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[ No−2 ]

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私はこの一週間で、やつれた顔もすっかり元に戻り、肌ツヤも良くなった。少し浮かれた私は、久しぶりに髪も三編みではなく、ハーフアップにして前髪も切り整え、眼鏡も外す事にした。

「ケビンに何年ぶりかに、会うんですもの、誰か解らないなんて事になったら、困ってしまうわ。それにこんな機会はないから、お金を受け取ったら、ちょっぴり旅行気分も、味わいたいわよね♪隣の国を回って、ゆっくり帰りましょう」

ラビスティアは、部屋を出ると、大家に別れの挨拶を告げて、鍵を返した。
それから真っ直ぐ人事部に向かい、以前対応してくれた、女性職員の元を訪ねた。

「まぁ…、貴方はミューズさん?別人のようね…驚いたわ…。もしかして…あの課長補佐の嫌がらせを避ける為に、顔を隠してたのかしら?」

そう言われたラビスティアは、曖昧に微笑んだ。すると女性職員も微笑んで、ぽつりと言った。

「残念ね…。それに、あの部署の男性職員は、悔しがるでしょうね…。それでなくても、今、皆んな後悔してるのに…」

「後悔ですか…?何故です?」

「実はあれから、ラビスティアさんが何時もしていた仕事を、他の人達がする事になって、やっと大変さが解ったみたいよ?それに、課長補佐はちっとも仕事が出来なくて、ただの給料泥棒だと、皆に叩かれて降格になったわ。今ではただの雑用係で、今迄の、余計に支払った給与を返還するまでは、退職は認められなくて、惨めなものよ…」

「まぁ…そうなんですか…」

「今からでも、変更は受け付けるわよ?このまま仕事を続けない?」

「お気遣いありがとう御座います。でも、これからこの国を離れるんです。色々お世話になりました」

そう言ってラビスティアは、女性職員に頭を下げた。すると女性職員は、残念そうに微笑んで、書類と袋に入った金を机の上に置いた。

「本当に残念だわ…。最後にお金を確認してから、これにサインしてね。内訳はこの紙に書いてあるし、部長がお詫びに、退職金を少し上乗せしてくれてるわよ。元課長補佐の給与から差し引いてね♪」

ラビスティアは、内訳を見ながら、金を数え終わると(確認が終わりました。間違いありません)と言って、金をマジックボックスに仕舞うと、もう一度女性職員にお礼を言ってから、部屋を出て行った。

入れ違いに、元部署の課長と男性職員と、すれ違ったので、軽く会釈をして歩いて行った。
ラビスティアが人事部を出ると、大勢の若い男性職員が女性職員の元にやって来て、口を揃えて(今の女性は誰なのか?新しく入る職員か?何処の部署なのか)と質問攻めだった。
女性職員は、呆れながらラビスティアの事を答えると、男性職員達は悔しそうな顔をして、トボトボと引き返した。そして、一番残念がっていたのは、ラビスティアがいた部署の、課長と男性職員だった…。

そしてラビスティアの容姿の話は、あっと言う間に広がり、元課長補佐は同じ部署の職員以外からも、嫌がらせを受ける事になった。

❛❝~~❞❜

その頃ラビスティアは、一人でのんびりと街を歩きながら、隣の国を目指していた。

(やっぱり船で行こう!あの大きな旅客船なら、夜に乗れば朝には隣国に着くから丁度いいわね)

そう考えて、先に夕方のチケットを買い求めて、時間まで荷物を預けて、食事と買い物を楽しむ事にした。そこでラビスティアは、ケビンに当主になったお祝いに、懐中時計をプレゼントする為に、宝飾品を扱う店を探した。

(思ってた以上に退職金が貰えたから、奮発しましょう♪ケビンも当主として、良い品を持ち歩かないとね)

そう思いながら歩いていると、一軒の趣のある時計屋が目に入った。ラビスティアは思いきって店に入って見ると、年代物の懐中時計が硝子ケースに並んでいた。そして値段が表示されていないので、流石に高価過ぎて手が出ないと諦めて、店を出ようとした時に、店主に声を掛けられてしまった。

「おや?これはこれは…美しいお嬢様、どういった時計をお探しですかな?」

「あ、あの…御店主、私が購入出来る店ではなかったみたいです…お邪魔してご免なさい…」

そう言ってラビスティアが、また店を出よとすると店主が手招きをして、硝子ケースの中の、懐中時計を指さした。
それは銀細工の中にブルーの石が散りばめられた美しい懐中時計だった。

「お嬢様、この懐中時計は20万マイルですが、ご予算には合わないですかな?」

「えっ?この懐中時計は20万マイルなのですか?桁を間違えてませんか?」

「ふふっ…間違えておりませんよ?石は宝石ではなく、魔石なのです。アミュレットも兼ねてるんですよ」

「まぁ…そうなんですか…。では、尚更丁度いいですわ。送る相手は騎士なのです。
それに瞳の色と同じ、ブルーの色が気に入りました。御店主、この懐中時計を贈り物にしたいので、包装して貰えますか?」

「勿論です。これは一点物なんですよ?細工が美しいでしょう…お嬢様から、この時計を贈られる殿方が、羨ましいですな!はっはっは…」

と店主は豪快に笑っていた。
ラビスティアは、ブルーのリボンを結んだ箱を受け取ると、金を支払いマジックボックスにしまった。
そして店主に(いい買い物が出来たわ)とお礼を言い、店を出た。

「お待たせしました、セルジオ様、こちらが新しい鎖です。時計の中の点検も済みました」

「店主、今の令嬢は知り合いか?先程言った値段では、あの時計は買えないだろう?」

「いいんですよ…。稀に見る美しい御髪をお持ちのお嬢様でしたからね。それにあの美しさでしたから、ついお力になりたかったんですよ。はっはっは…」

そう笑い飛ばした店主に、礼を言ってセルジオは店を後にした。そして、先程の令嬢が店主に(いい買い物が出来たわ)と言った時の笑顔が頭から離れなかった。

ラビスティアは時計店を出ると、街の中を見て歩き、軽く食事を済ませると、預けた荷物を受け取り、早目に旅客船に乗り込んだ。
ラビスティアの部屋は殺風景な一人部屋で、簡易ベッドと、小さな机と椅子があり、別にシャワー室とトイレと、洗面台があるだけの部屋だった。
それでも、ラビスティアは初めての船旅に、ワクワクしていた。

そして夜のパーティーまで時間があったので、ベッドに横になると、そのまま寝てしまったようだった。
ラビスティアが、騒がしさに目を覚ますと、外からは音楽が聞こえて来て、自分が寝過ごしてしまった事に気が付いて、慌てて服を着替える事にした。

「貴族の夜会ではないのだから、少しお洒落なワンピースで行けば、大丈夫よね?先程購入したブルーのワンピースなら、丁度いいかも…。船員も、軽装のパーティーだって言ってたし…」

そうつぶやきながらラビスティアは、シャワーを浴びて、着替えと軽く化粧をして、船内の大広間に向うと、沢山の人達がダンスを踊ったり、ビュッフェの食事を楽しんだり、カウンターで酒を飲んでいた。

ラビスティアは、真っ直ぐビュッフェの食事を食べに行くと、珍しい海の幸が数多く並んでいた。夢中で、次々と少しづつ料理を食べ進めていると、船の中だと言うのに、ローブを羽織り、フードを深く被った背の高い一人の男性がグラスを片手に、肩を揺らして笑っていた。

ラビスティアは、その男性が、自分を見て笑っている事に気が着くと、不愉快な気分になり、
デザートを皿にとり、場所を移動することにした。
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