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[ No−10 ]

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ラビスティアは、殆ど眠れないまま、朝を迎えていた。

「もう、朝なのね…。私のような臨時職員と宰相様が、滅多に会う事は無いと解っていても、城に行くのは憂鬱だわ…。はぁ…。さぁ…ケビンが帰って来るから、朝食の準備を始めなきゃ…」

そう言ってラビスティアは、朝早くからケビンの為に、朝食の準備をして自分は、軽くスープだけで済ませた。
そして身支度を済ませて憂鬱な気分で、職場に向うのだった。

そして、その日は出来るだけ、部署からは出ないようにして、絶えず周りを見渡して、宰相に会わない様に、気をつけていた。
それなのに宰相自ら、経理部に現れた事で、ラビスティアは呆然としてしまった。

(えっ?何故、宰相がわざわざこんな場所に、出向いて来たの…。早くここから逃げなくては…)

ラビスティアは、一刻も早くこの場所から逃げ出したく、近くの男性職員に、コッソリと声を掛けた。

「すみません…私少し席を外しますね…。
化粧室に行きますので…」

そう言って、気付かれないように、急いで部屋を出ようとした時に、ロイズ課長が声をかけてきた。

「ラビスティア嬢、ちょっといいかな?」

(嘘でしょう?! やめてロイズ課長!!何故、今、声をかけてくるのよ!!)

「あ、あの…すみません…私化粧室へ…。
御用件は、後程伺いますので…失礼します」

そう言って、急いでラビスティアは、その場を逃げ出した。

「あ、あぁ…。宰相、すみません…。ラビスティア嬢は、用足しを我慢して仕事をしてたようですな…ははっ…。彼女は、仕事熱心ですからね。ほら、以前話した職員が彼女なんですよ」

「あぁ…例の…。あの令嬢の名はラビスティアと言うのか?」

「ええ、そうですよ?ラビスティア・ミューズ嬢です。以前ヴァスティ王国の、王宮の経理部で働いていたそうです」

そうロイズが話すと、セルジオは驚いて疑問を口にしていた。

「課長、あの御令嬢に、姉妹が居ると聞いた事はないか?」

「はぁ…姉妹ですか?それは、存じあげません。と言うか、彼女はまだここへ来て、一週間も経っていませんから、個人的な話し等、まだした事はありませんよ?
話す時は、殆ど仕事の話しばかりですから…」

「そうか…。あぁ…課長、先程渡した書類を急いで先に、処理を頼むよ」

そう言って、セルジオは経理部を後にした。
そしてセルジオは、歩きながら暫く考え込むと、廊下の柱の影に隠れ、スッと左手を折り曲げて、指をパチンと鳴らした。

「お呼びでしょうか、ご主人様…」

すると突然男が現れて、セルジオに声をかけた。

「至急ラビスティア・ミューズ嬢の事を調べろ。特に姉妹がいるかどうかもな…」

そうセルジオが命令すると(はっ)と短く返事をして、その男は姿を消した。

(御令嬢はあの髪色に、元ヴァスティ王国で働いていたなんて、関係があるとしか思えない。課長が言った通りに、経理部の作業が進んでいるか、自分の目で確認しに来て正解だったな…。これでティアの事が、解るかも知れない)

セルジオは柱に寄りかかり、そんな事を考えていると、少し先の化粧室からあの御令嬢が出て来た。
思わず自分で確認しようと、一歩踏み出した所で、慌てて足を止めまたセルジオは、柱の影に隠れた。
それはあの御令嬢に、ある男があたりを見渡しながら、近寄って行くのが見えたからだ。

(あれは、最近あの若さで当主になった、騎士団のミューズ伯爵…名はケビンと言ったか…)

セルジオが、じっと二人の様子を見ていると、ケビンは満面の笑みを浮かべて、ラビスティアに近寄ると、ぎゅっと抱きしめて額に口付けをしているのが見えた。

「ティア!今日のスープも、とびきり美味しかったよ♪実は今日も夜勤になってしまったんだ…。今夜も一人になるけど、寂しくはないかい?」

「ええ…大丈夫よ?ケビンこそ、平気なの?二日続けて夜勤なんて…。ちゃんと眠れた?」

「あぁ…ティアの美味しい料理を食べて、ぐっすり寝たから平気だよ」

そう言ってケビンは、ラビスティアの眼鏡を外して片手に持ったまま、チュチュと両方の頰に口付けをして、微笑んだ。

「うん♪やっぱりティアは、何時もの姿が一番だよ。でも城に来たら、ちゃんと顔を隠してね。害虫避けにはこれが一番だからね!
じゃあ、明日の朝食を楽しみに頑張るよ」

そう言ってケビンは、ラビスティアに眼鏡をかけて、ひらひらと手を振って去って行った。そして、後ろ姿のラビスティアも、手を振っていたがセルジオからは、その顔は見えなかった。

そしてセルジオは、激しく騒ぐ心臓を落ち着かせる為に、自分の胸元を押さえていた。

(ティアだと?…彼女がティアなのか?)

「一刻も早く、彼女の報告を影から聞かなければ…」

そうセルジオは呟いて、いつの間にかもたれ掛かっていた柱から、身体を起こした。

(……ティア!君は、彼の元に来る為に、この国へ一人で向っていたのか…)

そしてセルジオが前を見ると、ラビスティアの姿はもうなかった。
ふらつく足で、自分の執務室に戻ったセルジオは、その日はもう仕事が手につかなかった。

ラビスティアの事は、後ろ姿でしか見えてなかったが、二人の姿と会話が頭から離れなかったからだ。
そして、珍しくセルジオは定時で城を離れると、急いで屋敷に戻り、ヴァスティ王国に送った影からの報告を待った。

「どうだった?小型船の船長には会えたのか?」

「セルジオ様、お待たせしました。船長にはやっと会えて、御令嬢の事を確認する事が出来ました。
御令嬢の足取りは、着いた港に宿を取り、翌日その街の商団の馬車に乗せて貰い、三日かけてこのヤジュディル王国に来たそうです。
そして商団の者に話しを聞くと、御令嬢とは街で別れたそうです。

そして御令嬢は宿を取り、翌日迎えに来た若者と一緒に出て行ったまでは、掴めました。その若者が誰かは、今、確認中ですが、背の高いプラチナブロンドの髪だったそうです」

「そうか…。ティアはこの国へ来たんだな。やはり、相手はミューズ伯爵か…?
ん?!ミューズ…あの御令嬢も、ミューズ…まさかもう、結婚しているのか?二人は同じ名だ!!
オイ!!ラビスティア・ミューズ嬢の事は、何処まで調べたか報告しろ!」

そうセルジオが、苛立ちながら声を上げると、すっと別な影が現れて告げた。

「御主人様、あの御令嬢は、最近ケビン・ミューズ伯爵が借りている、アパートで一緒に暮らしているようです。何度か近所の者達が、ニ人で食材を買いに行く姿や、定食屋で食事を取る姿を目撃しています。
それで、御令嬢の素性ですが、どこの家の令嬢かも、まだ解らないのです…。ケビン伯爵と同じ家名ですが、親族ではないようでして…」
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