意地悪で不愛想で気まぐれだけど大好きなあなたに、おとぎ話が終わっても解けない魔法を

柳葉うら

文字の大きさ
34 / 47
第四章

06.揺らめく炎

しおりを挟む
 翌日の仕事終わり、リーゼはまたエディとジーンに会うことになっている。
 今日はノクターンに謝罪した後の様子を報告するために約束しているのだ。

 先に待ち合わせ場所である中央広場に到着したのはリーゼで、花壇の花を眺めて待っているとエディがやって来た。
 
「リーゼちゃん、待たせてごめんね。ジーンは遅れてくるから先にお店に入ろう。ここに書き残しでも置いて行くか」

 商談帰りのエディは、資料がいっぱい詰まった鞄を重そうに抱えている。
 今日もエディとジーンは別行動だったらしい。

「最近は一緒にいませんね。別々の仕事をしているんですか?」
「うん。ジーンには調べてほしいことを任せているからね。俺のお守は休んでもらっているんだ」

 そう言い、茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。

「どのお店に行こうかな~。昨日は洒落っ気重視で選んだから、今日は渋くて落ち着いた店でもいいな」
 
 エディは顎に手を当てて悩んでいる。
 
 情報通の彼ならアヴェルステッド中の店を知っているだろう。
 いくつか候補に出している店があるようで、その内のどれにしようか迷っているようだ。

「よし、リーゼちゃんが食べたいケーキに合わせて選ぼう!」
「いいんですか?!」
「もちろん。リーゼちゃんが好きな物を知りたいからね」
 
(この人は本当に……! こういうことをなにも気にせずに言うから女性に勘違いされてしまうんだよ!)

 エディの率直で甘ったるい発言に眩暈がしそうだったが、好きなケーキを選ぶことに集中して中てられないように努めた。

「タルトが好きですけど……昨日ノクターンが食べさせてくれたので、レモンパイが食べたいです!」
「いいねぇ。夏を先取りして売ってそうなお店を知っているから、そこにしようか」
「ありがとうございます!」
 
 美味しい食べ物が待ち遠しくてふにゃりと笑うリーゼを、エディが優しい眼差しで見つめた。
 
 そんな穏やかな時間を裂くように、男性の叫び声が辺りにこだました。

「火事だっ! 警備隊を呼べ!」

 声が聞こえてきたのは、上流階級向けの雑貨店が立ち並ぶ通りだ。
 背伸びして覗くいてみると、見るからに高級店そうな店舗の二階部分から煙が上がっている。

「わーっ、これもまた例の王政復古反対派の仕業かなぁ?」
「そんな気がしますね。ここ最近の火事はほとんど彼らの仕業ですから」

 リーゼは最近読んだ新聞の記事を思い出す。

 ことの発端は、旧王族の生き残りがいるという噂だ。
 
 すると噂を聞きつけた人々が二つの派閥を作った。
 旧王族を根絶やしにしようとする王政復古反対派と、その生き残りの王族を支持しようとする新王政派だ。
 この二つの派閥が衝突しつつ、その生き残りを探している。

 いまのところそれらしい人物は見つかっていないらしい。
 
 写真技術がないこの世界で、当時の王族たちの顔を知る手掛かりは彼らの肖像画や当時の新聞に掲載されていた絵のみ。

 それらからまだ見ぬ生き残りの子どもを探すのは苦難の業だろう。
 噂によると、過激な王政復古反対派が王族の肖像画や顔が書かれている新聞を見つけては燃やしているらしい。

「ただ肖像画や新聞の切れ端を処理だけならともかく、火事を起こすなんてさすがにやり過ぎです」
「それを正義と思っている奴らからするとなんともないのさ」

 エディの声音はどこか冷めており、軽蔑が込められている。
 
「厄介なものだよね。人によって正義の定義が違うから、争いや悲劇が繰り返されるんだ。それに巻き込まれるのは、日々を懸命に質実に生きている人たちであることが許せないよ」
「そう……ですね。王政崩壊の暴動でも、多くの罪のない国民たちの命が犠牲になったと聞いています」
 
 その暴動はリーゼが生まれたばかりの頃に起きたため、リーゼには記憶がない。

 しかしその暴動でリーゼは実の両親と離れ離れになり、ブライアンとハンナに拾われた。
 そこに、同じく暴動により家族を失ったノクターンが現れ、彼もまたブライアンとハンナに育てられることになったのだ。

(ノクターンには家名と財産があったから、養子縁組を辞退したのよね)

 リーゼの故郷である町の外れにある森。
 その中にノクターンの亡き家族が保有している古い小屋があった。

 暴動のせいで首都での生活に疲れたブライアンとハンナは、その町に移住することに決めた。
 そして、ヘインズ家とノクターンの『家族生活』が始まったのだ。
 
(私はあの暴動のおかげで出会えた人たちがいるけれど、あの暴動のせいで全てを失った人たちだっている)
 
