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1章
②
しおりを挟む「え、なにそれ」
誘拐、殺される? 物騒すぎてやっぱりこれは嘘だと思いたくなる。
「渡人は様々な神の加護を受けている存在です。だから存在するだけで価値がある。一部の者は食べることもあるそうです」
「たべる?」
「どんな病気でも治すそうですよ」
ただの猟奇殺人だ。
「まあ、嘘です。嘘ですよ」
ずっと気になっていたがアジュアは同じことを二回口にする。
蛍光マーカーを引くような重要な意味を示しているものではないようなので癖のようなものだろう。
その嘘というのは殺して食べる、という部分についてなのか病気が治るという部分についてなのか掘り下げるのはやめておいた。
不意に沈黙が落ちる。一人はにこにこと笑っており、もう一人は感情が読めないほど無表情を貫いていた。
優は現実から緩やかに逃避。空気が重すぎる。頭がまた痛くなってきた。
そうしているうちに、テーブルにあった手のひらサイズの焼き菓子が浮き上がり忽然と半分が消えた。齧りついた痕がある。さらに、一口、と消えていくそれを眺めながら痛む頭を押さえた。
「やはり拒絶反応が出てしまっているようですね」
頭を抱える優は二人の視線が自分に向けられていることに気がつく。「拒絶?」なんでもないふりをしたいが頭の奥深くから痛みが響いてくる。
ティーカップが目の前まで浮いた。
「マナに対する拒絶反応です」
――そこからは記憶が曖昧だった。
マナ。あらゆる物体を構成する上で必要不可欠な力。
さっきアジュアが見せたような炎や氷、物を浮かす力もすべてマナを体内変換して魔術として体外放出することにより操っているらしい。人の目には感知できるものではなく実体はないが、魔術へと置き換えるための媒体を通して現象を引き起こす。そうすることで初めて実体となるそうだ。
一番の媒体は生物。しかし、誰もが魔術を扱えるわけではない。
生まれ持った資質が関わってくるそうだ。生命活動を維持するために必要なマナを循環させる器は最低限持っている。魔術として変換できるほどマナに適した器でなければ身体が耐えられない。魔術へと変換する際に身体が文字通り爆発してしまう可能性がある――と早口で教えられたが全然頭に入ってこなかった。頭が痛くてどうも集中できない。
「俺たちでいう酸素みたいなものだろ」
呆れたように伊坂が言った。
「生きている以上、マナの恩恵を受けなければ死んでしまいます」
生命維持をする上で必要なマナを拒絶している身体。つまり、優の置かれている状況は最悪ということで認識は間違いないようだ。
「この世界の者ではありえないことです。しかし、異なる世界から渡ってきた者は前提がまず違う。本来は神のご加護を渡ってくる際に受けているはずなんです」
神の加護を受けていればマナによる拒絶反応を生じさせることはない。
むしろ、渡人の多くは魔術を扱えるそうだ。言葉についてもマナが馴染んでくればそのうち普通にこの世界の人間とも意思疎通が可能となるようである。異世界に身体が馴染もうとしているが何かしらの原因があって阻害されてしまっている状態のようだ。
優のような症状をみせた前例もあるらしい。
「飲んでください。あなたの身体の中で溢れかえっているマナを押さえてくれる薬草を煎じたものです」
マナに適応しなければ食事をするたびに倒れる。何もしなくてもマナは空気中に存在しているためやはり影響を受けてしまうというのだ。
絶望的じゃないかと力なく笑った。
「ほんっと、ゆめっていってくれよ……」
口に触れるティーカップのふち。飲む気力が湧かず、身を椅子に身を沈めていく。手で遠くへ押しやった。
「このまま何もしなければ衰弱していく一方ですが……マナに適応する方法はあります」
「さっさとその話を、最初からすれば、いいだろ」
だがまだこれが現実と決まったわけじゃない。
薬を盛られたかもしれない――というか伊坂はさっきから死ぬほど落ち着き払っている。受け入れられない自分とは違い、アジュアの話を納得して聞いているようで理解できなかった。
「うーん……そうなんですが、どれだけ現状が危ういのか理解して頂く必要があって……」
歯切れ悪くなっていく。
「どうやったらこれはよくなるの?」
語気を強めてさっさと言えと迫ればまた困ったようにはにかむ。
「幸い今回は渡人としてお二人がここにいらっしゃいます。お知り合いなら幾分か……とても嫌そうな顔ですね、ですよ」
「う~~~~~」
嫌な予感がして身を振って嫌がる。
助けてもらうなんて最悪だ。それを理由にまたぐだぐだと絡まれるに違いない。
「同じルーツを持たれているイサカ様となら誰よりも相性がいいはずなんです」
「だからつまり」
「マナの交換をしてもらいます。似通ったマナを持つ者同士で身を重ね合う。そうすることにより体内循環を促すことになります」
体外から取り入れ馴染まないマナではなくすでに人に馴染ませてあるマナを送り込むことで拒絶反応を和らげる。
まだ馴染み切れていないのは伊坂も同じらしい。このタイミングであれば、毒になるほど過剰なマナを伊坂も取り込んでいない。痛みや苦しみを半分の状態でかつ、毒ではないと身体に教えながら染み込ませていくようだ。優にとってはそう言った意味で一番相性がいいのだという。
「相性が悪いと大変なことになりますからね。しかも相手を見つけるまで……ええと、なんでしたっけ、えーと……」
「もういい! 言わなくていいから!」
「ああ、そうですセックス!」
セックス。性行為。
男と? しかもあの伊坂と? 最悪だ。
全力で拒否した優にアジュアは残酷な事実を突きつけてくる。
「相性のいい相手が見つかるまで不特定多数とセックスするのは過酷かと思いまして」
端的に話をしなかったのはショックを受けないようにという配慮らしい。
「いや、もういっそのこところして」
物騒なことを口にしてしまったせいなのかどうか優には判断できなかった。
もう痛みで思考が回っていなかったせいだ。
突然の衝撃を感じたが反応できずに前へ身体が落ちていく。強風が室内で吹くはずがない。落ちながら振り向いた優の視線の先では壁が崩壊していた。テロかよと突っ込んでしまう。
目の前に足。伊坂が立っている。
男を囲うように炎が舞っていた。花火のようにぶつかり合って弾けている。キラキラと輝いている視界が眩しくて美しかった。
――何、それずるい。
駄目だ。また気を失ってしまう。
次、目を覚ますときには元の世界に戻っていてくれと強く願っていた。
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