラスヴェートの母であるドロシーを殺した。イヴには理由が分からない。いや、理由が分かったところで納得できなかっただろう。セツナがやったことはそういうことなのだ。
彼女もまたそれを分かっていて、言葉を返すことはなかった。
「なんとか言ってよ……!」
イヴはドロシーを知らないし、彼女がイヴを認識できたかどうかも分からない。だが、家族になれるかもしれないラスヴェートの母を見殺しにした事実は変わらない。
セツナ自身、イヴに状況を説明するつもりは毛頭なかった。会話することさえも億劫に思えたのか、彼女は静かにそれでいて容赦なく言葉を突きつける。
「あなたをこれ以上生かしてはおけない」
「どうしてそういうこと言うの……?」
声を震わせていたイヴの目は赤くなり、潤みを帯びている。ラスヴェートと出会えたこと、セツナから拒絶されたこと。二つの相反する感情に炙られた涙だった。普通の人間でさえ、自分の心の気持ちとは長い時間をかけて向き合う術を見つけていくもの。厳密にはまだ生まれてすらいない赤子同然のイヴが、二つの感情に揺すられて決壊するのは無理もないことだ。
「許してもらうつもりはないよ。私も、あなたを今日まで育ててしまった自分が許せないしね」
当然ながら、幻影妊娠をしたイヴを今日まで育ててきたセツナにも責任はある。魔界で生まれた忌まわしい事実を悟られないようひた隠し、いつかは寝首をかくことを決意していながら接してきたのだ。
「……わたし、あなたがそんな酷い人だなんて思ってなかった」
相反する感情に炙られた心に、とうとう怒りが芽生える。そんな状態のイヴを宥めようと手を置いたのはラスヴェートだ。
「大丈夫だよ、イヴ。『お前』には『俺』がいるだろ?」
以前よりも力強い言葉遣い。置かれた手に手を重ね合わせ、イヴは目を伏せた。心にぽっかりと穴のあいてしまった彼女にとって、ラスヴェートと彼の言葉は心強いものだった。イヴは確かにセツナを母として信頼していたのだ。それを裏切られた悲しみと絶望の全ては、彼女にしか知り得ないもの。
ラスヴェートは、そんなイヴの為にできることを分かっていた。彼女を守ることができるのは今、自分しかいないことを。
「俺には使命があるんだ。この町の外に出て、必ずや救世主として未来の覇王になること。本当にあるかも分からない未来の為に、俺はひとりで待ち続けてきた」
亡き母であったドロシーから伝え聞いてきたこと。彼はその使命を成し遂げるために生を受けたと信じてきた。といっても、彼は外の世界を見たことがない。彼にとって守るべきものが、見つけられていないも同然だった。言ってしまえば、未来に覇王になるといっても今は無意味なことなのだ。
「でも今は違う」
今の彼は外の世界よりも前に守るべきものを見つけ出していた。
「未だ見ぬ外の世界は守りようもないが、イヴを守ることなら俺にもできる」
言いながら、彼はイヴを庇うようにして前へ出る。
「これ以上、何ひとつ奪わせはしない。未だ見ぬ外の世界も、イヴのことも全て守り抜く。たとえあんたがイヴの母だったとしても────俺は未来を統べる覇王となる。此処にその未来を示してみせよう」
意思を覚醒させた彼はセツナを見据えていたが、彼女は反応を示さなかった。それに対し、ラスヴェートは少しだけ面白そうな表情を見せる。なぜなら、目を合わせることはできていたからだ。
「あんたには俺が見えてるんだろ?」
セツナはラスヴェートと確かに目を合わせている。家族以外からは認識されないはずのラスヴェートが見えるのは、イヴの母であるからこそ。たとえ想像妊娠であったとしても、魔力の緒で繋がっている以上はセツナも家族なのだ。
そして、ドロシーが言っていたように事実として子供を身籠ったからには責任を負わなければならない。
「目障りなくらいにね」
もし授かった子供が魔界の忌まわしい存在だったのなら、セツナは元の世界を侵蝕されるよりも前に引導を渡す必要がある。