 あの暴動がなければノクターンに出会えなかったのかもしれないと思うと、複雑な気持ちになる。

 多くの国民が自由を手に入れた暴動ではあるが、どうも素直に正義の行いと受けれられない事件。
 燃え上がった炎が残した燻りが、まだ人々の心の中に渦巻いているように思えた。

 リーゼとエディが火事の様子を見守っていると、ジーンが中央広場にやって来た。

「お待たせしました。先にお店に入ってくださっても良かったですのに」
「実は火事が起きたので、野次馬をしていました」
「ああ――王政復古反対派の仕業でしょうね」
 
 と、話を聞くなり犯人を王政復古反対派と断定したジーンは、火災現場となった建物を見て眉尻を下げる。
 
「火事の被害者はほぼ全員が旧貴族家――つまり上流階級の人間ですから、そこが気掛かりなんですよね」
「旧貴族狩りに発展するということでしょうか?」
「いいえ、私が懸念しているのは上流階級とその他の階級の人間たちの軋轢が深まることです。せっかくお互いの間にある溝を埋め始めているのに、これではまたお互いを憎み合い、反発し合うでしょう」
「国民議会議長の悩みが増えてしまいますね」
「ええ、ですから父を労わらなければなりませんね」

 国民議会には各階級から人が寄せ集められているため、意見が割れると仕事の妨げになるだろう。

「おとぎ話は、もう終わったのに……」

 リーゼは煮え切らない思いで、建物の窓から見える炎を眺める。
 
 人々が未だに旧王族を意識するのは、過去に対する憧憬の念を捨てきれずにいるからなのかもしれないと思う。
 この不安定で混沌とした世界を生きる不安から逃れたいと切に願っているから。

「そうだね。おとぎ話のような過去を懐かしむばかりでは前に進めないよ。いまは階級の垣根を越えてみんなが成功できる可能性を与えられているのに、活かせないと勿体ないね」
 
 そう言い、エディは空いている方の手でリーゼの目を覆った。

「さぁ、物騒な現場を見るのはもう止めよ? リーゼちゃんの頑張りを聞かせてほしいなぁ」
「が、頑張りですか?」

 慌ててエディの手を引き剥がしたリーゼは、火災現場の近くに見覚えのある男性が立っているのが見えた。

(チェスをしてくれたおじいさん?)

 おじいさんは間違いなく、先日あった人だと確信できる。服装も姿勢も、あの時と変わらないのだ。

(あのおじいさんの正体はまだわからないけど、巻き込まれていないといいな……)

 それっきり、リーゼは火災現場を見るのは止めて、エディたちについて行った。

 向かったお店は蔦を這わせた壁や店先を飾る花壇が素敵で、どこか洗練した印象がある。
 店内はテーブルごとにお洒落なキャンドルが飾られており、寛げそうな雰囲気だ。
 
 リーゼはひと目見てこのお店が好きになった。

「ここはケーキも軽食も美味しいぞ」
「もちろん、紅茶やコーヒーも素晴らしいですよ」

 ジーンはにっこりと微笑み、「リーゼさんが成人したら最初のお酒をここで飲みましょう」と提案してくれた。
 
「そう言えば、今日もスタイナー大佐はお迎えに来てくれるの?」

 エディがずいと食い気味で質問してくる。
 
「いいえ、夜勤があるので来れないと思います」
「えー、残念。お茶くらいはしてくれると期待していたのになぁ」

 言葉の通りたいそう期待していたようで、エディが目に見えてしゅんとしおらしくなった。
 
「お前、随分とスタイナー大佐を気に入っているな」
「だってあの人、面白いんだもん」

(あれだけ失礼な態度をとられていたのに?)

 リーゼの疑問が顔に出ていたのか、エディはニヤリと笑い、
 
「夢を叶えるために無我夢中で駆け回っている奴は好きだからね」

 と、好きな理由を教えてくれた。
 
「つまり、私とエディは恋の好敵手になるということですか……?」
「んもーっ! それはない! 断じて!」

 エディは綺麗な金髪が乱れるのもお構いなしで思い切り頭を横に振った。

「スタイナー大佐がリーゼちゃんを愛する気持ちは異常なくらいだからね。だから俺は絶対に太刀打ちできないよ」
「妹としてですけどね」
「いいや、あれは恋する男の顔だよ。昨日のスタイナー大佐の顔、リーゼちゃんに見せてあげたかったなぁ」

 思わせぶりなことを話し続けるエディのせいで、リーゼの胸がざわざわとうるさくなる。
 
「本当にそう……だといいな」

 リーゼはキャンドルの炎を見つめ、ぽつりと呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。

さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。 聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。 だが、辺境の村で暮らす中で気づく。 私の力は奇跡を起こすものではなく、 壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。 一方、聖女として祭り上げられた彼女は、 人々の期待に応え続けるうち、 世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。

処理中です...