5 / 32
05.任務はすでに始まっているのです
しおりを挟む
***
今日から本格的に恋人になるための練習が始まる私は、ラファエルと待ち合わせをしているのだけれど――。
「……遅いわね」
約束の時間をとうに過ぎているのに、ラファエルが一向に現れない。
急な仕事が入り込んできたのかもしれないと思い、騎士団の詰め所へ向かって彼の状況を確認しようとしたところ、道すがら女性たちの黄色い声が聞こえてきた。
(この声、もしかして……!)
探し人が近くにいる予感がして声が聞こえてくる方へ歩み寄ると、案の定、笑顔のラファエルが女性たちに囲まれている。
「あいつ! 約束をすっぽかして遊んでいるなんて、本当に信じられない!」
人を待たせておいて女性たちと遊んでいるとは、つくづく軟派でだらしなくて嫌になる。
――以前もそうだった。
陛下と打ち合わせがあるのにもかかわらず、この男は女性たちの相手をしていて遅れて来た事がある。
陛下は笑って許していたけれど、陛下の隠密という自覚が足りないラファエルを、私はどうしても許せない。
(落ち着け、私。少しの間の辛抱よ)
こんな奴の恋人役なんて気乗りしないけれど、その関係は任務が終われば解消される。
そのためには一刻も早く任務を遂行しなければならない。
だから嫌いな奴の恋人役だって誰にも疑われないくらい自然で完璧に演じてみせる。
「ラファエル!」
決心した私は、ずかずかと彼らに歩み寄った。いつもの<鉄仮面>に、少しだけ憤りの気配を纏って。
すると、ラファエルを囲っていた女性たちが私の剣幕に慄いてさっと道を作る。
おかげで私は難なくラファエルに近寄れた。
「ラファエル! 私との約束をすっぽかして、いったい何をしているのです?!」
「――っ、ロミルダ……! どうしてここに?」
ラファエルはただポカンと目と口を開けていて、茫然と私を見つめている。
大抵の人間なら間抜けな顔に見えるであろう表情なのに、この男がすると間抜けに見えないから腹立たしい。
(それにしても、人を待たせていたくせに悪びれる様子もないわね)
待ち合わせに遅れる常習犯なのだろう。
暗殺者の世界でこのような事をすればまず朝日を拝めないというのに。
つくづく、彼が温室育ちのお貴族様で、ぬくぬくと生きてきたのだと思い知らされて嫌になる。
「待てど暮らせどあなたが待ち合わせ場所に来ないからです。こんなところで堂々と浮気しているなんて心外です」
「ご、誤解なんだ。これは……」
「つべこべ言わずに来てください。それとも、恋人である私よりもその方たちを優先するのですか?」
恋人を演じる任務は、既に始まっている。
だから私は、恋人であるラファエルに約束をすっぽかされた彼女になりきろう。
「――っ!」
「ほら、もう行きますよ。これ以上待たせないでください」
ラファエルが息を呑む隙に彼の腕を掴み、引きずるようにして、女性たちのドレスで彩られた花道を二人で歩く。
女性たちは何が起こっているのかわからないといった表情で私たちを見つめている。
「あの人って、<鉄仮面>の侍女よね?」
「恋人って言っていたけれど……」
「ラファエル様が否定しないという事は、本当に恋人なの?」
両側から聞こえてくるどよめきに、内心しめしめとほくそ笑んだ。
(彼女役を上手く演じられたようね)
おまけに、軟派者のお楽しみの時間を邪魔できて気分爽快だ。
その時の私は、後にラファエルの意外な一面を見せつけられる事態が起こるなんて想像すらしていなくて。
「……ああ、ロミルダのおかげで助かった」
背後でラファエルがそう呟いているとも知らずに、気に食わない相棒に意趣返しができたと清々しい思いでいたのだった。
今日から本格的に恋人になるための練習が始まる私は、ラファエルと待ち合わせをしているのだけれど――。
「……遅いわね」
約束の時間をとうに過ぎているのに、ラファエルが一向に現れない。
急な仕事が入り込んできたのかもしれないと思い、騎士団の詰め所へ向かって彼の状況を確認しようとしたところ、道すがら女性たちの黄色い声が聞こえてきた。
(この声、もしかして……!)
探し人が近くにいる予感がして声が聞こえてくる方へ歩み寄ると、案の定、笑顔のラファエルが女性たちに囲まれている。
「あいつ! 約束をすっぽかして遊んでいるなんて、本当に信じられない!」
人を待たせておいて女性たちと遊んでいるとは、つくづく軟派でだらしなくて嫌になる。
――以前もそうだった。
陛下と打ち合わせがあるのにもかかわらず、この男は女性たちの相手をしていて遅れて来た事がある。
陛下は笑って許していたけれど、陛下の隠密という自覚が足りないラファエルを、私はどうしても許せない。
(落ち着け、私。少しの間の辛抱よ)
こんな奴の恋人役なんて気乗りしないけれど、その関係は任務が終われば解消される。
そのためには一刻も早く任務を遂行しなければならない。
だから嫌いな奴の恋人役だって誰にも疑われないくらい自然で完璧に演じてみせる。
「ラファエル!」
決心した私は、ずかずかと彼らに歩み寄った。いつもの<鉄仮面>に、少しだけ憤りの気配を纏って。
すると、ラファエルを囲っていた女性たちが私の剣幕に慄いてさっと道を作る。
おかげで私は難なくラファエルに近寄れた。
「ラファエル! 私との約束をすっぽかして、いったい何をしているのです?!」
「――っ、ロミルダ……! どうしてここに?」
ラファエルはただポカンと目と口を開けていて、茫然と私を見つめている。
大抵の人間なら間抜けな顔に見えるであろう表情なのに、この男がすると間抜けに見えないから腹立たしい。
(それにしても、人を待たせていたくせに悪びれる様子もないわね)
待ち合わせに遅れる常習犯なのだろう。
暗殺者の世界でこのような事をすればまず朝日を拝めないというのに。
つくづく、彼が温室育ちのお貴族様で、ぬくぬくと生きてきたのだと思い知らされて嫌になる。
「待てど暮らせどあなたが待ち合わせ場所に来ないからです。こんなところで堂々と浮気しているなんて心外です」
「ご、誤解なんだ。これは……」
「つべこべ言わずに来てください。それとも、恋人である私よりもその方たちを優先するのですか?」
恋人を演じる任務は、既に始まっている。
だから私は、恋人であるラファエルに約束をすっぽかされた彼女になりきろう。
「――っ!」
「ほら、もう行きますよ。これ以上待たせないでください」
ラファエルが息を呑む隙に彼の腕を掴み、引きずるようにして、女性たちのドレスで彩られた花道を二人で歩く。
女性たちは何が起こっているのかわからないといった表情で私たちを見つめている。
「あの人って、<鉄仮面>の侍女よね?」
「恋人って言っていたけれど……」
「ラファエル様が否定しないという事は、本当に恋人なの?」
両側から聞こえてくるどよめきに、内心しめしめとほくそ笑んだ。
(彼女役を上手く演じられたようね)
おまけに、軟派者のお楽しみの時間を邪魔できて気分爽快だ。
その時の私は、後にラファエルの意外な一面を見せつけられる事態が起こるなんて想像すらしていなくて。
「……ああ、ロミルダのおかげで助かった」
背後でラファエルがそう呟いているとも知らずに、気に食わない相棒に意趣返しができたと清々しい思いでいたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
136
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる