意地悪で不愛想で気まぐれだけど大好きなあなたに、おとぎ話が終わっても解けない魔法を

柳葉うら

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第五章

06.十七年前の本当のお話

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「さて、そろそろ本当のことをお伝えしなければなりませんね。あなたが何者であり、十七年前になにがあったのかを」

 そう言い、総帥は厳かな所作で床に膝を突くと、リーゼに騎士式の礼をとった。

「あなたはストレーシス王族最後の末裔であるエルネス・ストレーシス様ですが、亡き国王陛下と王妃殿下があなたを陰謀から守るため、出生の事実を隠されました」
 
 ――十七年前。
 国王と王妃は待望の我が子の懐妊に涙を流して喜び抱き合った。
 
「激務に追われていたお二人は、日々の心労や疲れが祟ったせいか、なかなか子を授かれなかったのです」

 魔法の消滅を食い止めるために奔走していた国王と王妃は、休む間もなく働いていた。
 歴史家を呼び、王立図書館や神殿を訪ねて資料を読み漁っては、魔法が再びこの国に戻ってきてくれる方法を探していたのだ。
 
 彼らの大切な国民たちが魔法を取り戻して豊かな生活をできるよう、手を尽くしていた。
 
「それなのに、お二人の幸せに水を差すように悪い報せが舞い込んできました」
 
 その当時、騎士団の師団長を務めていたルウェリン中将が謀反を企てていることがわかったのだ。
 ルウェリン中将は貴族派の家門や野心が強い騎士たち、そして<錬金術師>と手を組み、国王と王妃を殺害して王座を奪おうとしていた。
 
「彼は手始めに平民を雇い、国王陛下と王妃殿下が国民から嫌われそうな嘘を吹聴させました。お二人が女神様から授かった神聖な魔法石を使い、王族だけが魔法を使えるように儀式をしていると言い回らせたのです」

 魔法のない生活に不便を感じていた国民からすると許せない話だった。
 
 人は真実よりも真実らしい話を信じたがる。
 国民たちは誰も噂の真相を探ろうとせず、国王と王妃への不満を募らせた。
 
 噂は平民から貴族へと広まり、国王と王妃の味方が減る一方だった。

「さらに厄介なのは<錬金術師>の存在です。ルウェリン中将は奴らに人体の提供の対価に多額の軍資金を受け取っていました」

 密偵を潜り込ませた総帥は衝撃の計画を知ることになった。
 ルウェリン中将は<錬金術師>らに最後の魔法使いである王妃を生贄用に捕らえると契約を交わしていたのだ。

「お二人はその事実に嘆きましたが、国民に怒りや不満を持ちませんでした。どこまでも慈悲深く国民思いの方々でした。そしてお二人は、ルウェリン中将の謀反を利用することにしたのです。国民が身分関係なく政治に関与できる国へと変え、この国が国民たちの手によって更に発展できるように」

 魔法と王政を終わらせることで一つの時代を終わらせ、自由と新しい時代を与えるために。

 そこで国王と王妃は総帥を含む信頼している家臣たちをルウェリン中将のもとに送り込み、彼の思惑を軌道修正させた。
 二人のこの計画のおかげで、暴動での被害を最小限に留められたのだった。

「ちょうどその頃、王妃殿下の使い魔である銀月鳥がスタイナー大佐を見つけました。彼が魔法を使えると知り、王妃殿下からの命令により私たちは奴隷商から彼を助け出して王妃殿下のもとに連れて行きました」
「奴隷商……?」
 
 リーゼの顔から血の気が引いていく。
 大切なノクターンが奴隷商に捕まっていた過去に大きな衝撃を受けたのだ。

「ええ、その後は国王と王妃に保護され、王宮の中で秘密裏に住まわせていました。来るべき時に備えて王妃殿下から魔法を教えてもらっていたのです」

 それからリーゼが生まれて、ほどなくして暴動が起こった。
 
「私はルウェリン中将が国王陛下と王妃殿下に辿り着く前に先回りしてお二人を殺め、エルネス様がお生まれになった証拠を隠蔽することを命じられました。その時、スタイナー大佐はあなたの護衛を担うことになったのです」
「ノクターンが……私の護衛……?」

 動揺を隠しきれないリーゼは、ノクターンの手を掴んで問い質す。

「どういうことなの? 私たちはただ、十七年前の暴動で孤児になっていたところを、偶然お父さんとお母さんに拾われたんだよね?」

 それがノクターンと両親から聞かされた生い立ちで、疑いようのない真実のはずだった。
 だからルウェリン中将から王女であると聞かされた時、これまでに信じていたものが足元から崩れ落ちて亡くなってしまうような喪失感を覚えたのだ。