セツナの言葉を受けて、ラスヴェートは鼻で笑った。言葉の裏に秘められた決意を嘲る。
もはや、本当の家族を見つけた彼らの行く手を阻めるものなどいない、と。
「目障りなのはあんただ」
ラスヴェートは苛立ちを隠せないまま、右手をセツナに向けてかざす。
すると、どこからともなく光のツタが現れた。それは、アトランティスの住人たちの魂を貪ってきた白黒の光。ラスヴェートは町の人々と同じように彼女を取り込もうとした。が、彼の想定していなかった事態が起きた。
「………………?」
小首を傾げるラスヴェート。なぜかといえば、セツナの魂を吸収することができなかったからだ。
一度は彼女の肩に達した光だったが、肉体を分解するよりも前に光は粉々に砕けてしまった。セツナは今も平然と立ち、肩のホコリを払う素振りを見せつける。
「そっちがその気なら俺も本気を出すとしよう……!」
挑発に奥歯を噛み締め、ラスヴェートは瞬く間にセツナとの距離を詰めた。そして彼は、手に喚び出した銀の魔剣を振りかざす。が、魔剣がセツナの首を落とすことはなかった。彼女は人差し指と中指だけで刃を受け止めていたのだ。
驚くラスヴェートをよそに、セツナは彼が斬りつけてきた魔剣を見る。
磨き抜かれて光を反射する銀と黒の細長い刀身。柄の部分には鍔がついており、持ち手を守るようになっている。何よりも目を引くのは、翼を象ったアームガードだ。その意匠についてセツナは本で見たことがある。
天国を作り上げたとされる生命を司る魔剣ライフダスト。
「死ね!」
たった二本の指と鍔迫り合いを続けていたラスヴェートは、魔剣を斬り返す。すると、二度三度とセツナの素手と火花を散らす。いや、彼女は厳密には素手ではない。未知の超能力によって剣を弾いているのだ。そのことに気づく頃には、ラスヴェートは魔剣ごと弾き飛ばされてしまった。彼は魔剣を手放さなかったが、後ろにいたイヴのもとへ突き返されてしまう。
まだ赤子同然であるラスヴェートでは、超能力者として既に覚醒した状態のセツナには歯が立たない。そのことに薄々勘づきながらも、ラスヴェートは立ち上がる。
「兄さん」
イヴはラスヴェートに声をかけると、虚空から何かを喚び出した。イヴの前を走る光は空間を裂いて線を引き、彼女が手をかざすと一振りの魔剣が姿を現す。
「わたしも戦うわ」
金と黒の装飾が目立つ刀身。魔剣ライフダストと同じ翼を象った意匠。
「魔剣デスペナルティ……まさか、あなたが持ってたなんて」
魔剣ライフダストと対になる魔剣デスペナルティ。地獄を作り出し死を司る魔剣は、セツナが長い間探していたものだった。アトランティスに魔剣ライフダストがあるのなら、魔剣デスペナルティもあるはず。それで、アトランティスが天国と地獄の狭間にあると証明できる。
しかし、今の彼女にとって証明は意味をなさなかった。
イヴとラスヴェート。魔界で生まれた子供たちの存在。それこそが、アトランティスが天国と地獄の狭間に落ちた証なのだから。
「そんなオモチャでまだ遊ぶつもり?」
セツナの問いかけに答えず、イヴはラスヴェートの隣に並び立つ。
「……見せてやろう。俺たちは一線を越え、生と死を携えて集う」
彼の言葉を合図にして、向き合った二人は頷き合う。
ラスヴェートは生命を司る銀翼の魔剣を。イヴは死を司る金翼の魔剣を。
一対の魔剣を天に掲げ、刀身を交わせてお互いを見つめ合う。
「こんな町とはもうおさらばだ。もっと、もっと広い世界を見に行くんだ。もう誰にも俺たちの未来を壊させはしない」
「この町とはもうさようなら。もっと、もっとたくさんのことを知りたい。もう誰にも私たちの明日を壊させはしない」
そう。彼らに悪意なんてものはなかった。善悪の判断がつくかさえも分からない。
何かを見たい。誰かに会いたい。
そんな純粋な欲求に身を任せるしかできない───抗うことを知らない彼らは気づくことすらできないのだ。
