【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平

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アルティナ

第三話



 ダンスのための音楽や人々の話し声がねっとりとまとわりついてくるようだった。あいさつもひと段落し、一応はダンスも一回踊り、アルティナはギディオンが騎士団の人間と話す間、壁際に置かれた椅子で休ませてもらうことにした。彼は結婚と同時に騎士団をやめたが辺境伯として独自の騎士団を持ち、それをまとめあげている。

 でも本当は騎士団で魔導騎士として働きつづけたかったかもしれない。

 座り心地のいい肘掛け椅子にさりげなく背をあずけて、アルティナは今度はちゃんとため息を吐いた。暗いことを考えるとずるずると思考が沈んでいく。

「あら、アルティナ様、こちらにいらしたのね」

 明るい声に顔を上げるとギディオンの妹のメイジーが立っていた。アルティナにとってこの国に来てはじめてできた友人で、今では親友と呼べる関係だ。お互いに明るい性格で気もあうため、夜会などに参加した際は必ず声をかけるし普段は文通をしていた。

「おとなりいいかしら?」
「もちろん、どうぞおかけになって」
「お兄様は?」
「あっちで騎士団の方とお話しているわ。同期の方たちみたい」
「それでアルティナ様をほうっておいているの? わたしの婚約者もお友だちと会って盛り上がってしまっているのよ。ほうっておかれた者同士、ここでのんびりしましょう」

 そう言って飲み物を頼むメイジーにアルティナは笑った。

「今日のドレスも素敵ね」
「ありがとう」
「お兄様がプレゼントしたの?」
「たぶん。そう言って侍女が持ってきてくれたけど、ギディオンは何も言わなかったから」
「照れているのよ」

 飲み物をアルティナにも渡しながらメイジーは言った。

「お兄様は仕事人間で女性とまともに接したことなんてなかったから、アルティナ様みたいに綺麗な奥様をもらってどうしたらいいかわからないのよ」
「そうなの? でもギディオンは素敵な方だし、実は恋人がいたりとか……」
「確かに人気はあったけれど」

 メイジーからしたら兄の魅力はいまいちわからないらしい。しゅわしゅわと炭酸の泡が浮かぶ飲み物を口にすると、少しさっぱりとした気持ちになった。「あら」とメイジーが声を上げた。つられて視線を向けると、ギディオンたちの話の輪の中に華やかなドレス姿がいつの間にか入っていた。薄い水色のドレスで、ふわりとして愛らしいデザインだが繊細なレースの装飾が甘すぎないように抑えている。
 「あの方……」とメイジーが顔をしかめた。誰の視線も向いていないのをいいことに一気に飲み物をあおったので、アルティナは苦笑いしてそれをいさめた。

「ジャスミーヌ・セルヴァンだわ」
「知りあい?」
「伯爵令嬢で――知りあいにはなりたくない方よ。有名なの。男性陣はお知りあいになりたいという方が大勢いるらしいけれど」
「まあ」
「わたしの婚約者も前に話しかけられて、鼻の下を伸ばしていたのよ。わたし、三日は口をきいてやらなかったわ」

 思い出したのか、メイジーはぷりぷりと怒っている。その間にもジャスミーヌはギディオンに話しかけていて、アルティナは表情を曇らせた。

「お兄様は結婚されているのに! わたし、言ってくるわ」
「いいのよ」

 メイジーが立ち上がって駆け出しそうだったのでアルティナは慌てて押しとどめた。ギディオンはジャスミーヌや仲間と少し会話をかわし、それからくるりと振り返ると真っ直ぐにアルティナの元へ帰ってきた。その表情は、やはり暗い。ジャスミーヌにはもう少しやさしい顔で話しかけていた気がするのは、アルティナの気のせいだろうか?

「お兄様、お早いお帰りですこと」

 「メイジー、来てたのか」とギディオンは兄の表情で言った。

「婚約者はどうした?」
「お友だちとお話し中よ」
「仲良くやっているのか?」
「おしどり夫婦のお兄様とアルティナ様ほどではないけれど」

 ギディオンが困ったような顔をしたのを見て、アルティナはまたどんよりとした気持ちになった。「仲がいいならいいんだが」と灰色の瞳がそんなアルティナに向けられる。

「待たせてしまってすまない」
「いいえ」
「顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
「平気よ。少し人に酔ってしまったの。ここは熱気もあるし」
「必要なあいさつは済んだからもう帰ろう」

 ギディオンが差し出した手にアルティナは自分の手を重ねた。手袋越しにも彼の手のひらの硬さがよくわかる。

「メイジー、またお手紙を書くわ。今度一緒にお茶もしましょう」
「ええ、また」

 ちょうどメイジーの婚約者も姿を現し、彼にもあいさつをしてから主催者に帰ることを伝え、会場を後にした。





 馬車に乗り込むまでギディオンは当たり前のようにアルティナをエスコートしてくれたし、その表情は穏やかだった。しかし馬車の扉が開くと、また表情は硬くなってしまう。アルティナはもうため息も出なくて、そっと窓の外を見た。街を夜の闇が支配してその風景は点々と街灯が浮かび上がらせる切り抜き以外、ほとんどよくわからない。それでも夜の闇そのものは母国の父を思い出させてくれてアルティナは好きだった。

「……体調はどうだ?」

 気づかわしげにギディオンがたずねた。

「えっ」
「顔色が悪かっただろう?」
「ああ……ええ、大丈夫よ」

 沈黙が狭い空間に居座っていた。ギディオンの表情はやはり硬く、じっと何かをこらえているようにも見えた。

「……夜会に残りたかったなら、残ってもよかったのに」
「えっ」
「お友だちもたくさんいたし、セルヴァン伯爵令嬢だったかしら? 彼女は離れたところから見てもかわいらしかったし、無理してわたしにつきあわなくてもよかったのよ」

 ギディオンは驚いたように目を丸くした。その表情がはじめて会った日のことを思い出させて、アルティナはなんだか声を上げて泣きたいような気持ちになった。


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