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第一話

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 この国には魔法使いと呼ばれる者たちがいる。

 見た目はわたしたち人間と同じだが、自然や動植物、あるいは人間が放出する魔力を糧として生きる、どちらかといえば妖精や精霊と同じような種族――らしい。
 魔法使いたちは自らの糧でもある魔力を使って様々な魔法を使うことができるため国ではとても重宝されていた。彼らは国の依頼で様々な仕事をこなし、給金や衣食住を与えられている。そしてその食の部分が特に重要だった。

 この国で生まれた子どもたちは漏れなく十二歳になると教会で魔力測定を受けなければいけない。人間は魔法使いのように魔法を使うことはできないが、魔法使いが作った便利な魔道具を使うのに魔力適正というのがとても重要になる。魔力量が多ければ大きな魔道具を使えるし、火の魔力適正があれば火を扱う魔道具をより効果的に使えるなど、日常生活はもちろんのこと将来の仕事をそれで決める家族もいる。ついでに貴族なんかは、使う使わないに関わらず魔力量が多いと箔がつくと言うしまつ。

 そしてここからが大切なのだが、魔力測定で時折、特別な魔力を持つ子どもが見つかることがある。測定をするのも魔法使いなのでどう判断しているのかわたしたちにはさっぱりだが、魔法使いにとって特別な魔力だそうだ。



 その特別な魔力を持つ者たちは一般的に、魔法使いの番と呼ばれた。



 番の魔力は魔法使いにより強大な力を与えるため、魔法使いたちは番が自分の傍にいることを強く望んでいた。と言っても、番の魔力を持つ者なら誰でもいいわけではなく、相性のようなものは存在する――そんなこと気にせず複数の番を傍に置いている魔法使いもいるのだが、相性が最もいい一人を魔法使いは選ぶのだ。

 番に選ばれた子どもはこの国の成人である十七歳を迎えるまでの五年間で魔法使いについて学び、番のいない魔法使いたちはその間に自ら最も相性のいい番を探す。番に選ばれると魔法使いは番をこの世の何よりも大切にし、一国のお姫様より贅沢ができるといわれていた。

 そしてわたし、シルファ・ローナンはそんな魔法使いの番の一人だ。ちょっと前に十七歳になり、めでたく魔法使いに見初められた。

 わたしを選んだ魔法使いは男性で、ルガディアークさまという。名前が長いので、ルガディと呼ぶようにと言われているのでルガディさまと呼んでいる。
 藍色の髪と灰色の瞳、顔立ちは整っているし背も高いが猫背がちで、他人と目を合わせるのがちょっと苦手なところがある。新しい魔法の研究と開発が主な仕事で、それ以外にも実りの減った土地を豊かにしたり、森の病気を治したり、川の氾濫があった時はそれを防ぎに行ったりと自然に関する魔法が得意なためそれを活かす場に駆り出されることもあった。

 魔法使いたちはそれぞれ気に入った土地に屋敷を構えることが多いが、番がいると番の希望を第一とする風習があるらしい――それ以外にも番第一のことは多いみたいだ。
 わたしは貴族の家に生まれ、貴族はほとんど自分の実家の領地に魔法使いを呼ぶことが多いのだが、わたしは亡くなった母方の祖父母が晩年暮らしていた小さな領地に家を建ててもらってそこにルガディさまと一緒に暮らしている。森や泉があり、自然があふれ、領地で暮らす人たちもみんな穏やかで親切だ。ルガディさまもこの地が気に入っているらしい。ちゃんと言葉で聞いたことはないけれど。

「シルファ、ちょっと見てください」

 キッチンで朝食のしたくをしていたわたしにルガディさまが声をかけた。その手には、今朝届いたばかりの手紙がある。

「わたしが読んでもいいんですか?」
「かまいませんよ、こんなもの」

 ルガディさまにとってはこんなものかもしれないが、それは王宮からの招待状だった。ちゃんと王家の紋章も入っている。魔法使いと番の交流を深めるために夜会を開くので出席するようにという内容が可能な限りやわらかいが圧のある表現で書かれていた。

「こういうことってよくあるんですか?」

 わたしはルガディさまと暮らしはじめたばかりだし、五年間の教育期間でも魔法使い同士の交流みたいなものは教わらなかった。

「まさか! 僕らは貴族じゃないんです――あ、いや、失礼」
「いいえ、気にしないでください。わたしももう、自分は貴族じゃないと思っているので」
「王家はこういうこと、言い出しそうにないんですが……ちょっと誰か事情を知らないか聞いてみましょう」

 ルガディさまが手紙を指ではじくとバラバラと文字がこぼれ落ちるようにして消え、代わりに新しい文字が――ルガディさまのちょっと右上がりな文字だ――浮かび上がってきた。彼の手の中でそれは勝手に鳥の姿に変わり、あっという間に窓から飛びだってしまった。

「さて、朝食にしましょうか」

 鳥を見送っていた視線を戻し、わたしはうなずいて朝食の席に着いた。ルガディさまにとって人間の食事は必要のないものだったけれど、わたしと暮らしはじめてからはこうして一緒に食事を取ってくれた。食べられないわけではないのだ。栄養にはならないらしい。

 キッチンで料理をするのはわたしの仕事だけれど、それをテーブルに並べるのはルガディさまだ。洗い物も。彼が何もしなくてもお皿の上にできあがった料理がもられ、テーブルの定位置に並んでくれる。今日の朝食はパンとスープ、こんがり焼いたソーセージと卵、それからサラダ。レタス、トマト、玉ねぎのスライス、それにつぶして少しミルクとコショウを混ぜたじゃがいも。野菜は近所の人にもらったものだ。ルガディさまが魔力で動く農具を直したお礼だった。

「この野菜、農具のお礼なんです。みなさん、ルガディさまによろしくって言っていました。ありがとうございますって」
「そうですか」

 スープを無意味にかき混ぜながらルガディさまは視線を少し泳がせた。思わずにやけそうになる口元をごまかすようにわたしはパンを頬張った。

 朝食が終わる頃に、手紙の鳥が返ってきた。空っぽの食器は勝手に洗われていく。わたしが食後の紅茶を淹れている間に手紙を読んだルガディさまの顔はどんどん険しくなっていった。

「どうやら王弟殿下のご令嬢が言い出したようですね。ほら、あなたの少し前にカルファーグの番になった」

 カルファーグさまも魔法使いで、非常に優秀と評判だ。ルガディさまに選ばれる前に一度だけ顔を合わせた。番の魔力を持っていると、五年間の間に何度か魔法使いと面談をするのだがその一環だ。

「カルファーグさまは夜会に出席されるような方なのですか?」

 一度会っただけでもそうは見えなかった。

「魔法使いで貴族の夜会のような場所に好んで行く者はいませんよ。どうせつ番が言い出したのでしょう。王弟殿下はいい方ですがご令嬢には甘いですし、カルファーグは番には無関心そうでしたし」
「出席しないといけないのでしょうか?」

 手紙を読み返したいけれどルガディさまが文字を消してしまったのだった……そう思っていたら、ルガディさまがテーブルクロスの上にさっき手紙からこぼれた文字を再現してくれた。

「いけないみたいですね……」

 来るのが当然という書き方をされていたし、相手が王弟殿下のご令嬢なら欠席すれば何を言われるかわかったものじゃない。それに、ルガディさまの仕事に悪影響が出ても困る。

「無理をしなくていいんですよ。シルファが行きたいなら僕も行きますし、行きたくないなら行きません。どちらでもいいと言われても行きませんよ」


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