自らの存在が魔界に帰結するが故に、アトランティスと同じように外の世界を滅ぼしてしまうことを。
「「共に戦おう」」
言葉を重ね合わせ、二人は交差させた剣を一気に振り下ろす。一対の魔剣は火花を散らしてお互いの首筋へと迫る。そして、素肌に触れる手前で魔剣はお互いの鍔に衝突し、白と黒の閃光を放つ。
刹那の内に音と光が消えたと思うと、二人は一つとなった。
そして、魔界に沈んだ町そのものを子宮として、新たな生命という名の災いが生まれようとしていた。
「これからどうするの?」
美しい白いドレスを身に纏ったイヴ。彼女は砕き散らされた町だった瓦礫を眺め、不安げに問う。
「もう此処にはいられない。二人で此処から出よう」
答えたのはラスヴェートだ。ラスヴェートの髪色は銀だが、イヴの髪は黒に近い茶色。彼が萎縮するイヴの髪を撫でると、彼女の髪には銀色が混じり始めていた。
二人がいるのは砕かれた大地の内、彼らが初めて出会ったあの広場だ。花が咲いている木はまだ木の葉を揺らしている。道路だった場所は亀裂によって削り取られており、少し進めば断崖絶壁となっていた。
「これからはずっと一緒にいられるんだ。僕は君の兄になれるし、君は僕の妹になれる」
「わたしが、あなたの……本当に?」
ラスヴェートの言葉に少し狼狽えつつも、イヴは彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。そこに、疑いの色はない。
本当の家族。イヴにとって家族と呼べるのはセツナだけだった。いつも一緒にいることができる大切な人。誰からも認識されることのなかった彼女は、友達を持つことを心から望んでいた。
「友達じゃなくて?」
ラスヴェートは友達ではなく家族になろうと言ってくれている。友達すらいたことのないイヴだが、家族というものが友達よりも深い関係であることを知っている。
だからこそ、彼が頷いてくれることを期待していた。友達よりももっと良い関係になりたい、と。
「あぁ、レンにも伝えよう。僕と君は兄妹なんだってね」
言いながら、彼はイヴの頬に優しく手を添えた。兄妹という温かな響きを閉じ込めるように。
心で感じたものと頬から伝わるものは同じ。イヴはその気持ちをもっと感じようとして、頬に添えられた手に自身の手を重ねて目をつむった。
「うん。嬉しい」
改めて、二人は向き合ってお互いを見つめ合う。ラスヴェートは柔らかく微笑み、視線を横に向ける。彼らが向かおうとする町の外を見つめて。
そんなラスヴェートと同じ方向を見つつも、イヴは少しずつ彼との間を縮めて甘えるように体を預けた。ぎこちない素振りではあったが、彼もまた頭を撫でて受け入れる。
二人はやがて、町の外に生まれることになるだろう。言い方を変えれば、二人は転生するのだ。天国と地獄から出るためには現世に生まれる必要があることと同じように。
しかし、イヴとラスヴェートは魔界で生まれた子どもだ。彼らが生まれるということは、魔界からの侵蝕に他ならない。彼らの意思に関わらず、彼らが生きるだけで災いとなってしまう。
二人はどこまでも純粋だ。ただ本当の家族として一緒にいたい。そのためだけに、彼らは世界を脅かしている。
「………………」
足音にラスヴェートが振り返ると、そこにはセツナが立っていた。彼に続いてイヴも気づくと、首を横に振る。セツナの存在を拒むようにして、イヴは動揺した声色で聞いた。
「ねぇ、どうしてあんなことしたの? あの人は……兄さんの大切な人なんだよ?」
セツナはラスヴェートの母であるドロシーを殺した。イヴには理由が分からない。いや、理由が分かったところで納得できなかっただろう。セツナがやったことはそういうことなのだ。
彼女もまたそれを分かっていて、言葉を返すことはなかった。
「なんとか言ってよ……!」
イヴはドロシーを知らないし、彼女がイヴを認識できたかどうかも分からない。だが、家族になれるかもしれないラスヴェートの母を見殺しにした事実は変わらない。