 ノクターンは体を屈めてリーゼと目線を合わせると、リーゼの両手を握り、真っ直ぐに彼女を見据えた。
 
「俺は十七年前、国王陛下と王妃殿下からリーゼを――エルネス様を託された。そして暴動の混乱に乗じて、王族のみが知る抜け道を使って城から逃げ出した」

 国王と王妃がリーゼに最後の言葉をかけた後、ノクターンは魔法でリーゼの髪色を変えた。
 そして防御魔法を付与した布に包み、腕に抱えた状態で城を抜け出した。

「暴動は悲惨なものだった。ルウェリン中将側の騎士は城の中にいる人間を無差別に殺していたんだ。だから俺は追手の騎士を殺し、無我夢中で逃げた。夜の森に入りただひたすら足を動かして、王都から遠ざかった」

 その翌朝、ノクターンたちは森の中でブライアンと出会った。
 当時のブライアンは傭兵をしており、たまたま王都から少し離れた場所にある町に滞在していたのだった。

「初めはブライアンを信用できず、逃げ回っていた。だけどエルネス様が腹を空かせて弱っていく様に耐え切れず、用心しながら近づくことにしたんだ。もしエルネス様を害するものなら、すぐに魔法で殺すつもりだった」

 その結果、赤子が空腹で弱っていることを知ったブライアンが町中の人々に声をかけ、赤子に乳を与えられる者はいないか訪ねてくれた。

「傭兵さん、お腹を空かせた赤子がいるってのは本当かい?」
 
 名乗り出てくれたのは、当時その町唯一の食堂に身を寄せていたハンナだ。
 ハンナは暴動で夫と子どもを目の前で失い、失意の底にいるまま親戚に連れられてその町に逃れてきていた。
 
 リーゼと同じ年頃の子どもを失ったハンナはリーゼを大変可愛がり、進んで世話係を申し出た。

「ぼく、この嬢ちゃんはなんて名前なんだい?」
「……」

 何度も赤子の名前を聞いてもノクターンが頑なに教えようとしなかったため、ハンナが赤子にリーゼと名づけた。
 
 名前をつけたら情が移るものだ。
 ハンナはリーゼから離れたがらず、その様子にノクターンが焦燥を感じていた。

 ノクターンにとってこの赤子は守らなければならない存在。
 だから少しでも自分の手から離れてしまうと不安でならなかったのだ。

     ***

 十七年前の、王都から少し離れた場所にある村で。
 傭兵のブライアンは頭を抱えていた。
 
「さて、困ったものだな」

 彼が森の中で見つけた少年であるノクターンと、その少年が連れていた赤子の世話をしてくれているハンナの様子を見て悩んでいたのだ。

 赤子から片時も離れようとせず、おまけに幼いながらもなにかを背負っているようで危なげなノクターン。
 夫と子を失った心の穴を赤子で埋めようとしているハンナ。

 どちらからも赤子を取り上げられないような状況だ。
 それにもかかわらず、ノクターンは赤子を連れて一刻も早くこの町を去りたいと言い始めたのだ。

 彼はこの赤子を連れて、どうしても行かなければならない場所があるらしい。

「王都で暴動があって不安定な時なのに、子どもだけで移動させるのは不安だし……第一、あの子たちには育ててくれる大人もいないようだ。それにハンナさんはリーゼちゃんのおかげで元気を取り戻したと食堂の女将さんから聞いてしまったしなぁ……どうしたものか……」
 
 赤子のリーゼもノクターンもハンナも、初めて会ったばかりの全くの他人だが、どうも放っておけない。
 
「夫と子どもを失ったハンナさんには失礼な話かもしれないが……イチかバチかで言ってみようか」

 決心したブライアンは、ハンナに仮初の家族になることを提案した。
 二人でリーゼとノクターンの親になり、彼らが一人立ちまで育てるという提案だ。

 意外にもハンナは二つ返事で了承してくれた。
 そしてブライアンは傭兵を辞め、ハンナは親戚たちにひっそりと別れを告げ、ノクターンが目指す町へ移住した。
 
 ――ブライアンとハンナは、本当の夫婦ではなかったのだ。
 ただ、初めて会ったばかりの幼い子どもたちを守るためだけに、手を取り合った関係でしかなかった。

 二人はリーゼとノクターンの正体を知らない。
 ノクターンが頑なにスタイナーの名を捨てないと言って家族になることを拒んだ理由もわからない。

 それでもノクターンが話したがらないのなら無理に聞かないでおこうと、見守ることに徹した。

 これが、ヘインズ家とノクターンが家族になった、本当の話だ。

     ***

 ノクターンは十七年前の出来事を話し終えると、リーゼの手の甲を引き寄せて額をつけた。
 
「国王陛下も王妃殿下も、市井の噂で囁かれているようなお方ではない。真のお二人を知る者はみんな、昔もいまもお二人を尊び、愛している」

 その言葉は、リーゼの心に落ちる影を少しずつ取り除いてくれた。

「だから俺も総帥も、その他にも真実を知っている者はみんな、エルネス様の誕生を心から喜び、なにがなんでも守ろうと誓った。あなたは望まれて産まれてきたお方だ」

 リーゼの手の甲に、ぽたりと雫が落ちた。
 顔を上げたノクターンを見ると、翠玉のような瞳から涙が零れ落ち、頬を伝った跡がある。

「俺はあなたが産まれると聞いたその日からずっと、あなたを待っていた」
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