セツナ自身、イヴに状況を説明するつもりは毛頭なかった。会話することさえも億劫に思えたのか、彼女は静かにそれでいて容赦なく言葉を突きつける。
「あなたをこれ以上生かしてはおけない」
「どうしてそういうこと言うの……?」
声を震わせていたイヴの目は赤くなり、潤みを帯びている。ラスヴェートと出会えたこと、セツナから拒絶されたこと。二つの相反する感情に炙られた涙だった。普通の人間でさえ、自分の心の気持ちとは長い時間をかけて向き合う術を見つけていくもの。厳密にはまだ生まれてすらいない赤子同然のイヴが、二つの感情に揺すられて決壊するのは無理もないことだ。
「許してもらうつもりはないよ。私も、あなたを今日まで育ててしまった自分が許せないしね」
当然ながら、幻影妊娠をしたイヴを今日まで育ててきたセツナにも責任はある。魔界で生まれた忌まわしい事実を悟られないようひた隠し、いつかは寝首をかくことを決意していながら接してきたのだ。
「……わたし、あなたがそんな酷い人だなんて思ってなかった」
相反する感情に炙られた心に、とうとう怒りが芽生える。そんな状態のイヴを宥めようと手を置いたのはラスヴェートだ。
「大丈夫だよ、イヴ。『お前』には『俺』がいるだろ?」
以前よりも力強い言葉遣い。置かれた手に手を重ね合わせ、イヴは目を伏せた。心にぽっかりと穴のあいてしまった彼女にとって、ラスヴェートと彼の言葉は心強いものだった。イヴは確かにセツナを母として信頼していたのだ。それを裏切られた悲しみと絶望の全ては、彼女にしか知り得ないもの。
ラスヴェートは、そんなイヴの為にできることを分かっていた。彼女を守ることができるのは今、自分しかいないことを。
「俺には使命があるんだ。この町の外に出て、必ずや救世主として未来の覇王になること。本当にあるかも分からない未来の為に、俺はひとりで待ち続けてきた」
亡き母であったドロシーから伝え聞いてきたこと。彼はその使命を成し遂げるために生を受けたと信じてきた。といっても、彼は外の世界を見たことがない。彼にとって守るべきものが、見つけられていないも同然だった。言ってしまえば、未来に覇王になるといっても今は無意味なことなのだ。
「でも今は違う」
今の彼は外の世界よりも前に守るべきものを見つけ出していた。
「未だ見ぬ外の世界は守りようもないが、イヴを守ることなら俺にもできる」
言いながら、彼はイヴを庇うようにして前へ出る。
「これ以上、何ひとつ奪わせはしない。未だ見ぬ外の世界も、イヴのことも全て守り抜く。たとえあんたがイヴの母だったとしても────俺は未来を統べる覇王となる。此処にその未来を示してみせよう」
意思を覚醒させた彼はセツナを見据えていたが、彼女は反応を示さなかった。それに対し、ラスヴェートは少しだけ面白そうな表情を見せる。なぜなら、目を合わせることはできていたからだ。
「あんたには俺が見えてるんだろ?」
セツナはラスヴェートと確かに目を合わせている。家族以外からは認識されないはずのラスヴェートが見えるのは、イヴの母であるからこそ。たとえ想像妊娠であったとしても、魔力の緒で繋がっている以上はセツナも家族なのだ。
そして、ドロシーが言っていたように事実として子供を身籠ったからには責任を負わなければならない。
「目障りなくらいにね」
もし授かった子供が魔界の忌まわしい存在だったのなら、セツナは元の世界を侵蝕されるよりも前に引導を渡す必要がある。
セツナの言葉を受けて、ラスヴェートは鼻で笑った。言葉の裏に秘められた決意を嘲る。
もはや、本当の家族を見つけた彼らの行く手を阻めるものなどいない、と。
「目障りなのはあんただ」
ラスヴェートは苛立ちを隠せないまま、右手をセツナに向けてかざす。
すると、どこからともなく光のツタが現れた。それは、アトランティスの住人たちの魂を貪ってきた白黒の光。ラスヴェートは町の人々と同じように彼女を取り込もうとした。が、彼の想定していなかった事態が起きた。
「………………?」
小首を傾げるラスヴェート。なぜかといえば、セツナの魂を吸収することができなかったからだ。
一度は彼女の肩に達した光だったが、肉体を分解するよりも前に光は粉々に砕けてしまった。セツナは今も平然と立ち、肩のホコリを払う素振りを見せつける。
「そっちがその気なら俺も本気を出すとしよう……!」
挑発に奥歯を噛み締め、ラスヴェートは瞬く間にセツナとの距離を詰めた。そして彼は、手に喚び出した銀の魔剣を振りかざす。が、魔剣がセツナの首を落とすことはなかった。彼女は人差し指と中指だけで刃を受け止めていたのだ。
驚くラスヴェートをよそに、セツナは彼が斬りつけてきた魔剣を見る。
磨き抜かれて光を反射する銀と黒の細長い刀身。柄の部分には鍔がついており、持ち手を守るようになっている。何よりも目を引くのは、翼を象ったアームガードだ。その意匠についてセツナは本で見たことがある。
天国を作り上げたとされる生命を司る魔剣ライフダスト。
「死ね!」
たった二本の指と鍔迫り合いを続けていたラスヴェートは、魔剣を斬り返す。すると、二度三度とセツナの素手と火花を散らす。いや、彼女は厳密には素手ではない。未知の超能力によって剣を弾いているのだ。そのことに気づく頃には、ラスヴェートは魔剣ごと弾き飛ばされてしまった。彼は魔剣を手放さなかったが、後ろにいたイヴのもとへ突き返されてしまう。
まだ赤子同然であるラスヴェートでは、超能力者として既に覚醒した状態のセツナには歯が立たない。そのことに薄々勘づきながらも、ラスヴェートは立ち上がる。
「兄さん」
イヴはラスヴェートに声をかけると、虚空から何かを喚び出した。イヴの前を走る光は空間を裂いて線を引き、彼女が手をかざすと一振りの魔剣が姿を現す。
「わたしも戦うわ」
金と黒の装飾が目立つ刀身。魔剣ライフダストと同じ翼を象った意匠。
「魔剣デスペナルティ……まさか、あなたが持ってたなんて」
魔剣ライフダストと対になる魔剣デスペナルティ。地獄を作り出し死を司る魔剣は、セツナが長い間探していたものだった。アトランティスに魔剣ライフダストがあるのなら、魔剣デスペナルティもあるはず。それで、アトランティスが天国と地獄の狭間にあると証明できる。
しかし、今の彼女にとって証明は意味をなさなかった。
イヴとラスヴェート。魔界で生まれた子供たちの存在。それこそが、アトランティスが天国と地獄の狭間に落ちた証なのだから。
「そんなオモチャでまだ遊ぶつもり?」
セツナの問いかけに答えず、イヴはラスヴェートの隣に並び立つ。
「……見せてやろう。俺たちは一線を越え、生と死を携えて集う」
彼の言葉を合図にして、向き合った二人は頷き合う。
ラスヴェートは生命を司る銀翼の魔剣を。イヴは死を司る金翼の魔剣を。
一対の魔剣を天に掲げ、刀身を交わせてお互いを見つめ合う。
「こんな町とはもうおさらばだ。もっと、もっと広い世界を見に行くんだ。もう誰にも俺たちの未来を壊させはしない」
「この町とはもうさようなら。もっと、もっとたくさんのことを知りたい。もう誰にも私たちの明日を壊させはしない」
そう。彼らに悪意なんてものはなかった。善悪の判断がつくかさえも分からない。
何かを見たい。誰かに会いたい。
そんな純粋な欲求に身を任せるしかできない───抗うことを知らない彼らは気づくことすらできないのだ。
自らの存在が魔界に帰結するが故に、アトランティスと同じように外の世界を滅ぼしてしまうことを。
「「共に戦おう」」
言葉を重ね合わせ、二人は交差させた剣を一気に振り下ろす。一対の魔剣は火花を散らしてお互いの首筋へと迫る。そして、素肌に触れる手前で魔剣はお互いの鍔に衝突し、白と黒の閃光を放つ。
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